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女子校幻想

タイトル通りです。
女子校の幻想を打ち破ろう。

「女子校」というのは、単に男子学生がいない学校のことです。女子校≠お嬢様学校。
でも「女子校」というと、皆様はいわゆる『マリア様が見てる』的な世界をご想像されると思いますし、実際にそういう学校もあるのかもしれない・・・? 少なくとも私が通った女子校は、あんなんじゃなかった。

ていうか、あったら、私が行きたい。

以下は25年前の私の経験です。
(今の母校は雰囲気も事情もかなり変わったと聞いていますので、ほんとに主観です。)

▼キリスト教系女子校の日々


私が通ったのはカトリック系の女子校です。中高一貫6年。原則高校からの編入はありません。中学から入ってきた1学年200人くらいが6年一緒に過ごします(今は、そうではなくなったそうです)。
本学は男子部と女子部がありましたが、校舎が離れており、特別な交流機会もなかったので、私は中高時代、男子部の生徒を一人も知りませんでした。

校長先生は神父様でした(神父様は、プロテスタントでいう牧師様です)。
他にも何人か神父様の先生がいました。

みんなが夢見る、修道服を着たシスターは・・・


いませんでした!!!(残念)

神父様も普段はスーツでした。儀式のときは特別な服を着るので「おお、〇〇先生はやっぱり神父だったんだ」と思いました(笑)
神父様っていっても『トリニティ・ブラッド』(吉田直先生)とか『バチカン奇跡調査官』(藤木稟先生)みたいな、THORES柴本先生的な神父を想像されると困ります。

ふつーのおじさまです(きりっ)。

カトリックの神父様ですので「清いままの」男性です。
(なお牧師様は結婚して子どもも持てます。)

神父様は、お寺のお坊さんと一緒で「説教慣れしてる」ので、話が面白い先生が多かった印象です。
神父になるためにずっと勉強していたけれど、とても愛した女性がいて、真剣に神父の道を断念しようか悩んだ、という切ないお話も聞いたことがあります。

週1か毎朝か忘れましたが、朝の会で合唱部が放送で聖歌を歌ってくれるので、各クラスで歌います。(聖歌はプロテスタントでいう讃美歌)。放送部が「みことば」を読んで、一緒にお祈りします。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。歌をたくさん覚えました。
自前で教会も持っていて、クリスマス聖式もありましたし、また合唱部が聖歌を歌ってくれました。例の(キリスト生誕の)劇は・・・有志の合宿でやったような覚えがあります。

ただ、信仰については全然厳しくなかったです。
うちの母親はプロテスタントですが、父方は仏教徒。私は、文化としてのキリスト教・仏教に興味があり神社にもお参りしますが無宗教です。
同学年にはお寺の娘がいました(笑)

6年いましたが、プロテスタントとカトリックの違いはいまだにあまりよくわかっておりません・・・。
とりあえず、神父(司祭ともいう)と牧師という呼び方とかが違います。歌の歌詞も微妙に違う(母親と歌うと、曲が同じなのに歌詞が違う)。
教会でマリア様をキリストと同じくらい大切に考えるのはカトリック。バチカン(法王)はカトリックの総本山。洗礼を行うのもカトリック。ドラマ(相棒とか)で出てくる教会はだいたい「カトリック」です。中世の教会はカトリックが主流でしたが、その腐敗に憤ったルターが宗教改革で興したのがプロテスタント(=抵抗)。

▼授業

英語教育に力を入れており、ネイティブの講師が数人いました。
帰国子女も積極的に受け入れていました。
私学なので、進度がとても速かったです。
「宗教」の授業もありましたが、ごくふつーに聖書のお話を聞いただけで、あやしいものではなかった(と思う)。私はもともと聖書の「小話」やキリストの伝記も読んでいたので、「あー、読んだことある、面白い」みたいな授業でした。

私の時代は、毎年コンスタントに数人~10人ほどは東大に入っていました。なぜか京大に進む子はほぼいなかったです。

▼学生

まず見た目。
制服が日本一ダサい。
少なくとも県内で最もダサいのは間違いない。開学以来同じデザイン。レトロモダンとかそういうレベルじゃなく、本当にダサかった。正しく着ても、着崩してもダサい。もはやそのダサさがアイデンティティ。
アムラー(安室奈美恵、コギャルファッション)が流行った時代だったので、ルーズソックス履いてる子もいましたが、私は「みつあみに金縁眼鏡」で「ダサい勉強の虫」を演出してました。そのくらいしか対抗できなかったのダサさに・・・。

中学生の時は眼鏡率とポニーテール率も高かった。痩せた青白い顔(太陽に当たらず勉強しているため)でポニテ、大きなカバンを背負って本を読みながら道を歩いているのは、ほぼ100%本学の女学生でした。

つまり・・・「イモ女子」です!!!

もちろん美少女もいました! 
お洒落に目覚める子もいました! 
共学の女子のような「青春」を楽しんでいる子もいたかもしれません!

しかしほとんどは、勉学と(私は嫌いだったが、本当に勉強が好きな子が多かった・・・)、部活と、趣味の世界に没頭する子たちが多かったです。

悪い意味ではありません。
その「趣味オタ」ぶりが、さすが頭がいいだけのことはある!という域に達している子がたくさんいました。

簡単にいうと「頭良くてちょっと変わってる子」たちが、わらわら。

どんなおうちの子が来るのか。
社長の娘、開業医の娘、大学教授の娘などもたくさんいましたが、元華族とか大金持ちという感じはなく、ふつーでした。サラリーマンの娘もいたし。うち母子家庭だったけど一切何も言われたことはないです。

多分、お金持ちもいたんだろうけど「別に友達だし・・・?」という感じでした。
お金持ちの家の子でも、それを鼻にかける子はいませんでした。むしろ「いやいや(照)」。
逆に言えば鼻にかけてるうちは三流だよ。本当に育ちのいい子はそういうことしないんだよねー。

「ですわ」「ほほほ」「ごきげんよう」は皆無でした・・・。

さあ、幻想は壊れてきましたかー?

▼他の女子校は?

市内には別の女子校も複数あります。女子校といっても色々なカラーがありギャル(死語?)ばかり、みたいな学校もあったらしいです。
うちは禁欲的というか地味というか「物欲はあんまりない、知識欲が異様にある」という子たちが多かったと思います。

では10代を女子だけで過ごすと
女子はどうなるのでしょうか。


はーい。「強く」なりまーす。

理由は私の見るところ大きく2つです。

▼理由1

簡単に言うと「男の目を気にしなくて済む」。「ジェンダーで遠慮することを覚える」機会がなく、全部自分たち(女性)でやらないといけないので、相対的に「強く」なる。具体的には生徒会長にも立候補するし、部活のキャプテンもやる。だって女性しかいないから。当たり前です。
こういう経験をすると、大学に入った時に「は、女子がお酌?」「は、合コンのさしすせそ?」となります。私です。世界と和解するのに苦労しました。マジで。

強くなる、というより、自分の「良さ」を素直に発揮できる、ということだろうか。

理系に進む子もたくさんいました。リケジョなんて言葉もありませんでしたが「物理好き!」「医学部行きたい!」と言う子たちもたくさんいました。

いいことだけではありません。

男の目がないと女子はどうなるか。
教室がめっちゃ汚部屋になります(笑) 
ごみ箱とかすごかったです・・・。あと大掃除の時のホコリな・・・。
冬は、みんな制服(スカート)の下に体操着のジャージを履いて、毛布を腰に巻いてました。先生からはよく怒られました。ちなみにジャージも致死的にダサかった。今はさすがに変わったのかな。

一人暮らしの男性の部屋が荒れがちなのと同じで、女性も異性(他者)の目がなければ荒れるのです・・・。

幻想、完全に破れましたね?(笑)

▼理由2

元生徒だった先生が赴任してきてフェミニズム教育を施す、以下ループ。

さすが私学。教育内容が自由。
同級生と会うといっつも話題になるのが、家庭科と体育。
「あれが一番役に立った!!」とみんなが口を揃える。

◎家庭科の先生の教え
「みなさん、専業主婦になれるのは一握り。
年収1000万円の男性は数% ←統計を見せてくれる。
そして結婚生活が続くカップルはこのくらい ←統計を見せてくれる。
ですから、結婚しても子どもを産んでも仕事を辞めてはいけません。」
先生ありがとう! めっちゃ役に立ちました!!!!!

◎体育の先生の教え
リプロダクティブヘルスライツ
避妊の方法、重要性
中絶について
今でいうLGBTQ(体の性と性的指向は別であり、病気ではない)

性教育が早すぎるという議論などどこ吹く風。「ソウハ」(中絶法の一種。器具で胎児をかき出す。母体への負担が大きいとされているが、日本ではソウハが主流)という言葉を習い、産む権利、家族計画も教えてもらいました。
どんどんリベラルな子が育ち、社会で活躍できる人材となり、母校に戻ってこのリベラル教育を施す、というループです。

私はこの教えをバッチリ真に受け、結婚しなかったんですが、あれ、どこで間違えたのかなー(汗) 同級生はじゃんじゃん結婚して子供を産んでいるぞー(´・ω・`)

▼恋愛事情

男性教諭は多数いました。
私たちの代で人気があったのは・・・

・日本史の白髪のおじいちゃま先生
とにかく温厚で「かわいい」人がもてます。

・イラストが得意な数学のおじちゃま先生
この先生は「かわいいクマ」を黒板やテスト用紙に描いてくれる、ということで理系クラスで人気がありました。
さらに絵の上手な子が描いた先生の似顔絵が出回り、キャラ化されていました。

・あととりあえず、若い先生、新任の先生

選択肢が少なくなるので、目は曇ります。そんなの当たり前です。大した事なくても、若い男性というだけで盛り上がる。
でも「現実の恋愛なんかより、小説、バンド、ジャニーズ、二次元がいい!」という子も多かった気がします。私は西川貴教と、ちょっとビジュアル系も好きでした♡

異性とのお付き合いは明確に禁止されてはいませんでしたが、そもそもみんな「そんなこと」に興味が薄かった気がします。私が仲が良かったのが、たまたまそういう子たちばかりだった可能性もあるかもしれないが。。。

私は独自の思想で「恋愛は敵、恋愛するやつはバカ」だと思っていたので(謎電波を受信)、すぐにそれは「男はバカ」と間違った発展をしていきました。※絶対に真似しないでください。

完全なるミサンドリーですが、ちょっとだけ言い訳させていただくと、結構な女学生が「電車内痴漢」に遭っていました。その話を聞いて、私の男性性への嫌悪はかなり強くなりました。ちなみに私は学生時代は1回も痴漢に遭ったことがなかったんですが・・・女子にありがちな、共感しすぎてどっちも疲れる、みたいなやつだったのかもしれません。

▼S(エス)、タカラヅカなど

吉屋信子先生的な、エスな関係の方々はいました・・・どこまでの関係かわかりませんが・・・疑似恋愛だったのか。でも誰にも「疑似」と言う権利も資格も必要もないですよね。
彼女たちを見て、クラスメイトは引いてはいましたが、みんな華麗にスルーしていました。頭のいい子たちは、あからさまないじめはいたしません。「自分と違う」ものを見ても、基本「スルー」です。
正直、陰では(このこと以外も)いろいろ言ったり言われたり、ありましたが、それは子どもも大人もみんなそう。人間だもの。でもドラマみたいな、ものすごいいじめは私は見なかったです。(いじめは、した方は覚えていないものなので、私も誰かを傷つけていたかもしれないですけど・・・)

宝塚的な憧れもありました♡
私にも、素敵な先輩、かっこいい後輩、すごく好きだった同級生がいました。一緒に帰ろうとしたり、手紙を渡そうとして渡せない!みたいなこともやってましたねえ。
私は、そういう傾向がありますが、女子校で培われたのではなく(男がいないから女に走ったのではなく)、そもそもそういう指向なのだと思います。私の場合は性的な指向とは完全に別。女性と性的な関係を結びたいとは思いません。不思議ですね~。
なお、好きだった同級生は、立派な肝っ玉母ちゃんになりました。

▼男子(部)の存在の軽さ

「男子部をちょっと低く見る」という謎の風潮があり(今考えると失礼すぎる)、そもそも校舎が離れているので会うこともないのですが、何か校外で活動を一緒にしていた生徒以外、たぶん口きいてなかったと思います。

今から思えば、男子部の方が割と地域に開かれていて、いろんな活動をしていたので、親しくしておけばよかったのか。。。

▼みんな、つじたん

先ほど「「頭良くてちょっと変わってる子」たちがわらわら」いたとお話ししました。

シラシーの皆さんに分かりやすく言えば「つじたんの女性版」がわらわらいたと思ってください。神皇正統記を筆記&暗唱、授業中に架空戦記を読みふけり、初の上京で真っ先に靖国神社に行く(※全て事実)。これの女子版です。

私の例で話しましょう。

私が学生時代興味があったのは
・よしりん、作る回(よしりんの講演会に一人で行ったことある)cfつじたん
・心理学(筒井康隆の影響)cf古谷先生
・中世フランス貴族、転じてファッション史からの鷲田清一 

※フランスは、世界史の先生が勧めてくれた『ベルサイユのばら』でハマりました。そこから当時のファッションやら歴史やらの本をいろいろ読み、本気でお茶の水大学のファッション史を勉強できる学科に行きたかった。しかし、お茶女は女子大!!!!! 苦悶の末、断念しました。
「10年間女子校は、さすがにまずい」

他、ナチ〇を研究対象としている子(ここにも女子版つじたんが)、やたら歴史に博覧強記の子、演劇オタク、マンガオタク(お絵描きクラスタ←私はここ!)、芸術系の学校に行く子・・・シラサー・シラシーみたいな子がいっぱいいました(笑) 
だからシラスのコメ欄を見た時、「あ~これ学校の感じ!」と、とてもなつかしくなりました。

▼今考えると・・・

私は中高時代は本当に「形而下のこと(現実)」には全く興味が持てなかった。
恋愛もお金もファッションも「そんなこと考えるのはくだらない」と思っていました。本気で思っていました。倫理の時間にギリシャ哲学を習った時は、「そうだ! 生きる目的も真・善・美!」とか思ってました(笑)

そして、自分の家でも他人の家でも、お金のことは全く気にしていませんでした・・・。
(逆説的ですが「お金があるか興味ない」はかなり幸せな状況です。全員それほどお金に困ることのない家庭だったから、気にする必要がなかったのでしょう。今はお金のことが気になってしょうがないや!)

「高等遊民」になりたいと本気で思っていました。
さっきも言ったみたいにフランスの「王侯貴族」にハマってたこともあり、ちょっとやそっとの金持ちとか、なんとかの家とかは、興味なかった。
だから、将来のことが何も考えられなかった。仕事をするとか働くとか、全然リアルじゃなかった。

大学受験の勉強がつらすぎて、同級生と「出家したい!」とよく言っていました。私は教会の尼僧。彼女はお寺の尼さん・・・。そしてもちろんそんな甘い考えでなれるものではありません・・・!!(その後彼女は東大→アメリカの大学院を卒業、大企業で仕事しながら子育てに邁進中)

恋愛くだらない、とか言ってる割に、山田詠美やら村上春樹はよく読んでたし(笑)

頭でっかちで矛盾だらけだった。

全然美しくありませんでした。

▼少女などいない。

いかがでしたか!
女子校の内部。少しは実感を持っていただけたでしょうか! 

女子校っていうか、お前の中高時代がおかしかっただけだろ。

え~バレました?(笑)

いやでも真面目に。
声を大にして言いたいのは、「少女」という存在は、いません。
ジブリのヒロインみたいな「少女」はいない! 
『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』に出てくる「少女たち」もいない!!

儚くて、美しくて、白いワンピースが似合う、長い髪のすぐ死んじゃいそうな、壮絶な生い立ちがあって、何かすごく能力を秘めた若い女性は(ほぼ)いない!

子どもはただ「うごうご」した存在です。
「うごうご」しながら「大人(人間)」になるのです。

男子も女子も思春期は「うごうご」しているだけです。

それから、美しい大人になる人と、「まあそこそこ」で生きる人がいるだけです。

少女幻想は捨ててください。女子校幻想も捨ててください。

女性もただの人間です。昔は子どもでした。そして大人になりました。

▼参考書籍

本学に結構近い学校、だと思うマンガがあります。
『笑う大天使(ミカエル)』(川原泉)です!
ここに描かれている「聖ミカエル学園」の3人の生徒たちの「性格」「心象」は私たちに似てるなと思いました。
もちろん「ごきげんよう」とかは言いませんし(笑) シスターもいないし、何より、こんな素敵な男性たちが現れることもありませんでしたが。和音にとっての俊介さん(年上の「養育係」)! 理想!!!(笑)

▼女子校はあってもいい?

東さんも呉座先生も「男子校の弊害」を説いておられましたが、私は、女子校はあってもいいかなと思っています。

いいことばかりではなかったです。むしろその後がつらかった。
思春期6年間を女子だけで過ごした後、大学は共学。ギャップに大変苦労しました。筆舌に尽くしがたい苦労でした。20代全てと30代前半も、それ(男性性なるものへの適応)に費やしました。

でもそれでも、私は女子校行って良かったと思います。他人はどうか分かりません。間違ったミサンドリー思想を自ら育ててしまい、それを捨てるのに今でも苦労していますが、それでも、私は行って良かったと思います。

ある種の女子には、女子校は必要だと思う。
その子の適性によるのかなと思います。

女子校は皆さんが思うほど、キラキラもしていないし、逆にドロドロもしていません。

ふつうに、あのくらいの年頃の子たちがやることをやっているだけです。

私は今でも女子校で同級生たちに会えてよかったと思います。


でも・・・もしかしたら、どこかには、よい家に生まれた、優しく・美しく・儚い女子学生ばかりが集まって「ごきげんよう」と言い合うような、学校には修道服のシスターがいて、何か困ったことがあると一人静かに教会で祈りをささげるような・・・そんな、女子校があるのかもしれません。
私もいまだに夢見ています。

ご清聴ありがとうございました。

(※これはあくまで私個人の体験談です。記憶に従って書いております)

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