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お札の威力

 一リラは○・○七円だった。千リラからは紙幣になっていた。イタリア国内でお買い物をしていると、リラの感覚が狂っていき、○・七円だったか○・○七円だったか混乱してくる。

 ローマも食べ物がおいしい。こんなに食事がおいしい外国はイタリアと中国くらいじゃないだろうか。イタリアではどこに言っても何を食べてもおいしかった。
 ローマでのお気に入りは色々とあるがその辺で買ったサンドイッチでもおいしかったので、有名店まで行く気力がないとキオスクのような簡易店舗でサンドイッチを買った。
「あ、やべ」
 友人Nが声を出す。
「お金おろさなきゃ、札がなくなった」
 財布をのぞいて札入れを見せた。
 キャッシュディスペンサーはどこにあるだろう。外国ではよく街角のビルの壁にあったりするが、まだローマの地理が今ひとつわかっていない。
「じゃあ貸すよ。いくら?」
「えーと、一万、借りていいかな」
「一万かー。千じゃダメ?」
「ちょっと不安」
 仕方なく財布から一万リラを渡した。
「早くキャッシュディスペンサー見つけなきゃねえ」
 Nに一万リラを渡したことで私も一万リラほどしか財布に残っていなかった。一万リラ札はさっきのものが最後の一枚で千リラ札や二千リラ札がメインである。ただ札がたくさんあるのは心強く、Nよりは気が大きかったに違いない。
 私たちはのんびり下ろせる場所を探した。
 今日は地下鉄に乗って、バチカンやカステル・サンタンジュロに行くつもりだった。観光地だからどこかでお金は下ろせるだろう。
 コーヒーを買ったりジェラートを買ったりしている内にいつしか札を使い果たし、私も地下鉄の切符を買ったときにお札がなくなった。お金を借りているだけにやや節約をしていたが、Nもそれに近かったと思う。
 お財布を無造作に鞄に放り込み、カード入れはコートのポケットに入れて握りしめ、私は地下鉄に乗った。そして日本での時と同じように座席の端、扉の近くに立って、Nとこれから行く場所について話していた。
 駅に到着し、女の子が乗り込んできた。
 と思うや、Nがその女の子の手をひねり上げた。
 女の子がNを突き飛ばし、ホームに戻る。女の子をホームに残し電車の扉が閉まった。
「どうしたの?」
「君の鞄に手を突っ込んでた」
「え!?」
 鞄には財布が入っている。慌てて確認すると財布は無事だった。
「盗られる前に見つけたからね」
「うわ、すごいNちゃん! かっこいい」
 財布を開いて中身を確認する。そうだお札はなくなっていたんだ。
 日本円にすると全部でも三十円ほどしかなかった。
「うわ、リラ、感覚狂うね」
「君お金なさすぎ」
 Nがせせら笑う。
「え、何言ってんの? 私一万リラ貸してたよね」
「着いたらすぐおろして返すから! ごめんごめん感謝してる!」
「さっきの掏摸、財布を盗めてたら逆に驚いたかもね」
「ほんとだよー」

 私たちはまだ気付いていなかった。大金のように一万リラの話をしているが、日本円では七百円程度でしかないことに。

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