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権限移譲した後に残る経営の役割とは
前回書いた権限移譲に関連して、たまに無邪気に聞かれることがある。
「権限移譲した後の経営の仕事って何なんすか?」と。
手厳しい・・!が、同時に最高に有難い質問だと思う。
この問いに答えるのは意外に難しいし、これからも自らに問い続けなければならない。
勿論「採用」や「ファイナンス」、ここぞという時の「トップ営業」など分かりやすい仕事はあるわけだが、どんなシチュエーションにおいても怠ってはならない仕事があると思ってこの記事を書き始めた。
まずはじめにestieの足元の状況を簡単に表すと、トップが全ての権限を持って細かく口を出すのではなく、特定の権限や責任を特定の人・組織に移譲し、極力経営がボールを持たない状態を作るように努めている。
プロダクトが既に10個もあるため、全てをタイムリーに細かく把握することはもう難しくなってきていることを認めなければならない。
いきなり少し話が逸れるが、自分自身が当時9名、リカーリング収入0のestieという会社に入社を決めた理由は、代表である平井の「視座の高さ」と「権限移譲が得意(少なくとも志向する)」という2点がポイントになっており、入社した理由や、経営チームとしてワークできている理由を問われた時にはこの要素を挙げることが多い。
1点目の視座の高さについては言わずもがなだが、経営トップの見ている目線が低いと、ついていくメンバーはしんどくなるだろう(何で自分達が代表をCheer upしてるんだろう...と。)。特にestieには野心溢れるメンバーが集まっているため、この前提が無くなると一瞬で瓦解する可能性が高い。
2点目の権限移譲についても個人的には重要で、僕自身が全ての意思決定に細かく介入されることが得意なタイプではない。引き受けた責任・役割において上位者を上回るパフォーマンスを出せる環境が望ましい。
本題
さて、上述の通りestieでは「早めのパブロン」が如く「早めの権限移譲」が是とされるわけだが、その上で絶対に経営チームがやり続けなければいけない使命は、「コンテクスト・マネジメント」をしなくてはならないということだ。特に100名を超えるタイミングでこれを意識しなければいけないシーンが急増した。
詳しくはコンテクスト・マネジメントという本がめちゃくちゃいいのでこちらを隈なく読んで頂きたいが、本書では「経営リーダーの仕事はコンテクスト(文脈)のマネジメントを通じて組織能力を構築すること」と言われている。
組織能力とは、「何らかのタスクを成し遂げるために組織に求められる能力」のことであり、組織において人の活動の集合体が作り出す時系列プロセスによって形成される。この「人がつくり出すプロセス」には「よし悪し」があり、必要とされるタスクをうまく成し遂げられる「よい経営」と、タスクを成し遂げられない「悪い経営」がある。経営者リーダーの役割とは、経営全般にわたって、このプロセスに介入し、プロセスをうまく機能させることにほかならない。
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深い。
ぶっちゃけ、「その仕事楽しいんすか?」という感じもする。
僕個人も最前線でお客さんとお会いしている方が楽しいと思う瞬間もある。
他方で、経営がこの「コンテクスト・マネジメント」を放棄してはいけないと思うし、これが経営チームの最も重要な仕事の一つであるということにも首がもげるほど同意である。
少しだけ本書の中身に入り込むと、コンテクスト・マネジメントの基本思想は、「①現場から離れたところにいる経営は、市場の現状や自社の技術について完全にキャッチアップし続けることは難しい(=現場の方が詳しい)」「➁どんなに努力をしても、企業内には情報格差が存在している」という2つの前提に基づいている。
企業規模が大きくなり事業が多角化してくると、全ての施策・意思決定に経営トップが正しい情報量で関与していくことが難しいため、「会社運営の鍵は実質的にミドルマネジメントが握っている」という考え方だ。
だから、経営チームの1番重要な仕事は、その時々であるべきコンテクストを構築することであり、同時に無意識的に作ってしまっているコンテクスト(こちらがより危険)に自覚的になり、本来作りたい・浸透させたいコンテクストが会社全体に浸透できているかに常に気を配る。特にその媒介者であるミドルマネジメントと十分なコミュニケーション設計を行うということが何より大切という主張である。
当たり前と言えば当たり前の話だが、これを大企業だけでなく、規模が大きくなりつつあるスタートアップも考え始める必要があると感じていた。
この本において、トップマネジメントの役割や任務は「企業コンテクストの建築家」という表現が使われており、個人的に気に入っている。
estieの企業コンテクストで最も強いものはPurposeたる「産業の真価を、さらに拓く。」だが、このコンテクスト抜きで今の会社運営を成り立たせることは不可能に等しい。
estieの実例
estieにおいては、特定のコンテクストを構築し、それがチーム全体に浸透したことにより物事が上手く進んだ例が他にもいくつもある。
例①:事業のフレームワーク
例えば、estieの主力事業部が持つサービス群の呼び名を総称して「DaaS(Data as a Service)」と定義したことがそれに当たる。
「何だそんなことか」という感じだが、これにより「DaaS」として定義されるプロダクトの新規開発にとても着手しやすくなった。これを全部「新規事業」と定義すると、現場・経営・ステークホルダーとしても「また新規事業作るんかーい」となるが、一つのDaaS群と定義すると腰が軽くなるという魔法の効果がある。
具体的には、特定の事業領域に関しては、これまでの成功パターンをフレームとして当てはめるのである。そうすると、焦点(KSF)が絞られ、何があればうまくいき、何があったら事業を止めることになるのか等、全社としての共通理解をスピーディに持つことができるのである。逆に、フレームの当てはめが難しいと感じるものは、KSFを変える必要性に気づくことができる。
結果として、estieは直近2年弱で10個近くのプロダクト立ち上げに成功した。この成功の背景にはまた別の重要な因子があると個人的には思っているのだが、それはまた別の記事に書くとして、一つコンテクストを作ったことによる恩恵だろう。
例➁:組織拡大の考え方
組織拡大・人の採用におけるコンテクストマネジメントも然りである。
例えば、経営チームは市場との対話を通して「ステークホルダーが自分達のビジネスの何処にどれだけ期待しているのか」「その結果、今の自分達にはどの程度の資金調達力があり、足元でどの指標を重要視すべきか」を最前線でキャッチすることができる。
この上位のコンテクストを元に、組織拡大のレバー(どんな人をどれだけ採用するか)を調整していくわけだが、このコンテクストを正しく全社に共有することは超重要である。
なぜなら、これを怠ると「こんなに成長してるのに何でうちの会社は人員拡大に対してこんなに厳しいんだ!」みたいなことになってしまうからである(逆のケースとして「経営は何故現場の状況も分からず人を増やし続けているのだろう?」みたいなシーンもあるだろう)。
しっかりと脳天から足先までこのコンテクストをマネジメントしないと、チームが瓦解する可能性は高まることだろう。
書いてて思ったが、estieで主力事業の事業責任者をやっているKubotakuはこのコンテクスト作りがとても上手い。経営と現場の両方の視点をスピーディに行き来することに長けているから、どのようなコンテクストを作ると組織のスループットが最大化されるのかが分かっているのだと思う。
終わりに
ちなみに、「経営の重要な仕事の一つはコンテクスト・マネジメントである」ということを経営チーム全体で理解し、それを全社にしっかり認識してもらうこと自体も「コンテクスト・マネジメント」なのだなと書いていて気付いた。
一見何もやっていないように見える社長や経営陣も、もしかしたらこのコンテクスト・マネジメントをめちゃくちゃ上手にやっているかもしれない。最後まで読んだestieのメンバーがいたら、是非この観点を確認し、できてなさそうであればガッツリ突き上げてもらえると嬉しい。
最後に余談だが、estieでは「いざという時にマネージャー自らが抜刀できるかどうかも重要では?」ということがたまに話されたりもする。極端に言うと「マネジメントだけできる人なんて不要だよね」、という考え方である。ここについてはまだコンセンサスは無いし企業の成長に応じて変わってくるのかもしれないが、個人的には結構好きな思想である。
たった100名の組織でコンテクストだけ作ってるなんて変ですからね。いざという時には営業でも事業開発でも、最前線で抜刀できる人間であれるよう、スキル・経験を磨き続けたいと思う。