386: 踏み出すことをためらうほどのまばゆさの色
森の奥深く
あなたが知っている
もしくは知らない場所にある色屋のお話。
……
ドウドウと流れ落ちる滝を目の前にして
色屋は,遥か上にある滝口を想像し
あんぐりと口を開け,見上げていた。
太陽の光が水のシブキにあたり、キラキラと
思い思いの色を反射している。
一瞬でも見逃すと,もったいないと思うほどの
色とりどりの雫。
この美しい一瞬を切り取ろうと
色屋は肩から下げたバックの中から
瓶を取り出した。
その時,さぁーと音が聞こえそうなほどの勢いで
薄い雲が滝の周りに流れ込み,
色屋や滝を包み,あたりは薄白色になった。
「おや。 これは困った。
これから踊るような光の雫を
閉じ込めようとしていた所なのに
一歩も動けなくなってしまったぞ」
言葉とは裏腹に,さして困ったような
様子でもない色屋は,
その場にハンカチをひき,ストンと座った。
「晴れるまで待つとするか」
薄い白の世界の向こうから
相変わらずドウドウと滝の落ちる音が聞こえる。
どれぐらい過ぎただろうか。
ふと,見上げた色屋は息を呑んだ。
白一色だと思っていた周りが,
光を抱き込み反射し,雫と共鳴し
美しく発光していたのでした。
思わず立ち上がり,ついと手を伸ばし
指先あたりが光る場所に1歩出ようとすると,
光はそっと動き,その先で踊る。
思わず追いかけようとしたが,
その一歩を踏み出すと,
全てがとけて無くなってしまいそうな
淡く光る粒たち。
“この色を,この場のここで汲み取らなければ”
そう思った色屋は,そっと瓶の蓋を取り
光の中に滑らせて色を汲み上げたのでした。
雲はそれを待っていたかのように
色屋が蓋をすると同時に,さぁーと引いて行き,
あたりは先ほどと同じ,ドウドウと
流れ落ちる滝の景色に戻りました。
その後,ちゃっかりと
キラキラと光る水の粒も汲んだ色屋は,
今日の白く光る世界を噛み締めつつ
ハンカチを丁寧に畳み,足取り軽く
森へと帰って行ったのでした。
今日の色も貴方を待っています。
森のお店にいらしてくださいね。