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Dark Urban Boysgroup CREMATION【URN SIDE】-「自分がやりたい音楽をやるべきだ!」とかって良く言うけど、それって簡単なことじゃない。でもこの作品は自分の音楽人生史上最もそれに近い作品である。という話-
どうも皆さん、YU-TOです。
いきなりライトノベルばりの長いタイトルをかましてしまったが、今回の記事はDark Urban Boysgroupの最初で最後の作品『CREMATION』の話である。
6月1日に、Garyuがヴォーカルを務める方のDark Urban Boysgroupの楽曲が収録された『CREMATION【FIRE SIDE】』の配信が開始された。
MVをチェックしてくれたり、音源を聴いてくれた人から多くのポジティブな感想を聞く事が出来ていて、とても嬉しい。
そして来たる8月2日には、初代ボーカリストのTatsuが歌う『CREMATION【URN SIDE】』が配信リリースされる予定だ。
敢えて言おう。ここからが本番であると。
極端な言い方をしてしまうと『CREMATION【FIRE SIDE】』はDark Urban Boysgroupの作品ではない。
少なくとも自分の中では。
あれは"同じ名前の別バンド"の作品であって、8月2日に配信される【URN SIDE】で聴けるサウンドこそが、本来自分が思い描いていたDark Urban Boysgroupのサウンドなのだ。
【FIRE SIDE】のサウンドは、"作品"というより自分にとっては"ジャムセッションの結晶"みたいなものだった。
長い音楽人生においてそういう作品が1つくらいあっても良いと思うし、実際【FIRE SIDE】は生々しいグルーヴの質感に溢れた良作になったと自負していて、VoのGaryuと出会った時に交わした「いつか何か一緒にやりたいよね」という言葉をやっと具現化出来た事は、とても嬉しく思う。
しかし【URN SIDE】に関しては、、、、はっきり言って思い入れの尺度が比ではない。
この作品は制作期間に約10年という歳月を費やしている。
2012年に「また"自分の音楽"を始めよう。」と結成したのがDark Urban Boysgroup。
この時から、『CREMATION【URN SIDE】』の制作は始まっていたのだ。
しかし、その制作は人生最大の兄弟喧嘩により志半ばで頓挫。
詳しいことはこちらの記事に書いてあるので、お時間ある人はどうぞ(笑)。
長い長い自分とDark Urban Boysgroupとの関係が始まったのは、そこからしばらく後の事。
制作が頓挫した2013年からの数年間は、Dark Urban Boysgroupの事を思い出すことなんて殆ど無かった。
しかし、制作途中だった音源をPCの中から発見し、何の気無しに聴き返した2015年の終わりに、「これマジで何とかして出さねーと!」と感じてからは常に何らかの形でDark Urban Boysgroupの事は心の片隅にあったように思う。
「うわぁ、ダッせぇ!!」と音源を聴き返した時に感じていたのなら、こんな事にはならなかった。
「何だこれ、、、?。めちゃくちゃカッコ良いな、、、。」
本気で、心からそう思ったのだ。
その時の確信に満ちた自分の気持ちは、未だにはっきりと覚えている。
そこから「どうにか方法は無いのか?」という模索が自分の中で始まった。
他の誰かに歌ってもらって、Dark Urban Boysgroupを再結成するか?。
何とかしてTatsuとまた連絡を取って歌ってもらうか?。
そんなような事を色々と考えていたのだが、当時はそのどれもが現実的で無いように思えた。
Tatsuは2015年に電話した際に「もうやる気は無い。」と断られているし、その当時はストリーミングのみでのリリースはまだ一般的では無く、「リリースしたからにはライブ活動もしなきゃいけない」みたいなしがらみも、まだ音楽シーン内にも自分の頭の中にも蔓延っていたのは事実だ。
しかし、ようやくこのタイミングで踏ん切りが付いたというか何というか、、。
ストリーミングのみでのリリースも主流になってきたし、昨今の混乱のせい(不謹慎だが"お陰"とも言える)で、"ライブをしないで作品のみをリリースする"という選択肢も立派な活動スタイルとして認められるようにもなってきたと思う。
だがそれよりも何より、自分の中で"次の活動"の展望がはっきりと見えてきた為、「ちょっと過去を精算しておくか。」というような心持ちで、今回のリリースに踏み切る事にした。
今回収録されている5曲は、大幅にアレンジを変えている曲もあるが基本的に録り直しはしていない。
Tatsuのヴォーカルテイクはそのまま使い、リテイク可能な箇所はリテイクしているといった形で、ドラムも1曲を除いては2012年当時に自分が叩いたテイクがそのまま使われている。
そういえば、タイミングを見失ってしまって発表するのが今更になってしまったが、2012年にDark Urban Boysgroupのベーシストとして招集させてもらい、『CREMATION【URN SIDE】』でベースを弾いてもらっているのは元ANGAGEMENTのKawakenさんである。
Kawakenさんとは、2012年に自分がANGAGEMENTにサポートドラマーとして参加した際に仲良くなり、しょっちゅう飲みに行くような仲になっていた。
自分はサポートという立場であったが、一緒にリズム隊を組んで当時かなりの本数のライブをこなしていたからお互いのプレイは分かっていたし、通ってきた音楽も共通するものが数多くあった事から、Dark Urban Boysgroupを結成する際に彼を誘ったのはごく自然な流れからであったように思う。
制作が頓挫して以降もKawakenさんとは定期的に飲みには行っていて、そんな仲は未だに続いている(つい1週間前も飲みに行った 笑)。
あの制作での「新しい何かが生まれている」という感覚は、Kawakenさん自身も自分と同じように持っていたようで、「あの時は楽しかったよね。」みたいな良くある昔話として、呑みの席でDark Urban Boysgroupの話が出る事も度々あった。
それがようやく"昔話"としてでなく、今起きている現実としてリリースの話を彼と出来ている事は、小さいながらも大きな変化だ。
ちなみに、Dark Urban Boysgroupは最初の段階では"アーティスト写真は出さずに活動しよう"という案があった。
その為、当時のアーティスト写真らしいものは1つも無く、代わりに現在も多方面で活動するデザイナーのSH11NA君に描いてもらったイラストが1枚あるだけ。
"顔を出さないで活動する"というのは何だかとても今風なアイデアというか、最先端な考えではあったと思う。
だが、ちゃんと実行出来なかったのだから、ただの戯言。
いくら最先端な事をやっていた事が後から分かったとしても、それをしっかりとその当時に実行して、人に伝えてなかったのだったら何の意味も無い。
良くも悪くも、自分の人生の教訓になった事の1つだ。
まあこれだけの年月をリリースまでに費やしてしまった訳だが、『CREMATION【URN SIDE】』はとてつもない作品に仕上げる事が出来たと思っている。
「これは売れる!」とか、音楽理論的に優れた事を演っているとか、そんな事は抜きにして完成した今作を聴き返す度に思うのだ。
「ああ、あの時思い描いていた音像そのものだ。」と。
人は言う。特に音楽制作にろくに携わって来てないような人間が。
"自分が本当にやりたい音楽をやるべきだ"と
一言、はっきり言ってやる。
「そんなに簡単じゃ無いんだよ。」と
いくらやりたくても、いくら頭の中に表現したい音像が明確にあっても、音楽っていうのはそう思い通りには鳴ってくれないんだ。
自分がやりたい音楽を表現するための技術
自分がやりたい音楽を同じように「やりたい」と思ってくれて、それを具現化出来る力量を持ったメンバー
自分がやりたい音楽を聴き手に明確に伝えるための音質を作り出すエンジニアリング
そして、出来た楽曲を人に伝えていく為の導線
それらを手にした時にだけ、「自分が本当にやりたい音楽」が完成するのだ。
そのどれか1つでも欠けてしまったら、自分のやりたい音楽をやることは絶対に出来ない。
そしてそれは、簡単なようでいて実は簡単じゃないのだ。
自分は少なくとも10年掛かった。でも、手に入れる事が出来た。
多分、この感覚を一生味わわずに死んでいくミュージシャンも多い中で、自分はこの感覚を手にする事が出来ている。
しかし、いくら"自分がやりたい"だけであったとしても、「他からの評価なんてどうでも良い!」なんて言う気にはさらさらなれない。
「このサウンドに共鳴してくれる人って、実際どのくらいいるのだろう?」とは、リリースが決まる前からずっと思っていた。
その結果が出る時が、ついに来てしまったのだ。
それは自分にとって楽しみでもあり、とても恐い事でもある。
でもまあいい。
どちらにしたって、この作品以降Dark Urban Boysgroupが世に出る事は恐らく無いだろうし、自分のベクトルはもうほぼ完全に次の音楽活動に向きつつもあるから。
ただ、「これ評価されなかったら、ちょっとおかしいだろ。」みたいな充実感が芽生えているのは、とても久しぶりの事だ。
もちろん、ここ10年の間で携わってきた作品も良作ばかりだったが、それは「人の作った作品に貢献することが出来た」という種の充実感だった。
だが今回はそれとはまた違うタイプの、もっと"自分勝手な"充実感というか(笑)、ある意味では"アーティスティック"とも呼べるような気持ちを今ヒシヒシと感じている。
もうなんか、作品全体に"圧"のようなものがあると思う。「これ、スゲェだろ?」みたいな(笑)。
結局、芸術なんて最初はただの"自己表現の押し売り"なのである。
その押されたものを人が聴いて、「良いじゃん」と共鳴してくれれば、それは本物の"芸術"として世の中に残っていく事になる。
この音は芸術として残っていくのだろうか?、それとも押し返されて誰にも評価されないまま終わるのだろうか?。
まあ考えても仕方がない。どちらにせよ、結果はもうすぐ出る。
Dark Urban Boysgroupの本当に最初で最後の作品『CREMATION【URN SIDE】』、8月2日配信開始です。
この音が、自分だけじゃない他の誰かにも共鳴してくれる事を切に願っています。