一言の恩

 今でも覚えていて救われた言葉がある。たった一言に私は救われたのだ。

 当時私は高校生で、体調を崩して早退し、バス停への道のりを一人俯きながら歩いていた。体調不良といっても精神的なもので、義務教育時代に受けた差別に近いものが離れた高校でもフラッシュバックするようになっていたのだ。吐き気や目眩、過呼吸といった症状で学校にいるのもままならなかったのだ。
 好きで体調を崩しているわけでもないし、好きで早退したわけでもない。なのに、もう何度目かも分からないその理由での早退に私は惨めな気持ちになっていた。
 バス停のある通りの前へ出ようとアパートの前を通った時、彼は私に声をかけた。
「ゲンキ?」
 たったそれだけだ。少し片言な言い方と日に焼けたような肌をした彼は恐らく海外から日本へ来たのだろう。優しい声色で安心させるように微笑みながら言われたその言葉に私は励まされた。言われた直後は驚いてしまったが、その後少し泣きそうになった。でも元気になった。
 私が顔をあげたのを見て彼はにこりと笑ってアパートの中へ消えていった。
 彼と会ったのはその一度きりだ。彼は今どこにいるのだろうか。貴方は異国の地でたまたま通りがかった一人の人間に元気を与えたのだ。どうかその事に胸を張って欲しい。
 今でもあの一瞬の出来事を覚えている。あの時私は彼にお礼が言えたのだろうか。おそらく言えていない。また会えるだろうか。もし会えたとして私は彼だと気づけるだろうか。彼は私が分かるだろうか。今私にできることは胸を張って歩くことぐらいだ。彼に幸多からんことを切に願う。

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