怒りのカメリア
ケチのつきはじめは成田からだったが、伏線ははるか昔に張られていたのだ。
自分たちで好きなところに行きたいから、次の海外はパッケージを使わず手配旅行にしようと決めたのは去年秋だった。さまざまな情報を集めてみつけたのが大手旅行会社の格安フリーツアー部門のカメリアツアーだった。ここに頼めば他の旅行会社のおよそ三分の二の価格で手配できる。
安かろう、悪かろう、という言葉は頭になかった。世の中安いが正義だ。多少の困難は安さで全て許される。バックにいるのは大手の旅行会社。まさか詐欺ということはないだろうし、潰れることもないはずだ。
ところが十二月二十八日までに一切の連絡がなかった。お金は振り込んである。一月三日が出発だ。いくら何でも遅すぎるので電話をすると、行く便とホテルを教えられ、三日に成田の窓口に行けばわかるようになっているとのこと。
安いのだから仕方ない。
しかし一月三日、成田に着いた私たちを出迎えたのは私たちが乗るはずの便の横のCANCELの文字だった。
いやいやまさか、いくら何でもこのまま行けないということはないでしょ。
努めて冷静に窓口に話しかけると、乗客は別の便に振り替えられるという。ほっと息を吐いたのもつかの間、次に告げられたのが驚愕の事実だった。
私たちの航空券がなかったのだ。
クレジットの引き落としは終わっている。契約書も持っている。なのでそれを見せると、窓口のお姉さんがカメリアツアーに連絡をしてくれた。
ところが相手が電話に出ないらしい。正月休みだとアナウンスがあったそうだ。
この時点でさすがの私たちの頭も沸騰した。連絡がないは仕方ない。安いしな。そうだよな。懇切丁寧な説明がないのも安いから仕方ない。お高いフリーツアーの中には到着空港からのバスを用意してくれるところもあるようだが、そんなのは自分たちでどうにかなる。ホテルのチェックインだって大丈夫だ。Nと二人力を合わせて乗り越えられる困難だ。
CANCELは堪えたが、振り替えられるなら問題ない。
航空券がないのはどうにもならないだろう!
旅費を返すのはもちろんのこと、休暇だって取っているんだぞ? 成田までの交通費も返せや!
駄目だ、諦められない。イタリアに行くのをとても楽しみにしていたのだ。
しかし窓口のお姉さんはプロだった。カメリアツアーがどうしようもないとわかると、すぐさま親会社に連絡をし、結局私たちの航空券をその場で立て替え払いで購入したのだ。
一人頭五十万の札束に眩暈がした。ごめんなさい、私、その額の五分の一もお金払ってません。偉そうなこと考えてすみません。お姉さん、かっこいいです。男だったら惚れてまうやろ。
それに引き換えカメリアツアー。あいつだけは許さねえ。
深夜、無情に閉ざされたホテルの前で、私たちはドアを叩いた。ホテルの従業員を起こさないと最悪凍え死ぬ。
カメリアツアーへの怒りもこめて、私たちはドアを叩き続けるしかなかった。