見出し画像

「冬の森」第4話

前回 次回

第4話 ボーイミーツガール
 今から五年程前、朝陽あさひに初めて会社で声を掛けられた時は本当に驚いた。彼のいる後ろの景色がガクンと落ちたかの様に見えた程驚いた。
最後に会ってから十年以上経っているにも関わらずまるで昨日も会ったかの様な声の掛け方だった。
帰りがけに時間と場所が書かれた紙の切れ端をこっそりと渡された。

 同僚の奈歩なほ朝陽あさひのことを訊いてみる。
 「ほら、あのおいしいクッキーをいつも差し入れしてくれる岡田さんの会社の社長さんだよ。初めての訪問だよね。」
早くに結婚して子どもがふたりいるという情報だった。
 あの時、どうして突然消える様にいなくなってしまったのか、ずっと心の片隅にあって忘れられずにいた。気持ちが通じ合っている、と感じていたのは勝手な思い込みだったことに傷ついた。
まだ幼かったあの時、世界でたったひとり残された気になったことをぼんやりと思い出した。
 
 「あの時楽しかったね。」
指定されたカフェに朝陽あさひを見つけると開口一番そう言われた。久しぶりでもなくおつかれさまでもなくそう言った。
 「ジャズ研究部?」
 「里奈りなちゃん、スキー来なかったね。絶対来ると思ってた。」
鼻の奥がつーんとして思わず片目を閉じた。
ジャズ研究部のみんなといつもわいわいしていた高校の視聴覚室しちょうかくしつの情景がふと浮かぶ。
朝陽あさひのじっと目を見つめて小首をかしげる仕草はあの時のまま。髪が短くなってジャケットを着ている以外、あの頃と全然変わってない様に見えた。
さっき奈歩なほからきいたことを迷いながらも思い切って訊いてみる。
 「うん。二年になる前にアメリカに行ってそのままあっちの大学を卒業したんだ。奥さんとは大学が一緒でさあ、素敵なヒトなんだ。黙っていたら消えていなくなりそうで慌ててプロポーズした。」
臆面おくめんもなくそう言われて、グラスの中の氷をストローでカラカラしながらうつむいた。
笑顔が上手につくれない。
お互いそれぞれの時間がこんなに過ぎ去っているのに、いったい何を期待していたのか。
ずっと忘れることなく夢見ていたボーイミーツガールの物語に続きはなかった。

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?