「冬の森」第7話
第7話 冷たい早朝
十二月も終わりに近づくとメタセコイヤの木はすっかり葉を落として枝だけで見事な円すい形をつくっていた。
早朝、誰もいない公園でいろんな落ち葉を蹴り飛ばしながら木の周りをくるくる駆け回った。
足から伝わるふかふかな落ち葉、四方八方に転がる木の実の愛らしさ。
ベンチに腰かけてポットに用意してきたコーヒーをふーふーしながら飲む。湯気が心地よい。
わけない、こんなことでこんなにも幸せ。
知らず知らず小さい人を探す。今日は会えないのかな。
枝の隙間から薄いグレーに明るさを足して行く空を見上げていると名前を呼ばれてびくっとした。
「里奈さんここにいると思った。」
「びっくりした。賀久、まだ六時頃よ。早いね。」
「そっちこそ。」
と、言いながらわたしの手からコーヒーを奪う。
「里奈さんに最初に声掛けた時もここで這いつくばって何か探してたね。最初子どもに見えたよ。里奈さんて小さいもんね。」
ああ、小さい人を初めて見かけて、探していた時だ。
あれから三年目の冬。
「わたしね、そんなに小さくないよ。156センチの身長って普通だよ、ぜんぜん。賀久なんてあの時高校生だったじゃない。」
と、言うと賀久はちょっと肩をすくめてくすっと笑いながら
「そんな意味じゃないよ。かわいくっていいじゃん。ああ、もう部屋に戻ろ、寒いよ。」
と、覆いかぶさって来た。
「ええ?お昼頃来るって言っていたでしょ。夜、仕事してたからデスクもテーブルもぐちゃぐちゃだよ。」
「そんなのいいからいいから先に帰って。一緒に帰るのイヤなんでしょ。」
と、わたしの手をひっぱると背中を押された。
デスクのパソコンの周りとテーブルにあった絵具類をささっと片付ける。
「お味噌汁は昨夜の残りでいい?」
と、訊く前から賀久は一個目のおにぎりを食べ終わっていた。
「今日のお昼ごはん何?」
「もう、まだ朝ごはんつくってるとこ。」
「かあさんもさ、高校くらいまではごはんつくってたんだよ。
なんだよ。最近あいつ。」
と、子どもみたいにふくれ顔をする。
「大学生の息子のごはんなんてつくってるママいるのかな。
賀久のママは素敵よ。お医者様で美人で。エレベーターで会ったりするとドキドキするもの。賀久がふと俯いた表情は驚く程ママに似てるわ。」
そう、気後れする程賀久の母親は美しい。
柔らかい美しさがある。
賀久の素直な優しさはこの人の愛情からつくられたものだ。
賀久が時折こうしてわたしの部屋を訪ねていることは彼女にだけは知られたくない。決して知られてはいけない。
今日もそろそろ人の生活が動き出す。賀久の母親もエレベーターに乗って出勤する時間。ここ最近ずっと頭の片隅にあること。