キレイごとの罠

キレイごとに対してうさん臭さを感じたことはないですか？
「あいつは口先ではいいことばっかだけど、裏では何やってるのか分かんない」
といった具合に。

なぜ、僕たちはキレイごとに対してうさん臭さを感じるのでしょうか？

道徳貯金

道徳心はお金のように貯金できる。
プリンストン大学には、こんな風な考えを持った2人の心理学者がいました。

彼らはそれを証明するためにこんな実験を行いました。
大学の白人学生（男性50人、女性82人）をまずランダムにA・B・Cと３つのグループに分けます。
そして、コンサルタント会社の採用担当になったと仮定して、5人の人物を評価させました。
グループに配られた履歴書の内容はどれも同じで、4番目の応募者が最も優秀な経歴でした。
ただこのスター応募者は、グループにより属性が異なっています。

Aグループのスター応募者は、黒人男性
Bグループのスター応募者は、白人男性
Cグループのスター応募者は、白人女性

ほとんどの被験者は属性に関わらずスター応募者を高く評価しました。

この課題のあと、被験者にまた別の課題をやってもらいました。
それは、前の課題のように新人警察官の採用を決定する課題です。
ただこの課題には次のような設定があります。

あなたはアメリカの地方にある小さな町の警察署長。
町のほとんどの住民がが白人で、他の人種に対していいイメージを持っていません。
あなたの優秀な部下も差別的なジョークを口にするような人たちが多く、
以前黒人の巡査を採用したことがあったのですが、嫌がらせによりすぐ辞めてしまいました。
あなたはそんな状況を変えたいと思っているのですが、何より大事なのは、警察官としての仕事の質です。
それは今までうまくいるので、部下たちを不安にさせることはしたくありません。

さて、あなたのもとに警察学校の卒業生からの応募書類が届きました。
この採用に当たって、あなたは特定の人種を優先して考慮すべきでしょうか？

コンサルタント会社の課題で、
スター応募者が黒人男性だったAグループは、この課題では白人を選びました。
スター応募者が白人男性だったBグループは、人種は問わないとしました。
スター応募者が白人女性だったCグループは、白人を選びました。

この実験は道徳は貯金できるという説を裏付ける実験です。

スター応募者が黒人男性だったAグループが、警察官の採用では白人を選んだ理由。
彼らには以前黒人を採用したから自分たちは差別主義者ではないという「貯金」がありました。
なので、今回は白人を選んでも大丈夫だろうと「貯金」を崩したんですね。

スター応募者が白人男性だったBグループが、警察官の採用では黒人を選んだ理由。
彼らは以前白人男性を選んでしまったので「借金」ができました。
次も白人を選べば差別主義者と思われるのでここで「借金」を返したんですね。

ではスター応募者が白人女性だったCグループは、なぜ警察官の時も白人を選んだのでしょう？
それは、自分は性差別主義者ではないという「貯金」ができたので、
白人を選ぶことにためらいがなかったからです。

実験はまだあります。
次の実験では、「他人」がいる場合「道徳貯金」がどうなるのかを調べました。
内容はコンサルタントと警官の問題と同じですが、ここでは被験者は2つのグループに分けられ、
どちらも隣りに助手が座っていました。

コンサルタント会社の問題で黒人を採用した被験者は、次の警察官の課題では白人を選びました。
助手が見てても、差別主義ではないと最初にアピールできたので、次に白人を選らぶことができたんですね。これはさっきと同じ結果です。

しかし次のグループ。
ここでは、コンサルタントの課題に答えた後、ドアがノックされて助手が急用ができたと言って同僚と交代します。
同僚にはコンサルタント採用の答えは知らされていません。
それでも、被験者は警察官の課題で白人を選んだのです。

これは、「道徳貯金」は他の人が知っているかどうかに影響されない、ということですね。
自分の中で貯金や借金の清算を行っているということです。

このような実験は他でも行われています。
オバマ大統領が誕生したときに、彼の支持を表明した白人の被験者は、
企業の採用担当者になったとする実験で、白人を優先的に採用しました。

アメリカでは「白人のリベラルは実は差別主義者だ」と言われてますが、
まったくの嘘ではないようですね。

口だけ貯金

今回はアメリカの実験なので差別がテーマでしたが、
道徳貯金は差別以外でも使われています。

小さなことではダイエットの言い訳。
「今日運動したから、ちょっとお菓子をたべてもいいや」という経験はありませんか？
「午前中サボったから、午後は本気で仕事しなきゃ」というのも道徳貯金かもしれないですね。
（これは時間に追われてるだけか？）

道徳貯金の怖いところは、「口先だけで貯金できる」ことですね。
行動が伴わずとも、言うだけでいいことをした気分になってしまうんです。

これがキレイごとをうさん臭く感じてしまう理由なんですね。

言動が監視される時代に

もちろん、ポジティブなことを言うことは良いことだと思います。
ただ、言葉に行動が伴っているか？

IoT時代になれば、至る所にカメラやマイクがつきます。
そしてそれはネットへつながっているんです。
「壁に耳あり障子に目あり」
言動には一層注意が必要な時代になります。

僕も、これからは言葉と行動には注意を払っていきたいですね。

参考
朝日ぎらい　橘玲