癒熱探訪 サウナ北欧
この通りを歩くのは、本当に久しぶりのことだ。
東京を代表する下町、上野にある人通りが少ない閑静なこの通り。
数年前の自分にとっては、この通りこそが上野だった。
何故ならば、この通りには ”サウナ北欧” があるから。
重厚感溢れる灼熱のサウナ室と、広くて深い水風呂、都心とは思えないほどの開放感がある露天スペースを有した、都内屈指のハイクオリティサウナ施設。
2015年に初めて訪問して以来、“3時間1000円” という良心的な値段設定も相まって、「どこのサウナに行くか悩んだら、とりあえず北欧!」と、かなり頻繁に通っていた時期もあり、北欧は自分にとって ”ホーム” とも言えるような存在だった。
当時、北欧はサウナ界でもどちらかというと ”知る人ぞ知る” アンダーグラウンドな存在であった為、土日でも比較的空いており、館内が静寂の空気に包まれているところも、北欧を気に入った理由の1つでもあった。
だが、2019年に事態は一変する。
上野の片隅にある、マニアックなサウナーのみが知る ”隠れた名店” であった北欧が、『ドラマ25 サ道』のメインロケ地として起用されたのだ。
「いや、何でまた北欧なんだよ!?」と、これを知った当時、心底驚いた。
広くて雰囲気も良く、かつ混雑もしていないというこの施設の特色が起用された要因なのかもしれないが、それまで全くと言って良いほどメディアで取り上げられることのなかった北欧が、まさかテレビドラマの舞台になる日が来ようとは、、。
本当に世の中というのは、いつ何が起きるか分からない。
そして、この時に抱いた「変に混まないと良いけどな、、」という一抹の不安は見事に的中。
『ドラマ25 サ道』は、観るだけでサウナに来ている気分になるような臨場感あふれる映像表現と、主人公 ”なかちゃん”が内省的にサウナを楽しむ様子のリアルな描写が瞬く間に話題となり、一大サウナブームを日本中に巻き起こすきっかけとなった。
当然のことながら、そのメインロケ地である北欧には人が殺到。
北欧は、”知る人ぞ知る名店” から ”聖地” へと格上げされ、ビギナー層のサウナー達にも認知される超有名店となった。
そこからだ。
北欧から足が遠のくようになってしまったのは。
上野には、何回も来ていた。
そして毎回、サウナにも行っていた。
ただ、北欧には寄り付かなくなってしまった。
「どうせ混んでるしな、、、」
そうやって決めつけて、あれだけ好きだった北欧を、いつの間にか敬遠するようになっていた。
まるで、自分よりも出世した友人に会いづらくなるかのように。
「どうせ忙しいだろうし、あいつはもう違う世界に行ったから」と会いたくなっても誘うことすらせず、勝手に避けて、勝手に嫌ってみたりもして。
「北欧なんか、単なるミーハーが行くとこでしょ?。」
そうやって、器の小さい自分を棚に上げて、北欧を悪者のように扱い、偉そうに批判してしまっている自分すらもいた。
そして、気が付いたら世の中はコロナ禍に。
人数制限を設けるため、北欧は完全予約制の店となってしまい、遠のいていた足は更に遠のき、気が付いたらもう2年以上、北欧のサウナに足を踏み入れていない。
「もうそろそろ良いだろ?」
突然、そんな心の声が聞こえたのは数日前。
「北欧に行きたい。」
何故だか、突然そんな思いが沸き上がってきて、初めて北欧を ”予約して” 行ってみることにした。
久々に北欧のサウナに入りたいというよりは、今北欧がどうなっているのか、この目で見て、この肌で感じてみたい。
かつて愛した施設が、今どういう状態になっているのか?。
そして今の自分は、そこで何を思うのか?。
単純に、それを確かめてみたくなったのだ。
料金は3時間で2000円。足繁く通ってた頃の倍の値段。
もはや ”高級スパ施設” と呼んでもいいくらいの値段設定だと思う。
良くも悪くも、世の中ってこうやって変わっていくんだなと、しみじみ実感。
ただ、2年ぶりに訪問した北欧は進化を感じさせつつも、その殆どが以前のままだった。
エレベーター前には”完全予約制”という表示板が掲げられてはいるが、この看板は当時のまま。
何だか、とても懐かしい。
近くには何回も来ていたのに、遠い存在になっていた北欧。
やっと帰ってこれた。
別に物理的な障害があったわけじゃない。
行こうと思えば、いつだって行けたはずなのだ。
しかし、自分の心の壁を取り除くのには、2年もの歳月を要してしまった。
館内のエレベーター前に燦然と掲げられたおびただしい数の著名人達のサインが、過ぎ去った日々の経過を物語る。
2年前は数点しか飾っていなかったはずなのに、今では壁一面。
もう北欧って、そういう存在なのだ。
一部のマニアだけに愛されるような店じゃない。
数多くの著名人達に愛されて、そのフォロワー達がこぞって訪れる大人気店。
それが、今の北欧なのだ。
ただ、ロビーの静寂さは以前と変わっていなかった。
人数制限を設けているため、混雑している様子も無く、エレベーターを降りた瞬間に感じる、スっとした ”神聖” とも感じれるような北欧独特の静けさは、今でもしっかりと残っている。
以前は下着などが売られていたロビー前のディスプレイは、今ではすっかり ”北欧グッズ” 売り場に。
まさかこんな風に、”サウナ 北欧”という存在がブランディングされ、商品化される日が来ようとは、誰が想像しただろうか?。
もはや、ちょっとした観光地だ。
しかし、ロッカー周辺や階段は、アカスリのスタッフがウロウロしていたりしていて、以前と変わらぬ下町サウナ的な雰囲気があり、何だかとても落ち着く。
「ああ、やっぱりあの北欧だ〜。」と、当たり前なことに、何故だか感動させられる。
人気になることで施設の空気感が変わってしまうことって、やっぱり結構あることだから。
肝心の浴室も、やはり以前のまま。
広くて窓の沢山ついた、明るくて清潔な浴室。
換気が十分にされた居心地の良い空間は、つい長居してしまう。
岩造りで、まるで洞窟の中にいるような気分にさせられる暗めな照明のサウナ室も健在。
ストーブを新しくロウリュ向けのものに変え、セルフロウリュが可能になったためか、温度感が以前よりマイルドになっている気がする。
通っていた当時は、もっと体にグサリと刺さるような重い熱さがあったように記憶しているが、温度自体は110℃で以前と変わらないものの、しっとりとした湿度があって、熱の質感はかなり優しい。
そしてやはり、、、
予想はしていたが、明らかに以前よりも客層が若い。
お客の大半が40代後半〜60代後半の老舗サウナーだった2015年〜2018年の北欧に比べたら、明らかに20歳は中心となる客層が若返っている。
今風なサウナハットを被った人達も多く見られ、店自体の景色は変わらないが、お客の様子は明らかに” チャラく”なっていた(笑)。
時間帯によってはサウナ室がほぼ満席になる時間帯もあり、北欧の浴室にこんなにも多くの人がいる光景は、昔の北欧しか知らない自分にはとても新鮮に映る。
しかし、“黙浴” が叫ばれる今のサウナ界では、多少人が多くても騒がしくないのでそこまで大きな問題は無い。
団体で来ている若いお客さんも、必要以上の会話はせずにサウナを楽しんでいるから、以前と変わらない、静かな北欧の浴室はきっちりと保たれていた。
広くて深い水風呂も、15℃と冷えている。
「サウナは素晴らしいけど、北欧は水風呂がヌルいのが残念!」なんてことを巷で言われていた時期もあったが、今やすっかり全サウナー大喜びの温度設定に安定してきたようだ。
そして、北欧が持つ唯一無二な魅力は何と言っても、この露天スペース。
今まで何度も、ここで上野の空を眺めて、吹き抜ける風を感じながら、抱える課題、楽しみな事、不安な事、将来の目標など、様々な物事に思いを馳せてきた。
温泉施設の露天スペースとは一味違う、ビル群に囲まれた都会の中心で真っ裸になるという非現実的な体験は、やはり北欧での外気浴でしか味わえない。
そんな北欧特有の開放感は、いつだって自分の気持ちをオープンにしてくれる。
自分が通っていた時と、全く同じ北欧は恐らくもう戻ってこないだろう。
別に施設のサービスや環境が変わったというわけではない。
大幅な値上げをしたり、お客が倍以上に増えたりしつつも、コロナ禍の影響が逆に功を奏し、北欧の最大の魅力であった“静寂”というポイントはしっかりと保たれていて、以前と何1つ変わらない最高なサウナ体験を、今の北欧もしっかりと提供してくれていた。
だけど、北欧はもう ”隠れ家” じゃ無い。
北欧でしか味わえない格別なサウナ体験は、もう全国の人達に気付かれてしまったのだ。
ある意味では、そういう運命だったのだとも思える。
「どこか良いサウナある?。」と人から質問されたら、「上野の北欧!。」と、昔の自分は常に答えていた。
そんな自分と同じ気持ちを持つ人達が増えただけで、別に北欧自体は何も変わっていない。
上野の片隅で、昔から高いクオリティのサウナ体験を提供してきた施設が、”サ道のロケ地に抜擢” という幸運を手に入れて、真っ当な評価を受けて、超人気施設になった、、、ただ、それだけのこと。
”良いものはいつか必ず評価される”
そんなポジティブな希望を、今の北欧は自分に抱かせてくれる。
「ミーハーな施設になった!。」とか、そんなのは、ただ自分が色眼鏡を付けて北欧を見るようになってしまっただけ。
流行に踊らされているのは、北欧でもサ道を観て北欧に行くようになった人達でもなく、自分自身だったのだ。
そこに気付けたことが、北欧に再来したことで得られた最大の収穫だった。
サウナの後は、レストランで大人気メニューの ”北欧特製カレー” を頂く。
普段、外食でカレーなんて殆ど食べないのだけど、ここはちょっとミーハーに(笑)。
少々甘口だけれども、肉の旨味がしっかりと染み渡ったとろみのあるルーと、ピリッと後引く辛さがクセになる。
この北欧特製カレー、その場にいたお客さん全員が食べているほどの人気っぷり。
このカレーもサ道で紹介されていたから、皆んなそれを観て注文しているのだろう。
やはり、テレビの効果というのは絶大だ。
自分だって、それに影響されて今ここでカレーを食べているわけだし。
北欧は、“サ道” という幸運を掴んだのだ。
人生というのは、何がどう転んで好転していくか分からない。
北欧がこんなにもメジャーな存在になるなど、ほんの数年前は誰も想像すらしていなかっただろう。
でも、北欧は昔からずっと一貫して、質の良いサウナ体験と美味しい特製カレーを提供してきたのは間違いない事実。
だからこそ、今みたいな、押しも押されもせぬ超人気施設となるチャンスを掴めたのだとも言える。
自分の仕事をしっかりと頑張っていけば、いつかチャンスは巡ってくる。
そんな事を、久々行った北欧は教えてくれた。
これからは敬遠せずに、またちょくちょく北欧に来てみよう。
今度は泊まりで来て、じっくりとサウナを楽しみたい。