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海が見えた。僕は医学部を辞めた
旅をしていました。医学部に7年在籍していました。
医者になりたいと思っていました。
でもここで終わりにすることにしました。
2018年に医学部に入学して7年。
2年生の基礎医学で理不尽な名物教授に当たって1留。3年生を過ごして、4年生に上がるタイミングで医者になる前に遊んでおきたくて1年間の休学。それが楽しくて、もう1年休学。
でも今年の春に復学してからは無数の試験を越え、CBTとOSCEにも受かり、これからようやく、ついに臨床実習に入れる。やっとだ。夢にまで見た臨床実習。人に医療を施すはじめの1歩、いや半歩目くらいだけどとにかくようやく踏み出せる。
でも、もういいかって思ってしまった。
旅が好きです。人と話すのが好きです。知らない土地で風を感じるのが好きです。もうそれでいいかなって思ってしまった。
医者を仕事にすれば、人の生死という劇的なものに関われて、大きなお金を稼げて、社会的に地位を得られて、他人から見た時に面白いと思ってもらえるような、価値ある人生になるんじゃないかと思った。医師という辿り着きにくい職業で、他人にはできない経験を得られるんじゃないかと思った。自分には幸い座学の才能が少しはあるみたいだったし、両親も学歴が好きなタイプだったからチャンスは近くにあった。
だから2年の休学を終えて復学した時も、勉強は辛いだろうけどとにかくやれるだけやってみようと思ってた。
そしたら普通に出来た。
2年のブランクがあったけど、復学直後の試験も受かった。
それから3ヶ月間、毎月5科目以上あったテストは全部一発で合格した。
CBTもOSCEも辛かったけど受かった。
合格のためなら1日9時間とか勉強できた。
ついに実習に出られる権利を得た。
でもなんか違った。
なんだろうこれ。何してるんだろうこれ。
初めての聴診器を買う時も、何ひとつわくわくしなかった。ただめんどくさくて、メルカリで安いやつを適当に買った。実習の班分けを見ても、これから回る科を見てもなんとも思わない。スクラブを選ぶのだけはちょっと楽しかった。
どこか変だなと思ってたけど、とりあえず医師免許だけ取ったら人生に保険がかかるから、そこまでなんとか頑張るかと思いつつ、夏休みを過ごしてた。
夏休みは1ヶ月と長かったけど、CBTに気力を全部持って行かれて海外へ渡る飛行機のチケットは取れなかった。でも残り1週間になった時、気力を振り絞って数日だけ行きたかった国内旅行に出た。
楽しかった。
旅することはこんなに楽しいのかと思った。
日常では会うわけない人と会う。
知りもしなかった場所を教えてもらって訪ね、
聴きもしなかった曲をおすすめされて聴く。
タイトルさえ知らなかった本を買う。
見たことのない海をみる。
知らなかった音を聞く。
踏んだことない道を歩く。
初めて会ったその人の笑顔の美しさを知る。
そしたらもう、それでいいかって気分になってしまった。
価値ある人生とか、劇的な体験とか、もういいか。
美しいなと思うものにじっと立ち止まって
美しいなと思うこと、自分はそれで良い気がする。人生を棒に振ってみようか。
碌な死に方はしないだろうけど。
3ヶ月だけ臨床実習をやってそのまま大学を辞めることに決めた。始める前じゃなく途中で辞めることで実習の班員に迷惑をかけることが申し訳ないが、臨床実習をやりたい。
休学中に海外旅行する中で、旅先で病の重さに気付かず死んでいったバックパッカーの話にたくさん触れた。銃で撃たれて血を流す人を何度も見た。3ヶ月で何ができるようになるわけでもないけど、少しだけでも医療がわかるようになりたい。できることを0.1コでも増やしたい。
でも旅は手放せないから、来年の2月にある12年に1度の宗教祭マハ・クンブメーラ、そこで渡印するのに合わせて、そこで7年に渡る医学部人生を終えよう。
マハ・クンブメーラはひとが死んだりするので、
私もそこで野垂れ死ぬかもしれない。
帰国しても仕事のアテはないし貯金も学歴もないので、そのまま終わってゆくかもしれない。というかそうなる可能性が高い。当たり前に怖い。
でも、それでもいい。
美しいものを見て、美しいと思う、
それを心に溜めてく人生がいい。それを選ぶ。
そしてその上でちょっと人の役に立てたらきっといい。
小道を歩いて行くと海が見えた。旅をした宍道湖の穏やかな水面。
次の春が来る前に、私は医学部を辞める。