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7人のこびとと戯れて


ニューナニワ国際シネマ(仮名)
どうしても観たい洋画があり
朝イチの開館とともに来てみた

名うて立地からして警戒はしていたが、路地を出て遠目に劇場がみえた段階でもうひるんだ

ただならぬ妖気を発している

地下はピンク映画だ

遠巻きに入り口を探すが
正面口はシャッターがおり
隅のピンクっぽい隙間しか見当たらず一旦通りすぎる

まだ開いてないのかな?

上映間際までディープな街をぶらつく。傘をさすほどでもない小雨が降り出した。妙にぬるい湿気がシャツから伝わる。古びたアーケードや開店前の昼飲み屋のひさしをつたって雨を避け、劇場前まで戻った。

前を歩く小柄な老人が進んだピンクの入り口をくぐるとすぐに旧式の自動券売機があった。一般映画を選ぶ。三本立て1000円。ピンクなら800円だ。もちろん電子決済なんてないぞ

奥にはもぎりのおばちゃんが座り
その脇に地下に潜る細い階段と
奥に進む道とを区分ける矢印看板がある

地下を覗くとなんともおどろおどろしい。地獄へ続く道。人によっては天国か?先ほどの男は躊躇なく下の暗闇に降りていった。

思わず別れ道看板を写真に撮ってしまった

するともぎりのおばちゃんに無言でじっと睨まれる
乾いたざんばら髪に白が目立つ痩せた女。眼光に凄みがある

1、2、3...

数秒の沈黙に耐えられず

思わず「トイレどこですか?」と尋ねた

通りを奥まで進むと
ドアを開け放した広めのトイレがある

むわっ

久しぶりに嗅ぐ便器の微粒子が鼻を攻めてきた
今のニッポンではそうはないぞこんなクサイ便所
不必要に明るい蛍光灯の青い光に照らされどれも色濃く黄ばんでる

この匂いをかいだ瞬間に思い出したのだ、プルーストの紅茶にマドレーヌじゃないけれど

想起したのは子供の頃に最寄駅裏手の踏み切り横にあったポルノ映画館だ

そこではトイレに入ったら最後
中学生でもおっさんの餌食になるという伝説があった

恐怖に駆られそそくさとトイレを立ち去り劇場ホールに入る

でかい
細い坑道の脇に広がる巨大な暗がり、ちょっと湿ってひんやりする
まるで『インディアナ・ジョーンズ』の得体の知れない洞窟のようだ

大きなホールに観客はまばらだ

すぐに異様なものに目が吸い寄せられた。中ほどに鎮座するのはタイトな赤いドレススーツを着たでかいおじさまだ。あのブルネットはウィグだろうか。まっすぐに白いスクリーンを見つめたまま微動だにしない。出動前の巨大ロボのようだ。

やばいよ
まさにあの映画館と一緒じゃないか
中学生の想像の中での魔窟としてのあの劇場だ

彼(They)からなるべく離れた前の方に席を確保した

予告編が始まる

すると自分のすぐ後ろにキャップをかぶった小柄な老人が座る

空いてるんだから他に座れよ

本編が始まる前にアナウンスが流れた

スリに気をつけよ
見かけたら警察に通報せよ
シモだけでなくそっちも警戒が要るのか

リュックをたぐり寄せて抱えた

中央の前方席からだと視界はスクリーンだけになり、後方の人々が怪しい動きをしたとしても行動が掴めないので劇場右部に移動し、前方と左から後方の視界も確保した

本編が始まる
劇場が暗くなる

でも真っ暗にならない
2階席ライトが消えない
後方入り口ドアも開いたままだ

逆に怖いよ
この明るさはまさかのときの安全確保のためだろ?

また自分のすぐ後ろに老人がきた
先ほどとは別の男だ

気をゆるせない

しばらくすると薄暗い闇からタバコの匂いが漂ってきた

さすがニューナニワやな

赤く光る「禁煙」掲示なんて気にしない

そのうち
シュパっと音がした
缶ビールだ

シュポ
こっちはコーラのペットボトルだな

後ろの暗がりを耳だけで認識する

それにしてもうるさい
みんな持ち込んだビニール袋やら
屋台で買った串カツか知らんけど
透明パックを遠慮なくパリパリ音を立てて開く

開いたドアの向こうで世間話してる
先ほどももぎりのおばちゃんか?

劇場をうろついてるオッチャンも多い

それにしてもやたらとみんなトイレにゆくな
トイレのドアは開いたままで蛍光灯をバックに黒い影が悠々と入ってゆくのが見えるのだ

周囲はやたらと気になるが肝心の上映作品は期待通りの上物でいつのまにかストーリーに没入してしまった

ハッ

ただならぬ気配に我にかえる。私の真横に老人が立ち間近でこちらを覗き込んでる
暗闇に白目が見える

こわ

こっちも無の表情で見返す
ビビっちゃいないが、攻撃の意思はありませんよとばかりに、中庸の表情をつくる。中学生の頃、見知らぬ年上の不良とストリートですれ違う時の表情だ。

するとあきらめたのかオッサンはどこかへ去っていった

何を狙っていたのかは判読できなかった。財布か、ナニか

その後も次々に別のおっさんが近づいて来る

怖すぎる

こいつらみんな似たようなみなりでそろって小柄でキャップを目深に被り表情が見えない
なぜか白いビニール袋を手に持つ

みんなグルなのか?

まるで七人のこびとのようだ
ぶかぶかジャンパーにキャップで
みんなおんなじサイズ感なのだ
するとデカい赤ドレスは白雪姫なのか?
でも絵本と違って小人たちはけっして可愛くない
影で見る限り場外馬券場か競輪場で新聞を手に持ち耳に赤鉛筆さしてるおっさん系だ

普段映画館に来れば作品映画に没頭するように努めるのだが、今回はスクリーンは見つつも、背中を含めて全方位全集中だ。こちらも結界をはりたいけど、ヤツらの方が熟練してる。

こんな状態で3時間の作品を観続けるのはしんどすぎる

しばらくするとどこかから老人のうめき声が聴こえてきた

映画の中からか?
幻聴かな?
想像が過ぎるのか?
音源はどこだ、どこだ?

暗がりで正体が見えないと怖さが増す
箱の中の見えないタコを触ってる感覚

ここでこのうめく老人が死んだら救急車かな、せっかくの名画の上映は中止か?

これほどの環境で鑑賞してるのに作品世界についていけてるのだから大した逸品だ。

やっと声の主がわかった

2階席だ
ぼやけたオレンジの灯りをバックに最前列の黒い影が苦しげにうつむいている

そのうちにそのうめき声はなんだかあえぎ声のように聞こえてきた



その声が心配になったのかもう一つの影が近寄りうつむく老人を覗き込む。そしてしばらくとどまり立ち去る。

うめきは止まっていない。

一方で一階席では赤いドレスの巨大ロボがゆっくりと席を立つ。出動だ。そのまま進みトイレに入った。獲物を求めてなのか?それとも何かこちらの知らないシークレットサインがあって、合意のもとで呼び寄せているのか。

まああまり気にしてもしょうがない。こちらに火が及ばない遠くのトイレや2階席まで気にしてもしょうがない。こちらは名画を鑑賞しているのだから。

スクリーンに映る作品は佳境に入ってきた。20年前に突如消えた映画俳優が発見されたというのだ。彼の親友だった映画監督が、現在の姿を見にケアハウスに訪問する。バルコニーから遠くの中庭で作業する老人を観察する...

一瞬、まどろんでしまった。
敵の結界に入り込んだような殺気を感じて我に帰る。つまりスクリーンの外側に意識を戻す。

周囲を確認する。
前に1人、右後ろに1人、左後ろにもう1人。しまった。映画世界に行ってる隙に3人に囲まれてる。みんな目深にキャップをかぶってる。抱えたリュックはまだ無事のようだ。

今までの敵は皆小柄な老人だった。毒針でも携帯していない限り、一対一なら倒せる体型だった。しかし今度は3人いるし、左後ろはぴちぴちTシャツの筋肉系だ。ボクシングジムのトレーナーといった感じ。やはりキャップはかぶってるが趣向が違う。ヘビ革製か?ナニワ風やな。身体がこわばる。姿勢を正す。すると前の男がキャップを脱いだ。何かの合図か?後頭部を見ると染めた髪がマダラになってる。弱そうだ。前は倒せる。

でもそこで新たな4人目が左側に立った。首まで力が入り背中が痛い。闘いにはしなやかさが必要だ。ゆっくり息を吐く。やつがじっと見つめてくる。さっきと同じ男か?そっちがその気ならこちらもと丹田に力をこめる。その刹那、妖気と妖気がぶつかり、凄まじいモメンタムの反作用でお互いが高い天井まで舞い上がった。そのまま広いホールを縦横に飛び回り最後の決戦が始まった。

空中からは観客席が見渡せる。串揚げ頬張るビール片手のおっちゃんの周りにこびとたちが見下ろせる。彼らのフォーメーションを見ると標的は自分のほかにも数人いる。太ったハゲ親父に、痩せた黒髪色白くん、眠りに落ちてる無防備なオッチャンもいる。アフリカサバンナをドローン空撮する要領でハイエナたちの動きが見て取れる。こびと軍団は全くスクリーンを見ていない。つまり目的は映画ではない。

劇場隅のトイレも蛍光灯に照らされたコンパートメントの中まで見下ろせる。奥から2番目の部屋では赤ドレスが跪いてひ弱な男に奉仕してる。2階席まで飛ぶと死にかけ老人と見えた男の周りに似たような装束の手下たちが5〜6人集いうつむいた頭の下の行為を拝んでいる。もしかしらやつがラスボスかも知れない。

ともかく舞い上がった男を仕留めねばならない。そのとき映写機からスクリーンに伸びる光の帯が見えた。暗闇に育った闇のこびとたちは光に弱いのではないか。空中で間合いを詰めてくる身軽な老人から逃れるようなそぶりをしつつもスクリーンが昼間のシーンに移る刹那を見計らい彼に飛びかかり首を抱えて映写機の放つ光のビームの前に差し出した。狙いどおりに老人はのたうち回り苦しまぎれに私の首を絞めたがこちらがひるむとすぐに腕を振り解いて飛び去った。彼はホールを出て地下階段奥に飛行姿勢のまま逃げ込んだ。もちろんそこまでは追わないよ。

いつのまにか元の席に戻り映画の世界に入り込んでいた。スペインの海辺で撮られた物語の中では、閉館した劇場で古いフィルムを映写機にかけている。主要な登場人物たちがさびれたシートに腰掛けてスクリーンを見つめている。行方不明で死んだとされた俳優も観客の1人だ。彼の成人した娘はかつての名子役だ。撮影当時はロードショーされなかった幻の作品を初めて観客入りの劇場でかけた。たしかに撮られていた実存が古いフィルムから映し出されて、消えた記憶と交差する。どこからどこまでが俳優の演技かあやふやになる。ふと気づくと私が腰掛けていたのはナニワの魔窟映画館の汚いシートではなく、スペイン海辺の廃館であった。スペイン語の世界に入っている。横を見るとバロック絵画から抜け出たようなドワーフ(こびと)たちがこちらを見ている。暗転したスクリーンにエンドロールが静かに流れ出した。

最後まで席を立たず館内にライトがつくのを待った。この劇場にいる全てをこの眼で確かめたい。しかし灯りはつかなかった。3本立てで休憩なしか。もちろん私は一本目で退散だ。最後まで対峙する気力はすでにない。

外に出る。明るい。雨は上がっているが地面は濡れたままで、生ぬるい湿気がまとわりつく。まだ昼過ぎだ。射的や串揚げ、かすうどんなどディープなアーケードを警戒心を解かぬまま足速にうつむき加減で通りすぎ、地下鉄に乗った。地下は怖いけれど。

家に帰るとすぐにベッドに横たわり昼寝した。のだと思う。次に意識が戻ったのはまだ明るい夕方だった。身体が重い。背中がベッドに張り付く。今日は重力が大きいようだ。起き上がれない。映画を一本観ただけなのに。首元に鈍い痛みを感じ、手を伸ばす。指先が棘のような突起を感知した。爪を立てて引き抜く。
ぬーう。
長い。
五寸ほどの鉄製の針が身体に刺さっていた。そのままもう一度眼を閉じた。

(fin)

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