「冬の森」第12話
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第12話 量子もつれ
クリスマスが過ぎてもうすぐ新年を迎える年も押し迫った日に朝陽が突然わたしたちの家に帰って来た。
「え、本当に帰って来た。」
朝陽のとびきり明るい笑顔に心底驚いた。
「もう、何言ってるの。さっき空港に着いた時連絡したでしょ。」
と、よく外国の人がやる仕草でおどけてみせる。
今年は学校の行事のスキー教室でしばらく妻と子が不在でひとりだと言う。
「年越しって家族で過ごすものじゃないかなぁ。」
と、本当に気になって言うと
「じゃあ里奈も僕の家族でしょ。日本でお正月を迎えるなんて最高だね。おせちとかつくちゃおうよ。」
早くも出かける準備をする朝陽を見ていたらやっと安心して嬉しさがこみあげて来た。
日差しが明るい。
あちこち散歩しながらアウトサイドにテーブルがあるカフェでお昼にすることにした。
カップを持つ朝陽の大きくてきれいな手に思わず見とれる。
「量子もつれってさ。」
朝陽が思いついた様に話し出す。
何のことなのか頭の中の情報の片りんを探す。
「え?ノーベル賞?全然わからないよ。あっちゃん、それわかるの?」
と、大げさに両手を振って答えた。
「いや、僕も全然わからないんだけど、ずっと前に話した森の木々がニューロンでつながれて害虫や災害を伝達し合ってるって話、覚えてる?」
「うん。マザーツリー。神秘よね。目には決して見えない世界。」
朝陽のちょっと自慢気な顔を見つめながらどきどきして次に続くストーリーを待ち焦がれる。
「そう、ちょっと想像できないぐらい小さいミクロの世界は常識とか想像では考えられない様な不思議なことが起きるらしいんだよ。」
化学なのか物理なのか、おとぎ話なのか、その境目なのか、朝陽の声は明るく弾んでいる。
「光は波であって粒子って言うけど、もうそこからよくわからないよね。
量子もつれって粒子同士に強い結びつきができる現象らしいんだ。
いったんふたつの粒子に量子もつれの関係ができるとどんなに遠く引き離されても何故かお互いのことがわかって、
どちらかに変化が起こると同時にもう一方も瞬時に変化するんだって。」
朝陽はさも満足そうに微笑んでわたしの目をじっと見つめた。
朝陽に急に触れたくなってそっと頬に手をやると、ふと首を傾げた。
何かどこかで見たことがある様な、体験したことがある様な、デジャビュ?違う、もっと甘やかな、不思議な感覚。
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