ネックレス
土曜日。
上野駅の雑居ビルの6階に佇むクラブ「なでしこ」で働く渡辺は、ひどく空腹だった。
新居での引越しの荷物を整理する。
若い頃から、渡辺は天然キャラを駆使しおじさんを騙す事が得意だった。
クラブ「なでしこ」では、佐々木と名乗る客にやたらと気にいられ、瞬く間に店のランキング1位に踊り出た。
シャンパンを入れてくれるのはもちろんで、プレゼントを誕生日でもないのに会う度くれる。
全くセンスがないので身に付けた事は1度もないが。
新居のすぐ近くに、川崎質屋というオレンジ色の看板が目に入った。そこの質屋でネックレスや時計を売ろう、そんなプランが頭をよぎった。
引越し業者によってリビングに無造作に置かれた数十個あるダンボールの山を開封し、貰ったネックレスや時計を探す。お腹が鳴る。寿司が食べたい。
ふと、佐々木の顔を思い出した。
佐々木は人の良さそうなおじさんで、よく新橋の美味しい寿司屋の話をしてくれた。ところが仕事の話、特にライオンの話をするとキュッと目が鋭くなる。
その氷の様な表情を思い出し、背筋がゾクッとした。
万が一質屋に持っていくのがバレたら殺されるかもしれない、そんな悪寒がして、ネックレスを探すことを諦めた。
お腹が鳴る。ご飯を食べよう。炊飯器に昨日炊いたタケノコの炊き込みご飯があるはずだ。
そう言えば炊飯器はどこだろう。
ない。
炊飯器がない。
5分後引越し業者へクレームの電話を入れたのは言うまでもない。
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