脳挫傷。その後 #2
(前編↓からの続き)
症状を整理してみる
先に挙げた当時のメモ書きから、症状や障害と見えるものを抜き出したのが以下のリストだ。症状についてはより一般的な表現に修正し「→」以下で記している。
なるほど、よくわからない。試しに時系列をやめ、同じような症状・障害をまとめた上で【A. 身体面での変化】【B. 感情面での変化】【C. 認識面での変化】という3つのカテゴリーに分類してみよう。
ずいぶんとわかりやすくなった気がする。では上記をもとに、各変化の詳細を説明してみたい。
なお念のため断っておくが、僕は医師でもなければ脳医学の専門家でもない。下記の考察は、あくまでも僕が自身の経験を振り返り、「あの体験って、こう捉えることもできるんじゃないか?」と想像を膨らましているだけで、医学的根拠などはないので悪しからず。
【A. 身体面での変化】
まずは【A. 身体面での変化】からだ。ここでは、主に脳のダメージに起因する物理的(といえそうな)変化を取り上げた。
入院してしばらくは、話し方がとんでもなくゆっくりになったり、言葉の発声が不明瞭になったりするといった脳挫傷の典型的な症状である「意識障害」に起因する症状がたびたび見られた(らしい)。といっても、その時の僕は普段通り話しているつもりだった。なので、ぽかんとする相手を見て、なぜ伝わらないのかと不思議に感じたことを覚えている。
退院後も、頭がぼんやりしたりフワフワしたりと軽い意識障害のような症状は続いたし、耳や目もなんだか変な感じだった。また、脳の回復に伴う負担が起因と考えられる「微熱」や「脳疲労」「眠りの質の低下」も続いていた。
「まさかこれが一生続くのか…!?」と不安を感じたこともあったが、幸いこれらの症状は時間の経過とともに少しずつ軽減。おかげさまで怪我から1ヵ月ほどが経ったときには、すっかり以前と元通りになった。
一方、その後もあとをひいた症状もある。
そのひとつが「筋力と体重の低下」だ。怪我から1ヵ月半ほど経ってからは筋トレを再開し、今のところ体重は71kg前後で安定しているが、もともと体重75kgほどの標準体型だったものが、怪我の後は60kg台まで体重が落ち込んだ。
一週間弱ほぼ寝たきりで入院していたため、ある程度の筋力低下は予想していたが、体重の低下はその後もしばらく続いた。十分な量の食事は食べているにも関わらず、だ。僕はその原因のひとつに、「脳の回復に莫大なカロリーが必要だった」ことがあるのではないかと睨んでいる。現に、当時の僕はやたらと甘いものに飢えていた。
さらに、「嗅覚の異常」に至ってはより明確な痕跡を残している。なにせ、脳挫傷によって匂いをほとんど感じなくなってしまったのだ。
調べたところ嗅覚障害は大きく、①気導性(鼻詰まってる系)/②嗅神経性(嗅細胞がダメージ受けた系)/③中枢性(匂いの伝わる神経回路がダメージ受けた系)の3つに分類できるという。僕の障害はこのうちの「③中枢性嗅覚障害」にあたり、最も治癒が難しいタイプであるとされる。なんと現在のところ、有効な治療が見つけられていないらしい。
何を隠そう、僕は香りや刺激の強い食べ物や飲み物が大好物だ。でも、嗅覚がなくなってしまうと、たとえ味覚は生きていたとしてもその風味の大半が損なわれてしまう。これは非常にマズい事態だ(食べ物だけに)。
ただ一方で、眼前に広がる「嗅覚のない世界」という未知のフィールドを前にして、どこか心わいている自分もいる。実際、嗅覚のほとんどを失って以降、相対的に香りに対する理解の解像度は格段に上がったし、結果、実は知覚できているかもしれない匂いについても、少しずつ認知できるようになってきた。
面白いのは、いざ自分が障害の当事者となって”それ”と向き合う機会が増えるとともに、僕自身の興味の対象が「症状としての障害」から、より抽象的な「概念としての障害」にまで広がってきていることだ。
社会における「障害」の位置づけのいびつさや、自分の中に見出した偏見といった主題を意識的に捉えるようになったのはもちろん、それまでも見ていたのに見えていなかったいろんな事象に焦点を合わせられるようになった。
つまりは、脳挫傷を期に自らの脳内環境が変わったことで、僕を取り巻く「環世界」が変わったということなのだろう。自分自身が嗅覚障害の当事者になるとは夢にも思っていなかったが、これもなにかの思し召しに違いない。今のところはそんなふうに受け止めている。
(#3に続く)
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