
【医療小説】入室前のバイタル [最終話]【#臨床工学技士】
第四部:静かな変化
修一は、ノックの回数を気にする自分を「小さなこだわり」だと思いつつも、そこに人間の本質が現れる気がしていた。
医用材料室のドアは、今日も何度も開閉を繰り返していた。看護助手が物品を取りに来るとき、業者が納品に来るとき、時には医師や看護師がふとした拍子に顔を覗かせるとき——その度に、コンコンと、無意識に刻まれるリズムがある。
ほとんどの人が二回ノックをする。まるでそれは機械のように、それそのこと自体に意味を見出していない動作音であると修一は時折感じるようになった。
対して、三回のノックは、どこかためらいを感じさせる。入室の意思を相手に伝えようとする、微細な礼儀。
しかし、ここ最近、三回ノックが増えた気がする。気のせいだろうか、と修一は思った。それでも、確かに以前よりも、「間を取るようなノック」が聞こえるようになっていた。
ある日、新しく入った若手の看護師が、控えめながらも、確かに三回ノックをして入室した。
「すみません、ちょっとこの吸引器のことで……」
彼女はそう言いながら、遠慮がちに部屋へ足を踏み入れる。その仕草に、修一はふと微笑みたくなった。
「どうしました?」
「吸引圧が少し不安定で……。何か調整が必要でしょうか?」
彼女は慎重に言葉を選びながら説明した。まだ仕事に慣れていないのか、あるいは、医用材料室にいる修一のことをよく知らないからかもしれない。しかし、その姿勢には、相手の存在を尊重する気配りを修一は感じ取った。
「見せてもらえますか?」
彼は不具合の再現性があるか動作を確認しながら、彼女に向き直り、微調整が必要かもしれないと印象を持つと、ふと思った。この部屋に出入りする人々の意識が、わずかに変化しているのかもしれないと。
少しずつ、三回ノックが増えてきている。それは、この部屋にいる人間——つまり自分に対する認識の変化ではないか。
ノックの回数が、その人の持つ意識や関係性を映し出しているとすれば、それは静かな変化だが、大きな一歩かもしれない。
修一は納得したように三回頷いて、看護師に告げた。
「不具合を見つけてくれて、ありがとうございます」
『完』
最後まで読んでいただきありがとうございます。
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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