【連載】カーニバル 第2回/全5回
美人な店員さんはずっと私達の側にいて、それは今季の新作だとか、一番売れているとか、今私が着ているものと一緒です、などと言うけど、それらの言葉に購買意欲を掻き立てられはしなかった。どちらかと言うと、息苦しささえ感じさせるような言葉ばかりだ。
「これ、可愛いー」
と茜ちゃんの甘ったるい言葉が私の耳にこびり付いて、
「それは最高級のダウンを使用してるんですよ」
なんて店員さんは言った。
やっぱりその最高級という言葉でさえも、私の心を引っ掛けることはできないままで、私はとにかく早くこのお店を出て、(何も買わなくていい)という開放感を味わいたくてしょうがなかった。
「ちょっと着てみてもいいですか?」
私の気持ちなんて関係なしに茜ちゃんはそのダウンジャケットを持ったまま店員にそう訪ね
「では、こちらへ」
と言って、その美人は茜ちゃんを試着室へと案内した。ダウンジャケットくらいその場で着たらいいのに、と思いつつも、私たちは彼女が促すように試着室まで行って、茜ちゃんはその中へと入っていった。
私と店員さんはその試着室の前に残されて、あまりにも居心地が悪いせいか私は自分の居場所だって見つけることができないままだ。
「お友達さんもご試着されますか?」
茜ちゃんはなかなか試着室から出て来なくて、店員さんもその場を取り繕うように私に声を掛ける。
「あ、いえ……」
別に謙遜している訳でも、遠慮している訳でもなく、私は純粋に着たいと思う服がなかったからそう答えただけなのに、店員さんはそれでも私にあれやこれやと薦めてきて、結局茜ちゃんが今試着室の中に持っていったダウンジャケットを持ち出してきた。茜ちゃんが試着室に持っていったものとは別の色だった。
「こちらは最高級のダウンを使用しておりまして……」
先ほども聞いたことを再度繰り返すその店員に、今では少し嫌気さえ感じる。目の前まで持って来られて私はどうすることも出来ずに、ほとんど無理矢理にそのダウンジャケットを着用し、鏡の前に立った。
「すごくお似合いですよー」
と顔に笑顔を貼付けたままの店員さんが言った頃に、茜ちゃんは試着室から出てくる。随分と長い間出て来なかった原因はよく分からないけれど、とにかく出てきた時に、茜ちゃんはそのダウンジャケットを着ずに手に持っていた。
「サイズ合いませんでしたか?」
店員さんはすかさず茜ちゃんの元に駆け寄り、持っていたそのダウンジャケットを受け取った。
「あ、はい。ちょっと大きいかなって。……あれ?」
茜ちゃんは私の方を見て笑顔になる。そして「それ同じやつ?」と言って、今私が着ているダウンジャケットを指差して言った。
「うん」
「すごく似合ってるよ!」
「そうかな?」
「似合ってる!」
「でもちょっと高過ぎるから」
「でもアウター探してるって言ってたじゃん」
「もっと安いのでいいの」
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