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「冬の森」第2話
2 ノルウェーの森
賀久はわたしの食べかけの朝食のおにぎりを口に入れる。
渡航に同行した大学の仲間の話と、オスロの物価と食事に閉口した話と、
案外寒くなくて厚いダウンが邪魔だった話、
を、近郊の森の神秘的な美しさを合間という合間に強引に挟みながら身振り手振り話した。こういうのを生き生き話すっていうんだな。
賀久におみやげ、と渡された大きな紙袋には大きな丸い箱が入っていた。
赤青緑、いろんな色のキラキラした銀紙に包まれたチョコレートボールが眩しい程に詰まっていた。
「わあ。」
と、思わず感嘆の声が出る。
「すごい、最上級の贅沢ね。嬉しい。ありがとう。でもこれノルウェーのチョコじゃないじゃない」
と、おどけて笑うと
「え、これ、このテーブルにいつもあるチョコじゃん。里奈さんには日常が大事でしょ。これは日常。これでも俺は気をつかってるんだ」
と、真顔で正論を言われて返す言葉が見つからなかった。
賀久の繊細でまっすぐな優しさに触れると自分自身のちっぽけさがクローズアップされて拗ねた様な気持ちになる。
「それよりもシャワーつかわせて。空港でキャリーケースもぜーんぶ送ってチョコレートだけ持って走って来ちゃったよ。」
賀久は自身の白いシャツのネック部分をつかみながら肩をすくめて笑顔で言った。
「ごめん。今から打ち合わせがあるの。お昼までに会社に着かないと。」
特に考えもなく思わず嘘をついた。
「え。ひょっとして彼来るの?」
「違う違う。本当にミーティングなの。帰国する日を教えてくれていたら別の日にもできたのよ。」
少しでも幼く見える様に口をとがらせて困った顔をつくった。
不意についてしまった嘘は取り返しがつかなかった。
賀久が賀久の母親と暮らす同じマンションの同じフロアの部屋に帰ると、急いで服を着替えて部屋を出た。嘘が嘘のままでは嫌だったから。
マンションから渋谷駅までの道のりは久しぶりの喧騒。足取りも気持ちも軽くなる。賀久が文句を言いながらスニーカーを履く背中を思い出してクスっと笑った。帰国後すぐに来てくれたのは素直に嬉しかった。
車の音、電車の音、けたたましい鳴りやまない音楽の中にシタールの音色が聴こえた気がした。
「ビートルズ/ノルウェーの森」