中学校内失踪事件【後編】
「よいしょ」
辺りはすっかり真っ暗になっている。新が器用に門を登って、学校内に侵入した。満に合図を出すと、豪快に跳んだ。
「……隠してますけど、できるだけ音はさせないでください」
「ごめんごめん」
ぺろっと舌を出す満に、新はあからさまにため息をついた。気を取り直して、校舎を見上げ始める。真っ黒な瞳を見開く新に、満も静かに同じ方を向いた。
「3階。3階に何かいます」
瞳孔を開いたまま、静かに新が言った。
「そんじゃ、行きますか」
「はい。一応、気をつけながら行きましょう」
入口は鍵がかかっているが、新がドアノブを掴むとすんなりと開いた。ギィーと鈍い音がする。
「にしても、古くなったなぁ」
「創立100年は経ってますからね」
「もう、そんな経ってんだ。時の流れって速いなぁ」
小さな声で会話をしつつ、3階の階段を登り終えた。すると、不気味な光が右から差し込んでくるのが分かる。
「分かりやすすぎねぇか?」
「……ですね」
案外、早く見つかるものだなと欠伸をしながら、光の方に足を向けた。2人分の足音が、廊下に響き渡る。
「鏡でしたね。異空間に繋がってるようで、まぁ、この先に娘さんがいるかと」
「この手のやつ、増えたよなー」
満が鏡に手を伸ばすと、突然声が聞こえてきた。
『こんな時間に人の子か』
「あー、そういうのいいんで。お邪魔しまーす」
ズカズカと入り込む満の後ろを、新が続く。鏡を抜けると、一面真っ白な世界だった。よくよく目を凝らしてみると、どうやら教室を模しているらしい。
「鏡と対話できるなら、話は早いですね。単刀直入に言います。この前拐った娘さんを返してください」
新がそう言うと、返事よりも先に銀色の腕が新を掴もうと伸びてくる。それを、満が握りつぶす。応じる気は無さそうだ。
「新は、娘ちゃんを頼む。俺はこいつをぶっ叩くから」
「了解です。分かってるとは思いますが、本体は部屋の最奥です」
新の返事を聞くと同時に、満は部屋の奥に消えた。新は部屋の隅に横たわる少女の元に向かう。
『なんなんだ、貴様らは』
鏡は満に向かって、銀色の破片を飛ばす。しかし、破片はすぐに床に落ちた。どろりと溶けた鏡が床に広がる。
「なんなんだって、見りゃ分かるだろ?」
天井に張り付いた満が答える。彼の頭からはピンと立った耳が、お尻の付け根には4本の長い尻尾が生えている。
『妖狐……何故そんなものが、人間の味方を』
「何故って、そりゃ面白いからに決まってるだろう」
満は、周りに炎の玉を浮かせて、あちらこちらへと動き回る。時折伸びてくる腕を燃やしているせいか、白い床は銀色に変わりつつあった。
「人間は、新しいものを沢山見せてくれる。それが、本当に面白ぇんだ。だから、俺らは人間が好きなんだよ」
そう言って、ニッと笑う。すとんと地面に降り立つと、満は静かに言った。
「だからこそ、人間を傷つけるやつには容赦しねぇ」
奥にはめられた小さな手鏡を持つと、鏡の怪異は、叫びながら満に言った。
『やめろ! それを壊したら、この空間が消える! せっかく、いい場所に構えたというのに! それに、お前らもろとも消えるぞ』
満は、ぐるりと辺りを見回す。すでに、少女も新もここにはいないようだ。
「俺の心配は無用。そこまで弱くないんでね。じゃ、最後に言っておく」
琥珀色の冷たい目が怪異を貫く。
「二度と人間には手を出すな。次はお前の存在ごと消す」
そのまま、手鏡をバキッと折った。さらさらと消える空間を見つつ、満はこの場を後にした。
「終わったー」
「お疲れ様です」
新の横に満が姿を現す。新は、少女を抱きかかえていた。
「あの手の雑魚って、何で人間を狙うかね」
「手っ取り早いからでしょう」
コツコツと足音を響かせながら、新は満に言った。
「この子の記憶は改ざんしておきましょう。幼い子が僕らに関わる必要はない」
「消すのか?」
「いえ、大人になった時に思い出せるようにしておきます。手伝ってください」
そう言うと、新の黒い瞳が淡く光る。続けて、満は目を閉じた。少女は、すやすやと眠っている。そのまま、静かに学校を後にした。
コンコンコン。
玄関をノックすると、男性の声がした。
「はい、どちら様で……」
「神々廻です。娘さんを届けにきました」
静かな声で新が言うと、男性は驚いて声を失った。そんな様子を見ながら、新は続ける。
「まだ眠っていますが、じきに目を覚まします。目を覚ましても、この話はしないでくださいね。落ち着く時間が必要でしょうから」
新が言うと、男性は首を縦に振った。渡された少女を抱きしめて、男性が顔をあげると、すでに2人の姿はなかった。真っ暗な空に、満月が浮かんでいる。
「任務完了ー。にしても、やっぱり新の幻術は凄いな。俺も見えなくなるもん」
「それを言うなら、満の空間移動も相当ですよ」
そんな会話を交わしながら、いつもの家に帰る。何事も無かったように、依頼主たちも日常に帰るのだろう。太陽が少しずつ昇ってきた。
「満、起きてください」
眠っていた満の体を揺らすと、文句を言いながら満は体を起こした。
「これを見てくださいよ」
そこには、ぎっしりと詰められた稲荷寿司があった。あの男性が、祖母に聞いたのだろうか。
「うまそー。あの時と同じ匂いだ」
「ですよね! 一緒に食べましょう」
新の耳がぴょこぴょこと動く。満も布団を押し入れにつめると、机の前に移動した。
「んまぁ……この家は途絶えないでほしいな」
「本当ですよ。にしても、あの男性も大きくなりましたね」
新の言葉に、満は首を傾げる。
「え、どっかで会ってたか」
「昔、廃墟から出られなくて泣いていた男の子ですよ」
「マジか。あの時の坊主が娘を……早いなぁ」
そんな昔話をしながら、稲荷寿司に舌鼓を打つ。ペロリと食べ終わると、満が言った。
「次はどんな依頼が来んのかな」
琥珀色の目を細める満に、新も黒い瞳を細めた。
「楽しみですね」
終
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?