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脚本1-『第四十八回ディナー大戦』

登場人物
佐藤タツ 南左大学4年生
佐藤ジモ 南左大学4年生
佐藤コイ 南左大学4年生
実況者  南左大学院1年生
聡子   南左大学学生寮 寮母

【3月9日:南左大学学生寮 食堂】

薄暗い明かりがついている
テーブルを四方に囲み、リングを作っている
リング内には、佐藤タツ、佐藤ジモ、佐藤コイが神妙な面持ちで立っているリングの前には実況席があり、実況者と寮母である聡子が座っている

実況 「第四十八回ディナー大戦んんん!!!」
聡子 (拍手)

会場ライトアップ
タツ・ジモ・コイはウォーミングアップをしている。

実況 「ルールを説明いたします。制限時間は五分間。聡子さんへの愛を述べ合い、聡子さんの心を掴んだ選手が勝利となります。勝者には、明日の夕飯のリクエスト権が与えられます。暴言、目潰し、金的、セクハラは禁止となっております。さて、聡子さん」
聡子 「はい」
実況 「ディナー大戦も、今回で四十八回目を迎えられたということですが、いかがですか?」
聡子 「本当に私のことを慕ってくれているんだなと感じますね。嬉しい限りです。今回が最終戦だと思うと、少し寂しいような気がします」
実況 「彼らは今年でこの寮を退寮。佐藤は一般企業への就職、佐藤は公務員の道へ。そして佐藤は二度目の留年が確定。留年の佐藤は卒業しませんが、聡子さんの計らいにより退寮を余儀なくされます」
聡子 「コイくんは嫌いなので」
実況 「さあ、佐藤コイが一歩出遅れてのスタートです」

ゴングが鳴る。

実況 「開幕のゴングが鳴った! 先手は誰だ……?」
タツ 「好きだァァァァ!!!」
実況 「おぉっと、通算勝利数二十三回の佐藤タツが仕掛けてきた!」
タツ 「あなたのすべてが大好きです! だから、俺に飯を作ってください!」
実況 「とてつもないストレートだ! 草食系男子が蔓延るこの現代、これほどまでにストレートに好意を伝えられる男は佐藤タツただ一人!」

しかし、ジモがタツを押しのける。

ジモ 「ちょっと待てよ」
実況 「ここで佐藤ジモが割って入った」
ジモ 「お前はもっと賢く口説くことができないのか? そんなんじゃ聡子さんは振り向いてくれない」
タツ 「見えないのか? 聡子さんは俺を見ているぞ? ストレートな言葉に弱いんだよ!」
ジモ 「お前のはストレートじゃない。ただ声がデカいだけだよ」
実況 「とてつもないパンチラインだ。これを受けた佐藤タツは……?」

タツが膝をつく

実況 「効いているぞ! 気にしていたんだ! 勝利のためには手段を選ばない、これが最多連勝記録を叩き出した佐藤ジモの実力だァ!」
ジモ 「聡子さん。僕、あなたの優しさが大好きです。いつも優しい笑顔で迎え入れてくれるところ。散らかっている僕の部屋を片付けてくれるところ。部屋にあったエロ本を笑顔で読み聞かせてくれるところ。大好きです。あなたのご飯が、食べたいです」
実況 「素敵だ……。素敵だぞ佐藤ジモ! この真面目さが買われ、彼は来年度から市役所で働くことになっています」
聡子 「聞かせて」
実況 「響いてるぞ……。今がチャンスだ……」
ジモ 「あなたみたいに清らかな人は、見たことがない。あなたの隣にいると、心が洗われるんです。それはまるで――」

タツが、ジモと聡子の間に割って入るように立ち上がる

タツ 「ぬおおおぉぉぉ!!!」
実況 「遮ったァァ! 心を折られた佐藤タツが、二百社落ちしてもESを書き続けた不屈の精神で、ここぞとばかりに立ち上がった!」
ジモ 「それはまるで白い恋人の――」
聡子 「コイくんはどう?」
実況 「興味が移ってしまった」

タツとジモは、うなだれてリングの端へ下がる
コイが聡子の前に出る

コイ 「ぼ、僕も、あなたの笑顔が、だ、大好きです……。見ていると、心が洗われます……。そ、そのクシャっとする顔が、大好きです。笑ったときに見える歯の白さ。そしてその歯と歯の愛だ。そこに僕のクレジットカードをスキャンしたい。もちろん、そのお金は聡子さんにお渡しします。あぁ! 今のその笑顔も素敵です!」
聡子 (引きつった笑顔)
実況 「どう見ても苦笑いだ」
聡子 「キモいね」

コイがリングの端まで吹き飛ぶ

実況 「一蹴されたァ! ルール上、蹴りは禁止されていませんのでこの攻撃は有効となります。禁止されているのは、暴言、目潰し、金的、セクハラとなっております」
コイ (痙攣)
実況 「もう一歩も動けない。このまま二人の戦いを指を咥えて見ているほかないでしょう」

タツが聡子の前にひざまずく

タツ 「聡子さん、大丈夫ですか?」
実況 「なんと、佐藤タツがメンタルケアのフォローに入った。これは……?」
タツ 「あいつ、悪い奴ではないんですよ」
実況 「ギャップ萌えを狙ってきたァ! 先程までバカみたいに熱かった男が、ここにきて優しさを見せる! これで落ちない女性はいないはずだが……!」
聡子 「大丈夫よ。ありがとうね(笑顔)」
タツ 「グアァァ!!」

タツがリングの端に吹き飛ぶ

実況 「クロスカウンターが決まったァ!」
ジモ 「グアァァ!!」

ジモもリングの端に吹き飛ぶ

実況 「どうしたジモ! お前に向けられた笑顔ではないぞ!」
ジモ 「かわいい……!」
実況 「あまりの幸福に吹き飛ばされてしまった。さあ、ここにきてリング上には誰も立っていない。残り時間はもう少ないぞ」

時計の音が鳴る

実況 「おっとぉ? これはなんだ?」

タツ・ジモが立ち上がる

タツ 「もう終わり!?」
ジモ 「勝者なしかよ。どうすんだよ」
タツ 「絶対勝ったと思ったのに!」
ジモ 「僕もだよ」
タツ 「判定が厳しすぎるんだよ!」
ジモ 「いいや、コイが気色悪いこと言ったせいで、聡子さんの機嫌が悪くなったんだ」
タツ 「なんだよ! お前のせいかよ!」
ジモ 「謝れ、この変態野郎!」
タツ 「変態野郎!」
ジモ 「お前のせいだぞ! おい! 聞いてんのか!」
タツ 「お前のせいで台無しだよ!」

実況が立ち上がる

実況 「両者失格!!」
二人 「え!?」
実況 「暴言は禁止されています」
ジモ 「だってもう試合は……、まさか!」
タツ 「嘘だろ……」

コイが立ち上がる
その手には、キッチンタイマーが握られている

コイ 「時間は、まだ残ってる。君たちは、試合が終了したと思って暴言を吐いたかもしれないが、まだ試合は続いている。試合時間中に反則行為をした君たちは、ここでギブアップだ。そしてこれが本当の、タイムアップさ」

ゴングが鳴る

実況 「決まったァァァァ!! なんと姑息! なんと陰湿! だが、確実に勝利をもぎ取っていった佐藤コイ! 大波乱です! 四年間に渡って激闘を繰り広げてきたディナー大戦! 最終戦で勝利の女神がほほ笑んだのは、通算勝利数二回の佐藤コイ、この男だァァ!!」
コイ 「ヨッシャアァァァ!!!」

コイは、拳を天高く上げガッツポーズ
タツ・ジモは、嗚咽をあげている
実況は、涙を流し拍手をする
会場全体が感動と落胆に包まれているなか、聡子が手を挙げる

聡子 「あの」
実況 「はい?」
聡子 「私の心を掴んだ人が勝ち、なんですよね?」
実況 「そうですね。……あ」
聡子 「立っていた人が勝ち、ではないんですよね?」
実況 「そうですね……」
聡子 「じゃあ、勝者なしで」
コイ 「……ウッ」

コイ、気絶

実況 「掴めていなかったァ! 佐藤コイ、勝負に勝って試合に負けた! 勝利の女神は微笑んでも、寮母聡子は微笑まない!」
聡子 「ごめんなさいね」



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