見出し画像

平和を守るヤバイ組織に勤める嫌われ者の正義の味方は、カッコわるくてカッコいい。

今もっとも推している漫画「ハコヅメ~交番女子の逆襲~」。初めて読んだのは表紙&巻頭カラーになったモーニング2018年45号(写真)。普段週刊漫画はほとんど読まないけど、ふとコンビニで目にとまった「ウチらは健康優良不良警官」のキャッチフレーズと可愛らしい絵に反するやる気のないセリフが気になって立ち読みをしたのがきっかけだった。妙に引っかかる面白さがあり、Amazonをチェックしたらやたら評価が高く、ポチっと。単行本1〜3巻を一気に読んであっという間にハマってしまった。

ハコヅメを読むまで、警察といえば「踊る大捜査線」などのドラマか「警察24時」みたいなドキュメンタリーから得たイメージが中心で、あとはときおり報道される不祥事を見て、(神奈川県警下で育った身としては)やべー組織だなぐらいの印象しか持っていなかった。そもそも警察官になるのは、正義感と責任感が強い人で、自分とは無縁な職種だと思っていた。

だけど、ハコヅメに登場するのは、ドラマのような警察官でもヤクザみたいな警察官でもなく、ぼやきながらも懸命に地味な仕事をこなしていくしょうもなくも愛すべき人たち。フィクションの世界なのに、みんな嘘くさい感じがなく人間味たっぷり。実際の警察官もどこにでもいるような人たちなんだろうなと思ってしまう。面倒な仕事は面倒だし、疲れていたらサボりたくなる。でも、それなりの誇りと使命感をもって、やるときはやる。警察官も普通の人と変わらないということを元警察官の泰三子さんが仕事で得た知識をもとにリアルに描いてくれるから、警察官にも親近感を覚えることができるし、特異な毎日を過ごしているのに不思議と共感ができてしまう。

そして何より笑える。起こる事件は大きくないし、キャリアとノンキャリアのような対立もない。ネタになるのは、酔っぱらいのトラブル、AVの万引き事件、徹夜勤務明けの逮捕術訓練、性具を見つけてしまったガサ入れ、警察手帳の紛失、露出狂の捜査、女性警察官の縦社会など。いろいろなことに振り回される地方署の過酷な日常が、巧みな構成とくだらない下ネタ、ワードセンスの冴えたセリフによって、コントや漫才のように笑える会話劇になっている。漫画を読んで声を出して笑ったのは、十何年ぶりかのことだったと思う。

ただ、ハコヅメが単純なコメディ漫画ではないと感じるのは、笑いを超えて警察官への愛を抱けるところ。笑える漫画といっても、リアルさが肝心なお仕事モノなので、当然犯罪や事故が絡むシリアスな場面もある。辛い思いをしている被害者に、思い出したくもない事件のことを捜査のために聞かなければならないし、人の死にも悲しむ家族にも対峙しなければいけない。起こりうる悲劇を防ぐために、一般人に嫌われながら報われない仕事をし続けなければならない。そんな警察官の苦悩や覚悟も、冷静に押しつけがましくなく描かれていて、自らを犠牲にして公のために仕えることの気高さに、尊敬の気持ちが自然と芽生えてくる。実社会では組織としての問題や不祥事で叩かれることもある(そういうのも物事の一面で実情はもっとややこしい)けど、もし警察がなければ世の中はかなりめちゃくちゃ。自分たちの平和な暮らしは、なんだかんだ警察官のがんばりに支えられていることにも気づかせてくれる。だから、ハコヅメを読んだあとに交番を通りすぎると「お疲れ様です」や「ありがとうございます」と声をかけたくなるし、警察官への心のハードルがいい意味で下がってくれる。

あと、物語が基本一話完結型で、テンポよく読めるのも良い。でも内容が薄いということはなく、16ページにぎっしりネタを詰め込んでくる。だからといって説明過多になることもなく、適度に謎や伏線を感じさせる余白も残してくれる。丁寧に描くところと読者の想像に任せるところのバランスが良いのは、泰さんが読者を信頼していて、心の機微の捉え方をよく知っているからなのかもしれない。他にも、社会や人間の複雑さについて考えさせられたり、法律や犯罪心理について学べたりするのも好きなところ。もう学校の教科書になってもいい。こうして感想を書くのも、社会貢献活動ぐらいに思っているし。

警察官の仕事なんて人間の悪い面をたくさん見ていそうなのに、泰さんの漫画は人間への愛情が感じられて、自分の心の中からあったかい気持ちを引き出してくれる。登場人物のメンタルヘルスはグダグダだけど、自分のメンタルヘルスは良好になる不思議さ。とにかく、今まで読んだ漫画で最高に笑えて、泣けて、面白い。キャラの魅力とかも話しはじめたらさらに止まらなくなるし、語ればキリがない。泰さんの志の高さを含めて、ついつい応援したくなる。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?