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【小説】人間のお客様
カラン……カランカラン。
おそるおそるというように、ゆっくり扉が開いた。そこから、コソッと顔を覗かせる。
「あ、あの……」
「いらっしゃいませ。どうかなさいました?」
黒髪の10歳くらいの少女が、「えっと、その……」と困ったように葵羽を見る。葵羽は優しく笑って、少女に言う。
「取り敢えず、席に座ってください。お話、聞かせてくれませんか?」
「は、はい。失礼、します」
そう言い、少女は夢仁から席を1つ開けたところに腰を下ろした。珍しく、葵羽は水も何も出さずに少女に言う。
「お嬢さんは、ここに来るまでに誰かと会いましたか?」
少女は静かに首を横に振る。
「なら良かったです。先に、お嬢さんに忠告を2つします。1つ、元の場所に帰るまでは、何も食べたり飲んだりしないこと。2つ、名前を言わないこと。守れますか?」
葵羽の柔らかい声に、少女はこくりと頷いた。
「さて、お嬢さん。此処に来るまでに何があったのか、教えてくれますか?」
「は、はい。えっと、お母さんと買い物に来ていて、その……」
そこまで言って、少女は口を閉ざしてしまった。葵羽も夢仁も、少女に何があったのか、何となく察したらしい。
「変なことを聞くが、嬢ちゃんは人間だよな?」
「え、あ、はい」
「だよなぁ」
夢仁が葵羽に視線を送る。葵羽もどうしたらいいのか分からないようだ。すると、葵羽の目の前に青い蝶が現れた。葵羽は静かに、その蝶を目で追う。これは、葵羽にしか見えていないらしい。
「……いや、何とかなるかもしれません」
手のひらの大きさの蝶は、少女の首に止まる。その先に続くように、首にはネックレスが下げられていた。
「そのネックレス、何か入ってたりしますか?」
葵羽が問いかけると、少女は服からネックレスを引っ張りだした。銀のチェーンの先には、ロケットペンダントが付いている。
「その中に何かあるのか?」
「僕の目が正しければ」
夢仁と葵羽の会話を聞いて、少女はゆっくりとロケットペンダントを開いた。すると、ふわりと白い蝶が姿を見せる。蝶はひらひらと舞い、喫茶店のドアに止まった。
「ちょうちょ?」
「なるほど」
白い蝶は少女にも見えているようだ。それを見て、葵羽は感心した。
「この蝶が、貴方を元の世界に連れて行ってくれますよ。でも、その前に」
そう言い、葵羽は少女に蝶のストラップを渡した。
「お守りです。これを持っていれば、此処の住人に遭遇することはないですよ」
「お、じゃあ、俺がおまじないをかけてやろう」
夢仁がストラップに触れると、淡い光を放った。
「元の世界に帰ってから、悪い夢をみないように」
そのまま夢仁は、少女にストラップを渡した。少女は嬉しそうに、ストラップを受け取る。
「このまま、寄り道せずに白い蝶について行ってくださいね」
「はい」
来た時よりも緊張がほぐれたようだ。少し柔らかい表情で、店を出た。
カランカランカラン。
人間の少女が店を出てから数日。喫茶店に置いてあるラジオの声が響いた。「ラジオもあるのかよ」と夢仁は苦笑いを浮かべる。
『15日に起きた交通事故で、意識不明だった10歳の女児が意識を取り戻し……』
終