長編小説『because』 71
「どう?」
気付いたらそう聞き返していた。私がそう聞き返すと、その人は静かに笑った。口を閉ざしたまま、ほんの少しの笑みを顔に表したけど、それはすぐに消え去ってしまい、トイレから戻ってきた彼は元いたその席に腰を下ろした。彼が戻ってくると、自然に会話は流れ始め、また私と二人の間には分厚い壁ができる。
きっと、彼がトイレに行く前に繰り広げられたいた会話は途中だったのだろう。彼が戻って来てすぐに再開したその様子を見ていてそう感じた。私は今さっきその人に言われた”どう”を心に引っ掛けたまま、ようやく視線をガラスの向こう側に向ける事ができた。
私が二人に退屈そうに見えたら嫌だから、ずっと相槌を打っていたけど、きっとこの二人は私が隣で寝ていようが今と同じように会話を続けるに違いなかった。この二人から放たれる香りが私にそう教えてくれる。だから私はそれから二人の世界に無理に溶け込もうなんて事は考えずに、二人がいる所とは反対側にあるガラスの向こう側の商店街を歩く人々をただぼんやりと眺めていた。
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