さよならは、波のように。
《あらすじ》
さよならメッセンジャーの今泉に依頼は絶えない。今日はOLからの依頼。付き合っていた男性に妻子がいたことがわかり、別れを決意。今泉はその男性の自宅近くのファミレスで話を切り出す……。
明くる日は、子どもから。基本、子どもからの依頼は無料で行っている。どうやらイジメが原因のようだ。相手は豪邸に住む、いわゆる勝ち組の家の子ども。今泉は用意周到に、話し始める……。
その次の日は、こちらはお金持ちの大学生のご子息からの依頼。付き合っていた同じく大学生の彼女の裏切りにあい、別れを決意したようだ。しかし相手の彼女は、一筋縄ではいかない……。
《シナリオ》
◯郊外のファミリーレストラン・内(朝)
早朝。
店内にお客さんはチラホラ。
さよならメッセンジャーの今泉と柿沢(37)が窓際の席で向かい合っている。
今泉「ということです」
柿沢「理由は?」
今泉「はい。あなたが結婚していることを知ってしまったからだと」
柿沢「わざわざ自宅近くのファミレスに呼び出すんだから、まあそうなんだろうな」
今泉「このまま何も言わずに別れてくれたら、ご家族には黙っておくとのことです」
柿沢「それを信じろと」
今泉「わたしが証人です」
柿沢「なるほどね」
今泉「ということで」
柿沢「なあ」
今泉「はい」
柿沢「なんでバレたんだろう」
今泉「寝言だそうです」
柿沢「寝言?」
今泉「ええ」
柿沢「次は気をつけるよ」
今泉「そうですか。それでは」
柿沢「なあ」
今泉「はい」
柿沢「こういうケース多いのか?」
今泉「わりと」
柿沢「そうか……あなたみたいな商売があるから、別れを決意しやすくなってるって考えたことはあるかい?」
今泉「そうですね、それは否定できないと思います」
柿沢「それって、いいことなのか?」
今泉「わたしはそう思ってこの仕事をしています」
柿沢「だろうな。でなきゃやってられないよな」
今泉「ご理解いただけて」
柿沢「理解なんかしてないよ」
今泉「それは失礼しました」
柿沢「まあ、修羅場を回避できる点ではいいクッションになってはいるとは思うよ。その点では、俺みたいな男にとってはあんたは味方みたいなもんだけどね」
今泉「それは何よりです」
柿沢「軽蔑してるだろ、俺のこと」
今泉「いえ」
柿沢「ウソ言え……まあいい、望まぬ結婚ってのもあるんだよ、世の中には」
今泉「そうですか」
柿沢「これも俺の家族のためなんだよ。両親や親戚のために俺は犠牲になったんだ。だからさ、こういうことでもしてないと維持できないんだよ、心のバランスってのがさあ」
今泉「そうですか」
柿沢「またあるかもな。その時は電話で済ませてやるよ」
今泉「助かります」
柿沢、立ち上がり、去っていく。
◯海辺
海を見つめている今泉。
繰り返し打ち寄せる、波。
ポケットのなかのスマホに着信音。
新たな依頼のようだ。
◯都心の豪邸
外観。
◯同・リビング
ソファーに今泉と、向かい合って颯斗(12)とその両親が座っている。
父親「連絡を受けて、あなたのことを少し調べました。有名なようですね、あるグループのあいだでは」
今泉「恐れ入ります」
父親「それで、お話というのは?」
今泉「はい。颯斗くんに、清人くんからメッセージを託されてここに来ました」
颯斗「……」
母親「……」
父親「メッセージ」
今泉「はい。さよなら、です」
父親「もう一度言ってもらえますか?」
今泉「さよなら、です。清人くんからのご依頼で、颯斗くんへさよならをお伝えに」
母親「どういうことですか?」
今泉「これ以上、イジメられるのは耐えられないとのことです」
父親「イジメてたのか? 颯斗」
颯斗「(首を振り)ううん」
父親「イジメてないと」
今泉「そうですか。とにかく、ご依頼はさよならです。今後一切関わらないでほしいとのことです」
母親「子どもの依頼を真に受けてるんですかあなた」
今泉「仕事ですので、調査はしました。複数の学校関係者からの証言も得ています」
父親「ほんとなのか? 正直に言いなさい」
颯斗「ふざけてただけだよ」
父親「相手は、そうは思ってなかった」
颯斗「だけど」
母親「だけど?」
颯斗「貧乏は努力が足りないからだっていつもお母さん言ってるじゃないか。だから努力しろってはげましてやってるんだよ」
母親「……」
父親「どうやって」
颯斗「いつもぼくがされているようにだよ」
母親「……」
父親「わかった」
今泉「繰り返しますが話は簡単です。今後清人くんに一切関わらなければそれでいいのです。関わらなければ問題にするつもりはないと清人くんは言ってますから」
父親「清人くんはわかってるんだよ。だからこういうかたちにしてくれたんだよ。わかるな、颯斗」
颯斗「ごめんなさい」
母親「あなた、子どもからお金もらってこんなことしてるんですか?」
今泉「子どもは無料です」
母親「えっ」
今泉「お金はもらってはいません」
母親「ボランティアでやってるって言うの?」
今泉「そうですね」
父親「わたしにも責任がある。家のことは無関心だった、わたしにも……」
母親「あなた……」
颯斗「……」
◯海辺
海を見つめている今泉。
◯高級ホテル
会員制ラウンジに、今泉と大学生の依頼人の友都がいる。
今泉「わかりました」
友都「よろしくで~す」
◯大学のキャンパス
ベンチに今泉と華子。
今泉「ということです」
華子「そう」
今泉「それでは」
華子「わたしはあきらめない」
今泉「それはご自由ですが、つらい思いをするよりは、きっぱりとあきらめられたほうがわたしはいいと思いますよ」
華子「あなた、人を愛したことないの?」
今泉「ありますよ」
華子「だったらわかるでしょ。愛に、別れは意味ないのよ」
今泉「なるほど」
華子「安心して。彼に、迷惑はかけないから」
今泉「伝えておきます」
華子「高いの?」
今泉「はい?」
華子「こういう料金よ」
今泉「相手によります」
華子「本業?」
今泉「おかげさまで」
華子「繁盛してるってこと?」
今泉「はい」
華子「恨まれるでしょう、あなた」
今泉「ええ、たぶん」
華子「恨まれてるわよ、たぶんじゃなくて」
今泉「肝に命じておきます」
華子「それがいいわ」
今泉「では」
華子「ねえ」
今泉「はい」
華子「とても興味があるんだけど」
今泉「なんでしょう」
華子「あなたのその仕事はなんのためにやっているの?」
今泉「よく聞かれます」
華子「でしょうね」
今泉「言ってみれば、不幸を未然に防ぐためです」
華子「なんか、いいことしてる風に聞こえるけど」
今泉「わたしはそう思ってます」
華子「これ以上あなたを引き留めておくのは彼の料金には入っているのかしら?」
今泉「ご心配なく、入っています」
華子「じゃあまだ話していてもかまわないわけね」
今泉「はい、かまいません」
華子「彼があなたに依頼した真意が知りたいだけなのよ」
今泉「わかります」
華子「じゃあ答えて、あなたの仕事の意義を」
今泉「わかりました。わたしはこう思っています。別れを他人に頼むような人間に、愛はもうないと」
華子「だから、そんな人間のことはきっぱりあきらめて、新しく踏み出したほうが相手にとってしあわせだと?」
今泉「その通りです」
華子「それって、依頼人を裏切っていることになるんじゃないの?」
今泉「そういうことにはなりません」
華子「なぜ?」
今泉「トラブルのない高額なわたしをわざわざ選び、わたしに仕事を頼まれてきているわけですから、その時点で依頼人は相手のしあわせを第一に考えていることはわかります。それはわたしの仕事の意義と、ぴたりと合致しているのです」
華子「まああれね、結局は、愛してないからあきらめろっていうことだけじゃない。傲慢な考え方で、それはどう言おうと単なる詭弁にすぎないわよ」
今泉「きっと、時間が正しさを証明してくれるでしょう」
華子「かもしれないけど、そうならないかもしれないじゃない。そんなこと神様以外誰にもわからないわよ」
今泉「あきらめきれないんですね」
華子「ええ」
今泉「でも先ほどお話ししたように、それはあなたの自由です」
華子「当たり前じゃない」
今泉「では」
華子「まだよ」
今泉「あっ、はい」
華子「これが最後だから」
今泉「どうぞ」
華子「理由を聞いてないわ」
今泉「それはご自分の胸に手を当ててみればおわかりになられるのではないでしょうか」
華子「……」
◯海辺
今泉が海を見つめている。
騒がしかった海がひれ伏すように穏やかになってゆく。
ポケットのスマホに着信音。
今泉、スマホを見る。
新たな依頼が入ったようだ。
(終)