
頭の悪い人FILE2〜馬鹿という人は馬鹿理論〜
今回は馬鹿と呼ぶ行為がそもそも馬鹿なのではないかという反論を予見して、早めに回答しておこうという記事です。
こういう人も一定数見受けられます。いわゆる馬鹿って言う方が馬鹿なんだというやつですね。
彼らの言いたいこともよく分かります。人を馬鹿にするようなやつは悪いやつであり、悪く言うような事は自分を不幸にする。ごもっともだと思います。それは正しいです。
が、この理論に対してなぜ私が頭悪いなと思うかというと、馬鹿をという人=全て馬鹿という簡単で絶対な魔法の方程式としている点です。
数学のような絶対的な方程式など、現実にはほとんどありません。現実ではその都度パターンに応じて答えを考えなければなりません。ですが頭の悪い人は考えることをしないので、こうならこうという思考ゼロで答えを導き出せる方程式が大好きなのです。そしてその方程式自体、自分で考え出したものではなく、理解も不十分で有名な人や賢いであろう肩書きの人が言ったものを使っているにすぎないことが多いです。
人を馬鹿だとすることは確かに、いけない事であるというのは往々にしてそうでしょう。それは周知の事実であり、多くの人に受け入れられる体裁のいい理論だと思います。
ですが、例外があります。それは馬鹿を自分から遠ざける場合です。自分が馬鹿にならないようにするため。自分の馬鹿を直すため。近づくべきでない馬鹿を見定めるため。馬鹿の迷惑な行為に対し馬鹿だからと納得するため。これらのケースは自分の幸福を守るため、幸福を害する敵を知り、対処する頭の良い行為に他なりません。
馬鹿は我々にあらゆる被害を与えます。しかしそれは一見しては気付きにくいことが多いです。まして、人を馬鹿にしてはいけないという理論を後生大事に抱えている人は例え気づいたとしても、馬鹿から離れることができず、馬鹿のやる事だと受け流すこともできずにその被害を直撃してしまうのです。
つまり、言葉にして馬鹿と発するのはいけませんし、根拠なく馬鹿にすることもいけません。ですが、馬鹿とはどんな人か、どういう根拠をもって馬鹿とすれば良いか、馬鹿とどう向き合えばいいかを考え、自分の幸福を守る為の手段として馬鹿という言葉を使うことは、頭の悪い行為どころか頭の良い行為と言えます。
むしろそう言ったケースも考えず、相手を馬鹿だと決めつける行為こそ馬鹿だと言えるでしょう。