
【小説】甘い嫉妬心と
「七社さんは、好きな人とかいないの?」
クラスメイトの女子が、澪に声をかけた。高校生というのもあり、恋バナが好きなのだろう。
「私? 好きな人はいないかな」
「そうなんだ? 七社さん、男子人気も高いし、恋愛してそうだと思ったんだけど」
澪の周りからの評価は様々だ。近寄り難い、気難しそうという評価から、優しい、しっかりしてる、頼れるお姉さん的存在など。あわよくば、と考える男子も少なくないようだ。
「男子人気……? まぁ、私自身恋愛には疎いからね。皆の方が恋愛とかに詳しいんじゃない?」
「そうかなぁ」
良くも悪くも周りの評価を気にしない性格の澪は、取り敢えず話を逸らした。恋愛に疎いというのは本当だし、実は得意でもない。
「じゃあ、私は用事があるからこの辺で」
「また明日」
そう声をかけて、澪は放課後の教室を後にした。
『今どこにいる?』
スマホで玲にメッセージを送る。花舞高校は、授業中に触らなければスマホを持ち込んでも良いのだ。
『まだ学校にいるよ。そろそろ出る』
すぐに玲から返事がきた。
『分かった。先に行くね』
澪からの返事を見て、玲は誰にも聞こえない声で呟く。
「澪ちゃんを狙ってる奴……やっぱりいるのかよ」
廊下で息を吐き出して、うずくまる。でも、放課後に会ったり、名前で呼んでいるのは自分だけだと必死に言い聞かせて。
モヤモヤと渦をまく感情を、何と呼ぶのか。玲は、まだ知らないふりをするつもりだ。
「……俺も行こう」
***
コツコツと学校指定の靴が音を鳴らす。石でできた鳥居の前で、足を止めて軽くお辞儀をする。
「ただいま。……って誰もいないし」
神社の営業時間は既に終わっている。父親は社務所の奥にいるはずだが、作業が忙しいのだろう。
「澪ちゃん!」
背後から声がした。澪をこう呼ぶのは、玲だけだ。振り返ると、少し息を乱した玲が歩いてきていた。
「そんなに急がなくてもいいのに」
「待たせる訳にはいかないでしょ」
そんなやり取りをしながら、2人は拝殿の前に立った。賽銭箱に小銭を入れて、澪が鈴を鳴らす。そのまま、二礼二拍手一礼を流れるようにする。
「裏の方で話そうか」
澪が言うと、玲も賛成した。
「そういえば、澪ちゃんの両親は? 挨拶した方がいいよね?」
「神社の営業は終わってるからね……。また今度でいいよ」
神社に来た手前、挨拶はしたかったようだ。澪は、そこまで気を遣わなくていいと思っているようだが。
「玲くん、なんか元気ない?」
「えっ、あぁ……。少し考え事というか、悩みというか」
予想外の質問に、玲は驚いた。
「ま、悩みくらいあるよね。話せる内容なら、私に話してもいいんだよ」
「うん……。ありがとう。にしても、よく気づいたね」
「顔に出てたから」
澪がクスリと口角をあげる。それを見て、玲はほんのり赤くなった。
「いや、なんか、俺って独占欲が強いのかなと」
「独占欲ね。んー、何となくだけど……玲くんは、嫉妬しやすいんじゃないかな」
「嫉妬かぁ」
澪は理由を訊かずに答えた。何となく、話したくないことだと察したのだろう。
「でも、嫉妬くらい誰でもするよ」
「そうかな」
「私だってするし」
澪の返答に、玲はドキッとした。澪の返答に、深い意味はないのかもしれない。だが、何となく胸が跳ねた。
「だから、深く悩む必要はないんじゃないかな」
「そっか、そうだね」
澪の言葉に、玲はどこか気が楽になったのだろう。表情が柔らかくなった。
「あ、そうだ。日曜日って用事ある?」
澪が訊くと、玲は首を横に振った。
「じゃあ、一緒に水族館行かない? お父さんからチケットを貰ったんだけど、行く相手がいなくて」
「俺でいいの?」
「当たり前でしょ」
そう答えると、玲の顔がぱあっと明るくなった。つられて、澪もクスリと笑う。
「時間はまた決めよう」
「分かった!」
日曜日に会うということは、放課後に話すのとは訳が違う。嬉しさと優越感に似た感情が、玲に溢れている。
「そんじゃ、そろそろ帰ろうかな」
「うん。気をつけてね」
澪と手を振って、玲は神社から去っていった。玲の姿が見えなくなると同時に、澪はホッと息を吐いた。
「断られなくてよかった……」
そのまま、澪も境内にある家に帰った。色んな思いを抱えたまま、2人は日曜日を待つのだった。
(終)