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「冬の森」最終話

前回

最終話 物語の続き
 「僕たちの間には物語があってその中で動けなくなってしまったのかもしれないね。」
あの日朝陽あさひはそう言った。悲劇が近づくのが怖かった。
愛しかなかったから。

 今日も赤坂見附あかさかみつけで乗り換えて職場に通う。
わたしはステーショナリーを扱うお店で働いていた。
季節ごとにデコレーションされる明るい店内、次々入荷される海外のカードたち。いろんな色の刺激を受けながら今までの仕事も新たな奈歩なほからの依頼もどんどん受けた。
残念ながらわたしには才能みたいなものは無さそうだったけれど、
だからこそ日々の感覚を研ぎ澄ませてひとつひとつを丁寧にこなした。
好きなことに没頭する毎日はとうといものだ。
あれから三回目の冬が近づく。

 日本橋の地下通路の端を小さい人が歩いていた。
緑色の帽子。昨日も会ったね。
見つからない様に歩調を緩めて壁にもたれかかった途端、意識だけがどこかに連れて行かれた。
いつもよりももっと視野が狭くて灰色のモノトーン。
どこ?チェアが並んでる?映画館?ここは朝陽あさひが見ているはずの景色。
どこにいるのかしら。でも答え合わせはない。
間があって現実に戻ると地下通路のざわめきと共に大理石の冷たさが背中から伝わる。この中に眠る数々のアンモナイト。四億年前から今日に続く悠々ゆうゆうの時。時間ってなんだろう。

 代々木公園駅から地上に出るとタクシーを呼び停める賀久がくの背中を見た。相変わらずの軽装にわたしがプレゼントしたニットを肩掛けしている。
ちらりと見えた横顔に思わず声を掛けるところだった。
 「全然変わらないじゃない。賀久がくはやっぱり賀久がくのままだな。」いつも感じていた温かい感覚が蘇る。
過ぎ去った日が一瞬かの様にも思えた。安堵あんどとかいろんな想いが駆け巡って胸がきゅんと締め付けられる感触にふっと微笑んだ。

 広場には先に来ていた奈歩なほが子どもと駆け回っていた。
 「おやつ持ってきたよ。」
 と、声を掛けると頬をほんのりピンクにさせたゆずちゃんが飛びついてきた。湿った柔らかい感触に誘われて腰をかがめて抱きしめる。
いつもの癖でゆずちゃんの頭の匂いをくんくんすると愛おしさがこみ上げる。その幸せをもっと確かめたくて更に抱きしめた。

 まだまだ緑色の葉っぱを残しているメタセコイヤの下にあるベンチからは朝陽あさひと暮らした部屋の窓が見える。さっきそこから出て来たかの様な錯覚に捕らわれて目を反らせずにいると
 「もうすぐでしょ?里奈りなちゃんの絵本。ゆずちゃん、本屋さんで一番に買うよ。もうひらがなもカタカナも読めるもん。ね、ママ。」
いちごのマフィンをひと口づつ上手に分けて口にいれながらゆずちゃんが言った。
 奈歩なほと周囲の人の協力でわたしの描いた絵本がもうすぐ書店に並ぶ。
朝陽あさひとふたりでつづったおとぎ話。
 「ええ?じゃあゆずちゃん、里奈りなに読んでくれるの?約束だよ。」
最後の方の言葉を消す様に轟音ごうおんをかきならして頭上近く飛行機が飛ぶ。この辺りを飛行するのは南風みなみかぜの夕刻に限られる。もうそろそろ経路が変わる季節かしら?と、思った途端胸がざわついた。
さっき日本橋の地下通路で見たモノトーンの画像がふわっと頭に浮かぶ。     「どこ?狭い通路、チェア、機内?ここ機内なの?」そう思うと駆け出す方が先で、振り返りながら、
 「ごめんね、奈歩なほ、ちょっと行く。」
 と、大声で叫んだ。奈歩なほがなぜか
 「頑張れー。」
 と、満面の笑みでゆずちゃんと手を振った。

 渋谷の喧騒を駆け抜ける。車の音、電車の音、音楽、人々の笑い声。
すべてが音の波に溶けていく。森のざわめきと何も変わらない。

 肩で息をしながら渋谷駅の一番背の高いビルのスカイフロアにたどり着いた。低空を飛ぶ飛行機に手が届きそう。
朝陽あさひはきっと乗っている。
わたしがこれほど強く思うのだから必ずそうに決まっている。
だってわたしたちはどうしようもなくつながれているのだから。
周りの人たちの目など気にせず飛行機に向かって大きく手を振った。
彼は機内の窓からわたしを見つけて「おいおい。」と言う様にくすくす笑うだろう。大きくてきれいな手を顔にかざしながら。
傾きだしたの光を機体がさえぎりわたしに影を落とす。
更に一層大きく手を振った。

 いつになるかはわからない。けれどいつの日にかわたしたちの物語の続きが始まる。
今度はわたしが先に朝陽あさひを見つけて「あっちゃん」と軽やかに声を掛けよう。そう、昨日も会ったみたいに。
  
              おわり 

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

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