エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ『モンタイユー』レジュメ

はじめに


○著者について
エマニュエル・ル・ロワ・ラデュリ
・アナール第三世代
・数量史、心性史
○本書について
・対象:フランス南部の村モンタイユー
・史料:ジャック・フルニエによる『異端審問記録』
←史料の性格に逆らって読解
・本書の内容:「ジャック・フルニエの審理にかかったモンタイユーの、あるがままの姿であると同時に認識自覚された姿である。本書はただひとつの村落を描出するという観点から、それを集めなおし、組み立てたにすぎない。」(本書、上、13-14頁)
→心性という問題
・歴史人類学←シカゴ学派、構造主義人類学の影響
ラデュリの作品と 影響を受けた研究
1956年:レッドフィールド『文明の文化人類学』
1960年:アリエス『<子供>の誕生』
1960年:ルゴフ「教会の時間と商人の時間」
1961年:レヴィ=ストロース『野生の思考』
1961年:サーリンズ『石器時代の経済学』 1966年:『ランドックの歴史』
1967年:『気候の歴史』
1973年:『新しい歴史』1970年:モラン『人間と死』
1971年:フーコー『言語秩序の表現』
1973年:エリアス『文明化の過程』
1973年:『新しい歴史』
1975年:『モンタイユー』
1979年:『ロマンの祝肉祭』
1980年:『ジャスミンの魔女』 1940年:ブロック『封建社会』

第一部


一章 家の世界

ドムス…家族と住居の両義を持つ家族概念
○永続性を志向→強い影響力
・死せる家長による「つき」←死骸の一部を保存
「奥さん、死骸の髪を一束、それに手足の爪の先を取っておくと、死骸も家の星やつきをもっていかないといいます。」(本書、上、54頁)
○宗教
・カタリ派の温床←「家ごと」の信仰+家での宗教行為
「彼らは家を挙げて、一団となって同時に入信したので、母親のガイヤルドも、ギョームも、姉妹のマルキーズも一緒でありました。」(本書・上48頁)
○系譜関係
・親戚、婚姻、隣人、家族関係の中心
・家族連帯(e.g.:ギョーム・モールによる復讐事件)
「モール家の連中は全部、お前も、お前の父親も兄弟も、一人残らずカルカッソンヌの牢屋の中で腐らせてやるぞ」(本書、上、77頁)

二章 羊飼い(ピエール・モリ)の世界


○小屋制度
・交流の場
・大規模な移動放牧
○経済
・賃金労働→定住性がない
・現物
○社会的地位
・過酷で危険な生活
「ピエール、お前の生活はひどい夜と昼の連続だ。」(本書、上、179頁)
・貨幣に淡白
「貧乏を心配することはない……。貧乏ほど簡単になおる病気はないんだ。わたしをみるがよい。三度も破産したが今は昔より金持ちだ」(本書、上、179頁)
→貧困は問題とならない
○家族への敬愛
・兄弟愛
「もし兄弟を殺させでもしたら、他に復讐の手もないから、俺の歯でお前を生きたまま食っちまうぞ」(本書、上、188頁)
・血の繋がらないものに対する愛情
「信仰の友は、同じ肉体から生まれた兄弟以上の兄弟であります。」(本書、上、188頁)
 ←背景:擬似親族関係『義兄弟』『あい親』
○気質(マンタリテ)
・運命に生きる
「自分の運命を辿るほかない。もし臨終の時に異端になることができればそうなるだろうし、さもなければわたしに約束された道をだどることになるだろう」(本書、上、199頁)

第二部


『深部において無意識のうちの行われる選択、行動のしかたや社会の仕組みのうちに働いている価値体系や世界像を表現するような選択としての歴史』

一章 礼儀


○身振り
・手振り:頭巾を持ち上げて起立、手を取る
「わたくしはいつもの慣習通り彼の手を取り、そこで彼だと分かったのです」(本書、上、213頁)
・虱取り→社交的性格
・「礼儀作法」は存在しない

二章 性・結婚・愛


○内縁←性関係が比較的自由
「わたくしはアルノーに深い愛情を抱いていて、道ならぬ仲になっていました。」(本書、上、259頁)
→恥じることでなかった
○結婚:「男女で最も睦あうのは、やはり夫婦なのだ」(本書、上、270頁)
・一夫一妻こそ家の繁栄の要(→家族、司祭による仲介)
・一時的な困窮とリターン
「ちゃんと女房を持てば、財産を守ってくれるだろう、老後の世話もしてくれるだろう。病気の時は付き添ってくれるし、歳をとった時に面倒を見てくれる息子や娘も産むだろう……。」(本書、上、277頁)
「お前や倅のピエールやジャンの嫁に良さそうな娘を幾人か知っている。結婚ということになれば皆に富と友人ができるだろう。」(本書、上、277頁)
・恋愛結婚の可能性
○女性の地位
 ・農村文化に根付く女性軽視⇄『母権制』による一時的な権力逆転
「女の魂も牝豚の魂も似たようなものだ、だちらも取るに足りない」(本書、上、300頁)
○子供へ対する愛情
・農村文化に根ざした「基本的」なもの
「ギョーム・ブネの息子のレモン・ブネが死んで二週間たった頃、ギョーム・ブネの家に参ったのでありますが、彼は泣いておりました。わたくしを見て彼は申しました。アラザイス、倅のレモンが死んで、私は今まで持ったものを全部無くしたも同然だ。私に代わって働いてくれるものは誰もいなくなった。」(本書、下、15頁)
→労働力以上の存在

三章 社会的結合


○夜語り
・雄弁なオーティエ兄弟によるカタリ派説教
・文字文化の伝達
「オーティエ家のピエール、ギョーム、ジャックは皆学識ある人々で、皆が大いに敬愛したのであります。」(本書、下、62頁)
→文盲のモンタイユーにおいて絶大な影響力
○女性社交
・家で、どこでも、反復
「モンタイユーでは、ギュメット・ブネ、ギュメット・アルジェリエ、ゴージア・ブロ達、それに司祭の母のマンガルドは、ほとんど毎日レモン・ブロの家(異端)に出入りしておりました」(本書、下、89頁)
・情報伝達を担う
○男性社交
・農作業や村の広場
・政治的:制度思想についての議論
『「羊肉税を払わねばならんだろう」
別の男が言った。
「払わないでおこう。あれを払うぐらいなら、銭の100リーヴルもこしらえで、司教を殺してくれる男にやろう」
3番目の男が結論した。
「私は喜んで割前を出すよ。こんな結構な投資はない・・・」』(本書、下、98–99頁)

四章 思考


○時間観念
・現代と比べ漠然
・曖昧な境界線(e.g.:仕事と休憩)
「そう聞くと、わたくしは仕事を畳んでギュメット・モリの家に参ったのであります。」(本書、下、128頁)
「そう聞きましたので、していた仕事を止めました」(本書、下、129頁)
・「歴史」の欠如
○自然
・土着の運命観とカタリ派思想の融合
「サバルテスでは、誰かに良いこと悪いことが起こった時、これは約束事だ、こうなるほかなかったのだ、と皆が申すのであります……大体、牢に入れられました時にも、私は申したのであります。なるようにしかならない。その上、こうも申したのでありました。神様の思し召しのままになるのだ」(本書、下、157頁)
・霊魂への帰結
「誰かが他人の財を奪ったり盗んだり、あるいは他人を苦しめたりするとすれば、それは、その男の中の悪しき霊がしているのだ。悪霊のせいで人は罪を犯し、正しい生き方を踏み外して悪に堕ちるのだ」(本書、下、155頁)
←自由意志の否定

第五章 宗教


○救済の問題
「神さまのことでわたくしが存じておりますのは、わたくしどもを救ってくださるために神様が作られたということだけであります」(本書、下、331頁)
・カタリ派
「どんな信仰よりも、異端と呼ばれている人たちの信仰の方がよく救ってくれる」(本書、下、177頁)
→カタリ派の方が救済に効果的であると考えられた
○神話
・堕落神話
「いよいよ、この最後の衣から出る(この肉体が死ぬ)と、問題の霊魂は天に帰る。しかし、異端になるまでは、霊魂は衣から衣へとさまよう定めなのだ」(本書、下、245頁)
←輪廻転生
○儀礼
・救慰礼(コンソラメントウム):死の直前の入信
・耐忍(エンドウラ):絶食自殺
・至善礼(メリオラメントウム):善信者への喜捨

第六章 倫理


○罪
「司祭さまはわたくしに申されたのであります。男と女は生きている間にどんな罪であれ、好きなように罪を犯して構わないのだ。この世は四欲のままに振る舞ってよいのだ。ただ、死ぬ時に善きキリスト教徒の宗門と信仰に入れて貰わねばならぬ。そうすれば救われるし、生涯に犯した罪は全部宥される……。全部、死に際して授けて貰う善きキリスト教徒の按手のおかげなのだ」(本書、下、252頁)
→死が全て払拭する
→罪観念に規定されない
○恥
・社会的に支配する観念(e.g.:清貧)
「財産があったら救われっこない。善信者の信仰と宗門にいる貧者だけが救われるのさ」(本書、下、273頁)

第七章 悪魔・亡霊・冥界


○悪魔
・ありふれたもの←カタリ派にとって現世は無意味なもの
・直接接触することはない
○亡霊・冥界
・現世同様に社会階級、交流関係、宗教的差異
・楽しみがない
「亡者の暮らしに比べれば、わたしたち、生きてるものの暮らしの方がずっとましだ。今からでも、できる間に飲んだり食べたりしようじゃないか」(本書、下、305頁)
・家との結びつき←「安息」と「つき」

おわりに

○モンタイユーの生の再現

【参考文献】


阿河雄二郎「ル・ロワ・ラデュリ」『20世紀の歴史家たち(4) —世界史編下—』刀水書房、2001年、371-386頁。
エマニュエル=ル=ロワ=ラデュリ(井上幸治、渡邊昌美、波木居純一訳)『モンタイユー—ピレネーの村—1294〜1324』上・下、刀水書房、1990年。

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