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【青春小説】アオの音楽(♯1)#ショートショート

「ねぇ、菅野くんってなんでしゃべらないの?」

あの夏の夜、黙っている僕に彼女はキスをした。


――202X年、4月。
ひらひら舞う桜とともに
僕・菅野勇吾は高校に入学をした。

高校生活での目標は

1.なるべく人を関わらない
2.なるべく人と目を合わせない
3.とにかく他人と喋らない

だった。

他人と喋ると、ろくなことにならない。
人と話した分だけ、傷付くことになる。
それが嫌だった。

教室の一番後ろの窓際の席。
それが僕の席。

ラッキーだ。

静かに過ごしていける。
読書をしていれば、誰にも絡まれることもない。

他人と関わらない学校生活。楽ちんだ。

「おはよー!」

明るい女子の声が聞こえた。
僕は、机から取り出した一冊の本に集中する。
集中だ、集中、集中…。

梢「おはよ!ね、君、名前なんて言うの?」

僕に声をかけている訳がない、そう思った。
だって、僕の隣の席の女子は、入学式から一週間ずっと来ていないのだ。

梢「前原梢です、隣よろしくね」

僕の隣に座った、前原梢という女子。
目も合わなせていないのにその後もしゃべり続けた。

梢「私入学式からからダウンしちゃって〜。
もうみんな友達とかできちゃったよね…?
不登校女とか思われてるかな…」

梢「ねえ、聞こえてる?」

僕が本から目を逸らさないでいると、
彼女は僕に近付き本を覗き込んだ。

梢「ふ~ん。そういうの好きなんだ」

前原梢…。
何というか…近い。そして、怖い。

梢「ね、なんで喋んないの?女子苦手とか?あ、あがり症?」

他人と関わらない、そう決めていたが
とりあえず、頷いた。

梢「そっか。ならよかった。無視はひどいからね!フツーに傷付くから!」

苦手だ…!と思った。
こんなトンデモナイ女が隣の席だと思うこと、
これからの高校生活が怖い。

そして、前原梢の言う「傷付く」にハッとさせられてしまった。なんだか余計に彼女と関わりたくないと思ってしまった。


ーーあれから数ヶ月。

前原梢の怖いところは
「たくさん話しかけてくる」ということだけじゃなかった。

後で気付いたのだが、結構、いやかなり顔が整っていて美人であること、それとたった数ヶ月でクラスのほとんどの人と仲良くなっていた。

コミュ力おばけじゃん…!

そして、隣の席がクラスの人気者となると
僕の席の居心地は悪くなっていた。

静かに過ごしたかったはずが、
気付けば僕の席には知らない女子が座っていたり、男子も女子も前原梢の周りに集まっていたり話していたり…とても肩身の狭い席になってしまっていた。

そして、前原梢は度々僕に聞いてくるのだった。

梢「菅野くんって、なんでしゃべらないの?」

そう。入学してから数ヶ月。
僕は、クラスの誰とも一言も話していないのだ。

「でも、これでいいんだ、これが僕が望んでた学校生活だ…」

僕は僕にそう心で呟く。
その度に隣の席の前原梢が「菅野くんって、なんでしゃべらないの?」と聞いてくるのだ。
厄介でしょうがない。

クラスの中でも「僕はしゃべらない奴」になっている。
女子の間では「菅野、実はめっちゃ高い声とか?w」と、キャッキャッとした噂話のネタにされているくらいだ。
男子は特に誰も僕に関わろうともそのことに触れようともしない。

もはや「しゃべれない奴」キャラになっている。

というのも、一番最初の自己紹介で、どうしても声を発することができなかった。
しゃべれないわけではない。
ただ…どうしても…他人の目が自分に向いていると声が出ないのだ。

夏休みに入る頃には、僕は僕のなりたい“クラスお化け”になっていた。

影の薄い、居るか居ないかわからない、
クラスにいるオバケ的な存在。最高だ。

夏休みに入れば、より僕はクラスお化けになるだろう。これでいい。僕の高校生活、傷付くよりも何もない方がずっといいじゃないか。

そう思っていたある日のこと。
家から自転車で30分程坂を上がった
てっぺん公園で、前原梢に出会ってしまった。


その夜は、なんだかとてもむしゃくしゃしていた。

受験生の兄が母と口喧嘩をしていたのだった。

どうやら塾に行ってる兄が、塾をサボり、彼女と夜遅くまで会っていたことがバレたらしい。

俺にとってはどうでもよすぎたが、
兄貴に彼女が居ることは正直意外だった。

僕は巻き込まれないよう、部屋に籠って漫画を読んだ。そして、リビングから聴こえるケンカ声をかき消すようにギターを少しだけ奏でる。

母「うるさい!!!」

何故か僕まで巻き込まれてしまった。

「いやいや、うるさいのはそっちだろ…」

そう思いながらも、外の空気を吸うために、
てっぺん公園にやってきた。ギターを担いで。

てっぺん公園は名前の通り、この街のてっぺん。
辺りが見渡せる公園だ。

ベンチに座ると星が見えてきれいで、
僕は昔からこの場所が大好きだ。

目を瞑れば、木々の揺れる音が聴こえる。
昼間は小学生たちが「やっほー!」と大声で叫んでいる。僕も昔は同じように叫んだ。

そして、この周りには家がない。
だからギターを弾いても怒られたことがない。

特に何かを曲を演奏するわけでもなく、
僕はこのベンチで、ただギターを触って音を鳴らしている時間がとても好きだ。癒しなのだ。

音は心地が良い。
誰かを傷付けたりもしない、だから好きなんだ。

木々の音の中で奏でると、演奏しているみたいな気持ちになって、とても心が安らぐ。

梢「やっぱり菅野くんだ!」

ただ、前原梢に話しかけられるまでは。

気が付けば前原梢は目の前にやってきて
僕の隣に腰をかけていた。

梢「実は何回か見かけてたんだよね。
後ろ姿、菅野くんっぽいな~って。
私服そういう感じなんだ〜」

梢「やっぱギターやってたんだね、そっかそっか」

「やっぱり?」と思ったが、しゃべれないキャラの僕は黙っていた。

梢「前読んでた本もコード理論だったもんね~。ね!もう一回弾いて!ギター!」

少し戸惑ったが、しゃべるよりはマシか…。
そう思った僕は、ギターをゆるりと奏で始める。

気付くと前原梢は、僕の隣で透き通るような歌声で鼻歌を歌っていた。

梢「あ!そうだ!あれ弾いてよ!YOASOBIの!」

「YOASOBIのなんだよ。アレってわかるわけねぇだろ」と思ったが、僕の中でYOASOBIの知っている曲を奏でると前原梢は歌い始めた。

意味がわからないが、めちゃくちゃ歌が上手い。
爽やかで心地のいい歌声だった。なのに図太い低い声も出る。

こいつ、一体何者なんだ…感がすごい。
そして僕は前原梢の歌声は唯一好きだと思ってしまったのだった。

梢「いいギター弾くねぇ!」

さすがに照れる。
前原梢は近い。そして美人。
そして、Tシャツ、短パンである。
なんというか…こいつはやっぱり色々やべぇ奴だ。

歌声が好きというのも心の中で訂正した。
別にどこも好きじゃねえ!!と。

ただ、嫌いなはずの前原梢が私服のせいでいつもより大人っぽく見える。

僕は少しずつ気付かれないように、ベンチの隅っこの方に移動する。なるべく前原梢に気付かれないよう、離れる。

すると離れた僕に近付き、前原梢はこう言った。

梢「ねぇ、菅野くんってなんでしゃべらないの?」

またその質問かよ…と心の中でしゃべっているのと同時に彼女の唇が僕の唇に触れた。

勇吾「な、なにすんだよッ!!!」

梢「しゃべれるんじゃん!!」


この時の僕はまだ知らなかった。

この前原梢という女と僕が、
一緒に音楽をやることになるとは…。

(続く)

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