2018年10月の記事一覧
「直感」文学 *ふたり暮らし*
彼女のサエコと住み始めて、一ヶ月が経とうとしていた。
まあ、予想できていた通りの、さして面白みのない二人暮らしだけど、それはそれで僕自身は満足している。
サエコがどう思っていて、どう感じているのかは分からないけれど、
これが現実……、というか日常、ということなのだろう。
「本当にさ、当たり前になるんだよな。家にいることがさ、もうなんていうかさ、トキメキ?みたいなやつ?……ってか、
「直感」文学 *影絵の狐*
「影絵って言うんだよ、これは」
姪っ子のミクは、僕が手で作った蝶々の影を見て喜んでいた。
壁に映る、その不恰好な蝶々は、まるで今羽化したばかりみたいであまりにも滑稽なのに、ミクはただただ喜ぶばかりだ。
「うわー、蝶々、蝶々」
と目を輝かせるこの子に、「これは電灯の光を受けて出来た影の蝶々であって、本物の蝶々ではないんだよ」と、どう説明したら納得するだろうかと考えていた自分が少し嫌
「直感」文学 *雪が降ったその日の想い。*
雪が降った。
去年、いや、一昨年も降らなかったはずだから、雪を見るのは随分と久し振りだった。
私にとっては雪が降ったところで嬉しいという感慨は別にないし、今日は休みだから仕事に行くこともないから、嫌、ということもない。
どちらでもいい。
なんて思っていると、自分がもう随分と大人になってしまったんだな、なんて感じたりしていた。
昔はもっと純粋に喜べたような気がしたけど、それもも
「直感」文学 *気付けばずっと昔に*
いつも来る、
いつものカフェ、
いつもと同じ席、
そこは窓際の席だった。
ただなんの意味もなく、この窓から眺める風景が好きだった。
何がある訳でもない。
そこにはいつもと同じ空気が流れ、いつもと同じ時間が佇んでいた。
木の葉は風に揺られ、道を歩く人々は肌寒そうにコートの前ボタンに手を掛けている。
僕はと言えば、煙草の煙をくゆらしているだけ。
そこには、なんの意
「直感」文学 *雨が降る。*
49歳。
今日、俺はおじさんになったように思う。「おじさん」という響きがそぐわなかったそれまでに比べれば、ずっとしっくりくるその言葉が今では財産のように感じられた。
昔、まだ20歳そこそこの年齢の時に、一時おじさんに憧れた時期がないこともない。
格好良いおじさんに憧れてウイスキーを頑張って飲んでみたり、大雑把なヒゲを伸ばしてみたりしたけれど、当時の自分には到底似合うものではなかった。それ
「直感」文学 *乾かない洗濯物*
「ああもう!全然乾かないよ!」
彼女の声が耳を叩く。苛立ちのこもった刺々しいその声を他所で聞きながら、「ああ、そう」なんて軽く答えた。
「もうほんと梅雨って嫌い!早く終わって欲しい!」
おいおい、梅雨入りを発表したのは昨日だぞ?……なんてことは間違っても言わない。というか言えない。そんなことを言ったって彼女の怒りを助長させるだけだし、僕はできるだけ平穏に生きていきたいと願う平和主義者なのだ。
「コ
「直感」文学 *嫌いな人*
「人ってどこから嫌いになる?」
彼女はそんなことを僕に問いかけた。さて、人のことはどこから嫌いになるだろうか。僕は考えてみるけれど、……いや、考えてみて初めて気付いたのだけど、”嫌いな人”なんて僕にはそんなにいない……。
「……嫌いな人、そんなにいないかも」
「うそでしょ?普通いるでしょ、嫌いな人くらい」
そう促されるから、僕はもう一度改めて(脳内を整理した上で)考えてみるのだけど、……そう簡
「直感」文学 *愛の形*
行ってしまった。彼女は、どこまでも遠くに、僕の決して手の届かないところに。
見えない、ぐっと目を凝らしてみても、その点でさえ掴むことが出来ないくらい遠くに。
「ううん、別に、いいの。だってあなたはさ、とても良い人だったから」
最後の言葉は、ただ静かに蘇った。冷たくて、ただ、冷たくて。その言葉を脳裏に描くたびに、心は冷たく固まってしまった。一瞬で氷漬けにしてしまうその言葉。儚くも、どこまでも痛い
「直感」文学 *向こう側の声*
突然、向こう側の声が聞こえるようになった。
向こう側、というのはつまり、”あの世”ということであって、つまり、”死者”の声ということになる。
それが僕に訪れたきっかけは自分でもよく分からないのだけど、気付けばその声は、元々そこにあったように、当たり前に耳を叩いてくる。
「あー、眠いな」
僕の耳を訪れるその声はいつだってけだるそうでいて、それを聞くたびにうんざりした気持ちになるのは言うまでも
「直感」文学 *我が家のルール*
これを言い出したのはカオリで、なぜ彼女がそんなことを言い出したのか、今になっても僕にはよく分からなかった。
しかもそんなことを言うくらいなのだから、カオリが率先して洗濯を行うのだろう、と安易に考えていたが実際はその逆だった。
洗濯物が溢れていることに気付くのは、決まっていつも僕だ。
別に僕は洗濯が嫌いではないし、気が付けばそれをなんなく行ったのだけど、それを見つけたカオリは「は~、王
「直感」文学 *しきたり*
「とりあえずビール!」
と、遠方の団体客から懐かしい響きが聞こえた。そうそう、私がまだ若くして働いていた頃には、居酒屋で飲む最初の一杯は言わずもがなビールだった。
もちろんそんな制度も法律もない。だけどそれは暗黙の了解の中にあり、誰一人としてそれを疑おうともしなかった。……でもね、たまにそれを疑う人だって稀にはいてね、ただそんな人は白い目で見られたりもしていた。
今となってはそんな〝制度〟は
「直感」文学 *小さな復讐*
もう随分と長い休みをとっていた。
致し方ない。だって俺は俺の望まない形でクビになった訳で、俺としてはもっと働けていたはずなのだ。まあたしかに、俺のミスで会社は多少の損失があったけれど、それで会社が傾いてしまうものなんかではない。本当に微々たるものだ。
「世間の目があるんだよ、うちくらいの会社になると。だから斎藤くんには悪いと思うけど、ここは引き下がって欲しい」
上司である掛川にそう言われ、も
「直感」文学 *強い雨の中に、わたしはここにいて。*
雨が鬱陶しい。
まあ、私がイケナイのか。
だって今日は夕立ちがくるって、言ってたっけ。お天気おねさんが。
まあ、それを無視して、こんな状況にしてしまっているのはわたしの…、わたしのせいなの?
「ずっとわたしのこと好きだって言ったじゃない!」
雨の中じゃ、このくらいの大声でもあなたに届いているのか不安。なによりも、わたしの視界を邪魔するびっしょりと湿った髪が邪魔。顔中に貼り付いて、よけても
「直感」文学 *変わらない私たち*
ふと、吹いた風が随分と生緩い。夏もすぐそこにあるのだと実感させられて、私はまた歳を重ねることを思い出す。
「もうミサトも30歳かー」
「いいから、そんな確認いらないから。サユキだって冬になったら30歳になるのよ?分かってるの?」
「分かってるって!そんなの言わないでー!」
私たちはもう20年程の付き合いになる。もう30歳を手前にしているというのに、二人で話している内容というのは20年前のそれとあ