規模より安定:ぼくが辿り着いた「負けない商売」【8,368 文字】
ぼくはこれまでに、さまざまなビジネスを立ち上げたり運営したりしてきました。その過程で強く感じたのが、「勝ちに行くこと」を目指すと、往々にして無理やリスクを抱え、自滅しやすいということです。
多くの人は「商売で勝つ」ことこそが成功だと考えますが、実際には「負けない商売」のほうが長期的に安定し、結果として快適な生活に近づくとぼくは思っています。
ここでは、なぜ「勝ちに行く商売」が自滅しやすいのか、そして「負けない商売」を実現するためにはどのようなポイントを押さえればいいのか、具体的な体験談や心理学・経営学の研究からの示唆を交えて解説していきます。
さらに、参考文献も載せていますので、興味があればそちらもぜひ参照してみてください。
1. 勝ちに行く商売は、なぜ自滅するのか?
まず、「勝ちに行く」商売とは何を指しているのでしょうか。
ぼくの定義では、「競合を圧倒したい」「市場を独占したい」「一気に業界で注目を集めたい」など、短期間で大きく成長しようと欲や見栄に突き動かされるマインドを指しています。
ここにあるのは「負けたくない」という意地だったり「凄いと言われたい」というプライドだったり、「もっと稼ぎたい」という欲求だったりします。
もちろん、ビジネスにおいて成長意欲や向上心は大切です。しかし、その成長意欲が健全な根拠にもとづいていればいいのですが、「ただ勝ちたい」「他者を上回りたい」という気持ちだけが先行すると、往々にして過剰投資やリスクの見落としにつながります。そして、それが自滅への道になってしまうのです。
例:ぼくの失敗はプライドが原因
たとえば、ぼく自身にも痛い失敗体験があります。一度目の起業の時は、今思えば馬鹿らしいのですが、きっと高校や大学の時の知り合いに「すごい!」と言われたかったんだと思います。なんてバカなんでしょうか。そんなことのためにリスクを背負うなんて。
そもそも学生時代は文武両道で、学校成績はいい方で、少林寺拳法部に所属していて全国大会は優勝、関西大会規模では負けなしといった状態。天狗だったわけです。俺は特別なんだと。
これは幻想に過ぎないのですが、これを社会に出てからも証明しようと躍起になっていたわけです。会社員としてはポンコツだけど、自分でやったら結果を残せる人間だと。
そのくだらないプライドが結果的に借金や離婚など、さまざまな地獄をぼくに見せつけました。勝つ戦いを愚直にしていれば今頃、資産1億円くらいは持っていたでしょう、きっと。苦笑
2. 商売における「勝ち」とは何か?
「商売における勝ち」について改めて考えてみましょう。多くの人が「勝ち=利益最大化」や「競合に勝つこと」と捉えがちですが、その背後には「見栄」「欲望」「プライド」などの感情が隠れています。
2-1. 勝ちに行くとは、見栄や欲に引っ張られること
人間は社会的な生き物であり、他者からの評価や社会的地位を気にする傾向があります(Cialdini, 2001)。それ自体は自然なことですが、商売をする上で問題になるのは、過度に「カッコよく見られたい」「すごいと思われたい」という気持ちが先行するケースです。
見栄が原因で起こる典型的な失敗例
過剰な広告費の投入
先ほどのぼくの例のように、フォロワー数や一時的な注目度を上げたいばかりに、費用対効果を無視して広告費を投入してしまう。過剰な在庫の抱え込み
「これだけ仕入れても売れるに違いない」「ライバルを出し抜きたい」という考えから、売れる見込み以上に在庫を抱える。結果として在庫を抱えすぎ、資金繰りを圧迫する。社員や店舗の急拡大
見た目の規模の大きさを求めて急激に人を増やし、教育が追いつかず品質が下がる。固定費が増え、経営を逼迫させる。
これらは一見、大胆なチャレンジや拡大路線に見えますが、実際には「プライドや見栄」に突き動かされた身の丈を超えた行動であることが多いのです。
2-2. 地に足をつけた商売の強さ
一方、「負けない商売」は地味に見えたり、規模が大きくないように見えたりするかもしれません。しかし、収益構造がしっかりしていて、多少の外的要因にも揺らがない。これが「負けない商売」の強みです。
例:小さなテストを大事にする運営
ぼくのオンライン講座でも、最初は「広告を回して新規獲得だ!」と考えていましたが、コストの高さから考えを改めて、「0円でフォロワー獲得して講座の継続データを取って、それから広告を回す」という方針に切り替えました。これは地味に見えるかもしれませんが、積み重ねることで強固な基盤になります。
3. 商売を自滅させないためのポイント
では、どうすれば商売を自滅させずに、安定した運営ができるのでしょうか。ここではいくつかのポイントを挙げます。
3-1. プライドや見栄を捨てる
もっとも重要なのが、他人からの評価に振り回されないことです。心理学では、「社会的証明の原理」や「同調圧力」が人の意思決定に大きな影響を与えるとされています(Cialdini, 2001)。しかし、商売においては「他社より大きく見せたい」「もっと派手にやりたい」といった欲求からくる無理が、かえって自分の首を絞めることになるのです。
プライドや見栄を捨て、「自分の商売を通して、どんな生活を送りたいのか」を真剣に考え直すことが第一歩です。年商が何億円といった大きな数字であっても、それが利益につながっていなかったり、自分の健康や家族との時間が犠牲になっていたりするとしたら、本末転倒でしょう。
3-2. 無理な挑戦を避ける
挑戦自体は悪いことではありません。しかし、過度なリスクを取りすぎると取り返しがつかないレベルの損失を招きます。自己資金やキャッシュフローを考慮せずに大規模投資に踏み切ると、少しの不調で一気に倒れてしまうかもしれません。
これを防ぐには、「最低限、どこまでならリスクをとれるのか」を明確に決めておくことが大切です。運転資金や生活費を確保した上で、小さく検証を始め、段階的に投資を増やすという方法がよく勧められています(Ries, 2011)。
3-3. 「勝つ」より「負けない」を目指す
「勝つ」というと、どうしても競争相手を意識したり、利益の拡大を急いだりするイメージがあります。
それよりも、「安定した収益を得る」「赤字にならない」ことを目標とするほうが、実は長期的に見て成功につながるのです。たとえ利益が小さくても、資金繰りが安定していれば、次の一手を冷静に考える余裕が生まれます。
4. 負けない商売を実現するアクションプラン
ここでは、具体的にどうすれば「負けない商売」を実現できるのか、いくつかのアクションプランを提案します。実際にぼくが試して効果を実感したものや、多くの経営者が推奨している方法です。
4-1. 自分のキャッシュフローを把握する
まず、何よりも「お金の流れ」を把握することが大切です。月々の固定費(家賃、人件費、サーバー代など)や変動費(広告費、仕入れ費用など)を細かく洗い出し、どの部分が無駄なのかを見極めましょう。
「しょぼい経費削減なんて効果がない」と思うかもしれませんが、実際には積み重なると大きな差になります。また、どの程度の余裕資金を持っておけば安心なのか、「キャッシュ・バッファー」を設定することも重要です(Michalowicz, 2017)。
4-2. 無理な拡大をしない
ぼくがストレッチ専門店を運営していたときは、他の大手チェーンと競合せずに、あえてローコストな「1人経営」にこだわって運営していました。
これは「広く浅く」よりも「狭く深く」にフォーカスする戦略で、SNSで個人の影響力を最大化しつつ、地元の顧客の満足度とリピート率を高めることを重視したのです。その結果、安定的な集客が可能になり過剰な広告費を必要としませんでした。
「拡大すべきかどうか」は常に悩みどころですが、拡大に伴うリスクやコストを十分にシミュレーションし、「もし売上が下がっても損益分岐点を割らないか」をチェックしておくべきです。
4-3. 見栄を張らない仕組みを作る
日々の経営判断を見栄や欲望に左右されないようにするために、以下のような仕組みづくりが効果的です。
目標設定を再定義する
「〇〇社を抜く」「業界No.1になる」といった相対的な目標ではなく、「毎月の固定費をまかなったうえで、月に○○万円を安定的に利益として確保する」というように、自分のライフスタイルに合わせた目標を立てる。定期的な数字のレビュー
自社のキャッシュフローや利益率を定期的に振り返り、客観的に状況を判断する。見栄を優先すると、数字を無視しがちになるので、必ずデータを見る習慣をつける。信頼できるパートナーやメンターの存在
客観的にアドバイスしてくれる人や、同じ価値観で経営を行っている仲間を持つと、「見栄やプライド」に流されにくい。第三者の目線で軌道修正できるようになる。
4-4. 周囲の声に惑わされない
周囲から「もっと大きくしてみたら」「派手にやればSNS映えするのに」と言われることは珍しくありません。
ぼくも、SNS運営で「もっと派手に宣伝すれば爆発的に伸びるよ」と助言されたことが何度もあります。しかし、あえて慎重に地道な運営を続けた結果、エンゲージメントの高いフォロワーを少しずつ増やしていくことができました。
短期的な成果は地味に見えるかもしれませんが、信頼関係や満足度を大事にすることで、長期的に見れば「負けない商売」の基盤が固まっていきます。
5. ぼく自身の体験からの教訓
ここまで「負けない商売」についていろいろ書いてきましたが、ぼく自身、過去には「勝ちに行こう」として大きく失敗したことが何度もあります。実際に大きな広告費を投入したり、会社の規模を急拡大しようと試みたり。
しかし、そのたびに「思ったより集客できない」「固定費がかさみすぎて精神的負担が大きい」「結局、採算が合わない」という問題に直面し、最終的に事業をスリム化せざるを得ない状況に追い込まれました。そこでようやく学んだのは、「負けないことこそが大事」ということです。
プライドや見栄に突き動かされていたときは、とにかく「大きく」「華やかに」「一気に」という発想でした。しかし、実際にやってみると、資金繰りが一気に厳しくなり、精神的にも追い詰められます。その状態では、冷静な判断などできるわけがありません。むしろ「自滅」への道を進んでいたように思います。
一方、地に足をつけて「どうすれば確実に利益を積み上げられるか」「どうすれば顧客満足度を高められるか」を考え始めると、あまり派手さはない代わりに、安定感が増しました。結果として、長い目で見るとそちらのほうがはるかに収益が高くなり、しかもストレスも少ないと感じています。
6. 「勝ちに行く」心理を生み出す要因
ここで少し視点を変えて、「なぜ人は勝ちに行くのか」について心理学の観点から掘り下げてみたいと思います。単純に「プライドが高いから」というわけではなく、人間にはいくつかの普遍的なバイアスや傾向が備わっています。
6-1. プロスペクト理論(損失回避)
心理学者ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーが提唱した「プロスペクト理論(Prospect Theory)」では、人は「損失を避けること」に強く動機づけられると説明されています(Tversky & Kahneman, 1979)。
具体的には、同じ金額の利益と損失なら、損失の痛みのほうが大きく感じられるというものです。商売においても、「負けたくない」「損をしたくない」という気持ちが「勝ちに行く」行動を促す場合があるわけです。しかし、これは理論上の一例であり、「大きく勝たなければ損だ」という思考に陥ってしまうと、むしろリスクを過大に負いがちになります。
6-2. オーバーカンフィデンス(過剰自信バイアス)
経営者や事業主は、自分のビジネスに対して強い思い入れがあります。これはポジティブな面もありますが、同時に「自分は成功できる」と過度に楽観視してしまうオーバーカンフィデンス(過剰自信バイアス)に陥りやすいとも言われています。
研究によると、新しくビジネスを始める個人の多くが、自分の成功確率を実際より高く見積もる傾向があるそうです(Camerer & Lovallo, 1999)。このバイアスによって、「強気の投資をすればきっと回収できる」「拡大しても問題ないはずだ」という誤判断を起こしやすくなります。
6-3. 社会的証明の原理と同調圧力
「周りが大きく成功しているから、自分も負けられない」「同業者のSNSを見ていると、派手なキャンペーンをやっている。うちも対抗しなきゃ」といった心理も、大きな原因のひとつです。
ロバート・チャルディーニの『影響力の武器』でも指摘されているように、周囲の動向が人の意思決定に与える影響は大きい(Cialdini, 2001)。
特にSNSが普及した現代では、他社の成功事例や派手な演出が目に入りやすくなりました。それを見たときに「自分も負けていられない」と感じるのは自然なことです。しかし、それが合理的な判断かどうかは別問題。周囲に振り回されすぎると、結果として自滅リスクを高めてしまいます。
7. 「負けない商売」に役立つ具体例や戦略
ここでは、「負けない商売」を実現している、あるいはその考え方に近い事例や戦略をいくつか紹介します。これらをヒントに、自分のビジネスに取り入れられる部分がないか考えてみてください。
7-1. スモール・ジャイアンツの考え方
ビジネス書『Small Giants: Companies That Choose to Be Great Instead of Big』(Bo Burlingham, 2005)では、「大きくなる」よりも「偉大になる」ことを選んだ企業が紹介されています。これらの企業は、ただ規模を拡大するだけでなく、自分たちの価値観や顧客との関係を重視し、利益だけでなく企業文化や社会的な貢献などを大切にするのです。
これらの事例を見ると、無理に「勝ち」を求めるのではなく、自分たちの適正規模を見極めた上で、長期的な信頼関係を築くことが成功のカギになっていることがわかります。これこそ「負けない商売」の具体例の一つだと思います。
7-2. リーンスタートアップと検証のサイクル
エリック・リースの『リーン・スタートアップ』では、ビジネスアイデアを小さく始め、仮説を検証しながら素早く方向修正する「ビルド・メジャー・ラーン(Build-Measure-Learn)」のサイクルが提唱されています(Ries, 2011)。
これは大企業だけでなく、小規模ビジネスにも有効です。小さく実験を行い、顧客の反応を見ながら検証し、必要ならピボット(方向転換)するというプロセスは、過度なリスクを避ける効果があります。「いきなり大きく張る」のではなく、小さなテストを繰り返すことで、負けにくい体質をつくることができるわけです。
7-3. 顧客満足度の徹底と「小さく回す」戦略
ぼく自身がオンライン講座を運営するときもそうでしたが、「大規模な集客キャンペーン」よりも「顧客満足度の徹底」を重視すると、地味ですがリピーターが増え、口コミがじわじわ広がります。
大きく広告を打つと、短期的には集客できるかもしれませんが、満足度が低いと継続やファン化が期待できません。
「小さく回す」ことでフィードバックを取り入れやすくなり、顧客の声を細かく拾って改善につなげることができます。それによって顧客体験が向上し、結果的には「負けない商売」の安定感につながるのです。
8. まとめ:負けないことが快適な生活を生む
ここまで「勝ちに行く商売」の問題点と、「負けない商売」を実現するための考え方や具体的戦略を述べてきました。改めてまとめると、
「勝ち」に行く商売は、プライドや見栄、欲望に振り回されやすい
→ 無理なリスクを取りがちで、自滅につながる。「負けない商売」は、地味に見えても安定感がある
→ 顧客満足度を高めたり、身の丈に合った投資を行ったりすることで、長期的には大きな成果を生む。心理的バイアス(プロスペクト理論、オーバーカンフィデンス、社会的証明など)に注意が必要
→ 人間はどうしても「勝ちに行こう」とする傾向がある。客観的なデータや第三者の視点を大切にする。「小さく検証しながら回す」戦略が有効
→ リーンスタートアップやスモール・ジャイアンツの例から学べるように、大きく賭けるより、小さく回してコツコツ積み重ねるほうが、負けにくい構造を作れる。
最後に、もう一度問いかけます。あなたの商売は「勝ちに行きすぎて」いないでしょうか?
もし少しでも心当たりがあるなら、まずは自分のキャッシュフローを見直してみてください。そして、「自分が実現したい生活」を軸に目標を立て直すことをおすすめします。
ぼく自身、「負けない商売」を意識することで、以前よりも精神的にゆとりができました。無理に拡大しようとしない分、リスクや借金も少なく、しっかり利益を確保できるようになっています。
これは短期的に派手に儲けるモデルではないかもしれませんが、長い目で見ると安定感があり、快適な生活を続けられる最善の方法だと感じています。
9. 参考文献
Bo Burlingham. Small Giants: Companies That Choose to Be Great Instead of Big. Portfolio, 2005.
大きさよりも「偉大さ」を選んだ企業の事例が豊富に紹介されています。
Camerer, C., & Lovallo, D. (1999). Overconfidence and Excess Entry: An Experimental Approach. American Economic Review, 89(1), 306–318.
起業家や経営者が過剰な自信を持ちやすい傾向を示した研究。
Cialdini, R. B. (2001). Influence: Science and Practice. Allyn & Bacon.
「社会的証明の原理」など、人を動かす心理的メカニズムが詳しく解説されています。
Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. Farrar, Straus and Giroux.
人間の意思決定やバイアスについての名著。プロスペクト理論に関する概説も含む。
Michalowicz, M. (2017). Profit First: Transform Your Business from a Cash-Eating Monster to a Money-Making Machine. Portfolio.
収益を最優先に考え、ビジネスのキャッシュフローを改善する具体的なステップが書かれています。
Ries, E. (2011). The Lean Startup: How Today's Entrepreneurs Use Continuous Innovation to Create Radically Successful Businesses. Crown Business.
小さく検証を重ねる「リーンスタートアップ」の考え方が、起業や新規事業にとどまらず、リスク管理にも役立ちます。
Tversky, A., & Kahneman, D. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263–291.
プロスペクト理論を提唱した seminal paper(古典的研究)。人が損失を避けようとする心理が詳細に分析されています。
ぼくがこれらの文献や自身の経験を通して強く感じるのは、「勝ちに行くよりも負けないことの方が、結果として大きな成功を生む」ということです。
他人からの評価や競合との比較ばかりを追いかけるのではなく、自分自身がどのような生活を送り、どのようにビジネスを継続していきたいのかを考えるところから始めてみてください。
商売で「勝つ」ことだけを追求するのではなく、「負けない仕組み」を作り上げること。それが、長期的な成功と快適な生活を両立するための最短ルートだと、ぼくは確信しています。