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モスクワ タクシーバトル どんより雲に覆われて

初めてのモスクワ。ホテルについたの午後6時を回っていた。日の入りは9時過ぎだというのでちょっと散歩に出かけることにした。レセプションでもらった地図を開くと赤の広場までそう遠くない。初めての街でタクシーはなるべく乗りたくない。周りをじっくり観察しながら歩きたいのだ。モスクワ中心部は歩くには不便な道だった。道路の幅がやたらと広い。共産国家の名残りだな。歩行者用信号がほとんどない。横断するのにひと苦労。立体交差だったり、地下道入ったりでやっとこさ1時間かけて到着した。  

なんと赤の広場は封鎖中。ワールドカップイベントの設営で資材が積み上がっている。広場周りの赤い建物は深く鈍く光る。ともかく何枚か写真を撮り、あわただしく帰途に着く。食事の予定があるからだ。歩いて戻ると間に合わないのでUberを呼ぶ。ここではUberは現地の会社Yandexに買収されたようだがアプリは使えた。しかし配車はしたものの結局はやたらと広い道路で落ち合うことができずに、やむをえず配車キャンセル。キャンセルフィー取られたのが悔しい。  

最後の選択肢はタクシーだ。並んでいるタクシーのひとつに声をかけた。「〇〇ホテルまでお願い」「メーター走行でいいね。料金はこちらに表示されます」と細かい字が並ぶiPadボードを見せられた。VISA、Masterの文字だけやたらとでかい。そのくせ、「カードで払える?」と尋ねると
「キャッシュオンリー」との返事。

iPadに表示されるメーターをゼロにセットしてスタート。画面にはたくさん数字が表示され、どれが乗車料金かわからない。とりあえず出発。すべての数字がくるくる回り出す。

ドライバーは太った不精ひげのコワモテお兄さん。ダッシュボードになぜか招き猫がいる。中国で買ったそうな。イスラエルから来たという彼は英語はそこそこできる。これはちょっとした安心ポイント。ロシアは英語がまったく通じない。というかみんな話す気がない。英語に媚びてない。彼はジョージア(グルジア=当時ソ連邦)で生まれ育ち、両親とイスラエルに渡った。金を稼ぎにモスクワに。「ロシアはいいよ。他人の宗教に関心はないからね。テルアビブではそうはいかない」
「テルアビブね。首都だね?」
「首都はエルサレムだよ」
だよね。  

彼は本業はエコノミストでドライバーはセカンドジョブだという。  

「お金持ってたこともあるけど全部カジノですっちゃったよ。2ミリオン負けて祖父のマンション3つ売ったんだ。まったく、ほんとStupidだったよ」と嘆く。  

なんかあやしい展開。カネがないことを強調する。金をせびられないかしら。iPadに並んだメーター数字は何を示しているのかわからないまままどんどん増えてゆく。まあそれはともかく、世界に広がったジューイッシュの話なんかしながらフレンドリーな雰囲気のままホテルに到着。  

ホテル前に着くとゲートに入らずに、料金を伝えてきた。12,000ルーブル。ん?高すぎる。しかもホテルのゲートを入らないのが怪しい。とっさにスマホで為替レート計算。200USドル弱。来たあ〜!ぼったくりだ。久しぶりにはまった!  

渋滞があったが乗車時間はたった20分程度でしかない。直線距離で4キロ。  

「高すぎる!オレは払わないよ!」
「なに⁈オレはボード見せて料金説明したぞ、ユーはアグリーしただろ!」

”No, I don’t pay! It’s too expensive! Ridiculous!”

“I know it’s expensive but you agreed. It is VIP taxi. You see?“  

と言いつつ再度乗車時のボードを見せるおっさん。確かにVIPの文字。小さな文字で目立たぬようにちょこっとね。でも書いてあろうがなかろうがただの古い日産車じゃないの。ともかく払わないと再度宣言した。  

車から出ようとレバーに手をかけるとロックがかかって中から開かない。やばい。これはマジもんだ。閉じ込められた。さてこれからどうする?  

「ともかく高すぎる」
「じゃあいくらなら払うんだ?」とドライバー。
「10ドル」
相場ならこんなもんだ。
「ふざけるな!じゃあこれからおまえをポリスに連れてってやる!」おいおいまてよ。ぼったくりタクシーが開き直って警察行くのかよ。おっとまじか、やつはアクセルを踏み再度車を発進させた。  

車は進む。
だんだんびびってくる。
よい打開策が浮かばない。
どんどんホテルから遠ざかる。  

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「ヘイ、ノーティボーイ、車を止めろ。いくらなんでも高すぎる。オレは時間ないんだ。夕食の約束がある」  

「ダメだ。こっちは時間はいくらでもある。この料金は会社の規定だからオレは会社に払わないといけない。オレにも生活がある。いやならおまえが直接ボスと話せ」  

するとやつはスマホを手に取りどこかへかけ、ロシア語で何か話した。低い声のオヤジがスピーカーホンに現れた。ほんまもんのマフィアの口調だぞ。しかもここはおそロシアだぞ。奴は英語がやたらとうまい。いつも旅行者からたんまりふんだくってるなこいつら。これは脅しの常勝パターンに違いない。  

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「おい、おまえ、10ドルしか払わないと言ってるらしいな。そんなのは許させないぞ。警察に突き出してやる」  

やるならやれよ。でも警察もグルかもしれない。もしかしたらニセ警官ってことだってある。ここは刺激しちゃいけない。電話のオヤジには無言作戦を取ろう。  あっちのペースには乗らない。黙秘だ。

「.........」

電話の向こうのボスはまくし立てて脅してくる

「...........」

「なんで何も話さないんだ?早くしゃべれ!」とドライバー

「ノー、オレは知らない奴と話さない..........」  

無言を貫くと電話は切れた。  

「いくらなら払うんだ?」
「10ドル。キャッシュ持ってない」
「USドルでもいい。ユーロでも、円でもいいぞ」
「じゃあワンサウザンド円なら払う」
「そんなのラビッシュじゃねえか。ロシアじゃ交換したら5ドルだぞ!」と言いつつ財布から各国紙幣を取り出す。何枚も溜まってる。円も入ってる。 ぼったくられた観光客はそこらじゅうにいるんだろうね。

「オーケー、1万ルーブル(160ドル)に負けてやる。これがファイナルだ!おまえがアグリーしたことは車載カメラに全部映ってる。警察行ったらおまえの負けだ」  

「オレはアグリーしてない。そんな馬鹿げた金額は絶対払わない。ユーのIDカード見せなさい。スマホに撮ってフレンドに送るから」  

「オーケーID見せてやる。撮るなら撮れ悪いのはおまえだ」と財布を探る。  

するとやつはもう一度電話をかけた。今度はスピーカーホンにせずにロシア語で何か報告している。そして信号で止まった車を大きくUターンさせてホテルへの道を戻り始めた。どうやら最後のヤマが来そうだ。  

「5000ルーブルにしてやる。これが最後だ。オレにも生活がある。モスクワはワールドカップで物価が上がってオレの生活は大変なんだ」  

勝負はついたかもしれない。交渉ごとで連続2回譲歩しちゃいけない。妥結への焦りが見える。しかも生活の苦しさを訴えるとは、高額請求の根拠が弱いことの証拠だといえる。  

「ダメだ。10ドルしか払わない」
ここは意地の張りどころ。

「.......」  

しばらく走りホテル前で再度Uターンしてゲートの外で止まった。  

「5000ルーブル払え」
「ノー」
「じゃあいくらなら払うんだ?」
「2000ルーブル」
「じゃあまず2000払え」
お!ゴールが見えたか?  

「まず2000渡せ、そしたらドア開けてやる」
そうきたか。渡したら次の請求くるんだろ。  

「ドアが先だ」
「ダメだ。金が先だ」
「ノー、信じられない」
「じゃあ助手席に2000ルーブル置け」  

とりあえず財布から1000ルーブル札を二枚取り出す。財布があるのを見せるのはリスクだが仕方ない。  

「2000出せ」  

とりあえず1000ルーブルを助手席に投げた。  

「もう一枚はドアを開けてからだ」  

とうとうやつは運転席ドアを開けて外に出た。バックシートに周りドアに手をかける。開かない。どうやらさっき出ようとして何度も試行していた時、逆にロックしてしまったようだ。彼は助手席席から後部席に手を伸ばし、ついにロックは外された。私は外に出て残りの1000ルーブル札を手渡した。紙幣をもぎ取った彼は運転席へと進んだ。しかしすぐきびすを返して戻ってきた。まだなんかあんのか?  と身構える。

なんのことはない。私が後部ドアを閉めてなかったのだ。日本なら自動で閉まるからね。彼は走り去っていった。スマホでナンバープレート撮るのはやめておいた。結局支払った額は相場の2倍以上だが、こっちにも落ち度はあった。やむなし。  

相当険しい表情をしてたのだろう。道にいたこれまたイカツイ金髪角刈りお兄さんに話しかけられた。  

「たくさん払ったのか?」
「イエス。ずいぶん値切ったけどね」
「モスクワのタクシーは気をつけろ。マフィアだからな。赤の広場からきたんだろ?アソコのタクシーは乗っちゃいけない」  

あとで現地に住むヨーロッパ人にこの話をした。彼の知人も同じ目にあったという。その時は、ドライバーが胸ポケットから拳銃を取り出してダッシュボードに置いたそうだ。もちろん脅しだが被害者は大通りの真ん中でドアから飛び出して逃げた。ロックはされてなかったんだな。  

ホテルに戻りGoogleで再度検索してみた。やっぱり書いてある。
「モスクワのタクシーは今やみんなメーター式で明朗会計だ」
明朗と言えなくもないけどね。
正しくはぼったくりという。  

あいつはボスにやらされてただけなのかな?カジノですった挙句の借金のかたにされてさ。あいつの流転の人生はどこからが真実だったんだろうか?ボスの声におびえる姿は真に迫ってた。

以上  

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