「冬の森」第6話
第6話 冬の始まり
十二年ぶりに再び出会ったあの日から朝陽は時折会社を訪ね、奈歩と他の社員を交えて一緒にお昼に出かけたりする様になった。
「海外が多いからご家族は寂しいですね。」
と、いう社員の言葉に、
朝陽は大きくてきれいな手をいやいや、という風に顔先でおおげさに振って、
「二、三週ごとの移動だから家族も連れてっちゃうんだ。
子どもたちに忘れられると嫌だし、ぼく自身も寂しいし。
子どもが扱う商品だから展示会にもみんな同行できて一石二鳥なんだよ。」
と、何でもないことの様に話した。
女の子の社員からは
「わぁ、夢みたいな暮らしですね。」
と、ため息をつかれていた。
わたしも一緒になってため息をついた。気が抜けた様な変な気持ちになった。
これから先、朝陽と恋愛に陥ることはない。
逆にすっかり気楽になってふたりでごはんを食べたりライヴに出かけたりした。
「この前サンディエゴでライヴ行ったんだ。」
と、朝陽からスマホを見せられる。日本でも知名度の高いアメリカのロックバンドのライヴ動画だった。
「えぇ、よくチケットとれたね。どうだった?」
「最低。」
「え?」
「お客さんが。」
ふたりでくすくす笑った。あの頃と同じ軽快な会話が戻ってきた。
朝陽は彼のかわいらしい妻のことも子どもたちのことも屈託なくよく話した。
彼の普段の生活が垣間見えるのが楽しいとすら感じた。
何も期待しないわたしの片思いは、
片思いが不変だから迷いも何もなく自身に素直でいられて心地よかった。
この年は、東京にも十二月から雪が降って忘れられない寒い冬だった。
年が明けて冷たさが更に深まった頃、
東京よりももっと凍える国から帰国した朝陽に
「スキーに行こう。北海道のパウダースノーを一緒に滑ろうよ。」
と、誘われた。
今日お昼ごはん一緒に食べよう、ぐらいの軽やかさで。