激人探訪 Vol.16 MORO(諸石 和馬)~誰と演り、誰に観せたいか~
どうも皆さん、YU-TOです。
激人探訪を有料化して早くも1ヶ月強。
最初はアクセス数が少し下がったが、今はかなり安定した数字になってきているし、購入してくれる方々も増えてきていて嬉しい限りだ。
"あんなに長い記事、書くの大変そう!"としょっちゅう言われるが、どちらかと言うと長い文章を書くよりも、取材したいゲストに思い切ってオファーを出す方が大変と言うか、少々勇気がいる。
一個人としてやってる分、何の後ろ盾もないので"オファーを受けてくれるかな、、?"という心配も正直あるし、初対面の相手と話すのは刺激的で好きな事ながらも、多少の緊張感はあるものだ。
しかしその分、自分の成長に繋がる事は確かだし、結果を残してきているアーティスト達と話せるのはこちらの思考の強化になるというか、大切な事を沢山教えてもらえる気がして、やはり取材も記事を書く事も好きだ。
これからも激人探訪をよろしくお願いします。
さて、今回はもしかしたら身内でないゲストの中では、1番緊張感無く話せたと言うか、取材というよりは"再会"というような気持ちで話が聞けたアーティストだ。
そんなVOL.16のゲストは、NAMBA69,Weekend Brothers,INFECTIONのドラマー、MORO(諸石 和馬)氏だ。
2018年に惜しまれつつ解散した4人組ポップバンド、Shiggy Jr.のドラマーとしても知られている。
少々、今まで取り上げてきたアーティスト達とは毛色が違うというか、メタルでは無いシーンでの活動が主なゲストだが、諸石氏とは自分が"DEATH I AM"というデスメタルバンドに在籍していた時からの付き合いだ。
諸石氏はINFECTIONというメタルコアバンドでも活動しており、現在、その活動は緩やかになっているが、2011年〜2014年頃までは国内メタル・ハードコアシーンでかなり活発に活動していた。
そのINFECTIONであるが、自分以外のDEATH I AMメンバーが所属していた音楽サークルの後輩が数人在籍しており、かなりDEATH I AMとは縁が深いバンドで、対バンする以前から名前だけはずっと聞いていたバンドだった。
そして、初めて対バンしたライブの当日、リハーサルで観た諸石氏のドラミングが非常に印象的で、リハーサルが終わった後、こちらから彼に話し掛けに行った事を良く覚えている。
特に派手な事を演っていた訳でもないし、スピードやテクニックが凄まじかったという訳では無い。
ただ、"タイム感"というか、リズムの捉え方が明らかに他のメタルドラマーとは違ったもので、"ああ、彼はメタル畑でしか演ってこなかったプレイヤーじゃ無いな"という事が1発でわかったのだ。
その自分の読みは当たっていたようで、かなり幅広い音楽を吸収してきた事が話し掛けてみるとわかり、"ああ、やっぱりな"と腑に落ちた感覚があった事は、その日の自分のライブの事よりも記憶に残っている。
今でこそ減ったが、昔は良く"YU-TOから見てこの界隈で上手いドラマーって誰?"とよく聞かれていて、ずっと自分は"INFECTIONの諸石"と答え続けていた。
そう答えると大体の場合、質問者は"?"な表情を浮かべていたように思う。
"派手では無いし、まあそうだわな"とは思いつつも、"わかってねーな"とずっと感じていたが、もう今では"ほら言っただろ?"と、その質問者たちに少々偉そうながらも言い放ちたい気分だ。
諸石氏のドラマーとしての活躍は、ここ数年本当に目覚しいものがある。
アンダーグラウンドなシーンでの活動から、Shiggy Jr.で一気にメジャーシーンへ駆け上り、いちドラマーとしても様々な有名アーティストのレコーディングやライブにも参加。
そして極め付けは、今年発表されたHi-STANDARDの難波 章浩氏率いるNAMBA69への加入。
これには本当に驚いたというか、"どこまで行くんだ、君は"という思いがあった。
あのライブのリハーサルで声を掛け、その後、何度も対バンしたり、プライベートでも一緒に飲みに行ったりして、ドラムの事や他愛も無い話をしたものだったが、"ここまでの活躍っぷりを見せてくれるとはな"と感じざるを得ない。
しかし、そこに対して"悔しい"というような感情が一切無いのが不思議だ。
むしろ、"いいぞ!もっといけ!"とエールを送りたくなるし、自分自身、彼の活躍を見るのが非常に楽しみというか、痛快にも感じている。
今回、久々に会って話してみて、何となくだが何故自分がそう思ってしまうのかがわかった気がした。
諸石氏には、"音楽"という存在を"自分が有名になる為の手段"として使っているような雰囲気が一切無いのだ。
とにかく色々な音楽が好きだから、ドラムが好きだから、そして音楽を奏でている人達が好きだから。
そんなシンプルな理由だけで音楽と向き合っている人間で、"エンターテイナー"というよりは"ミュージシャン"。
曲のイメージをどうやって具現化していくかという事や、その為にはどんな音が必要になってくるかを見極められるプレイヤーで、"そりゃ色々なとこから呼ばれるわ"と、非常に納得してしまった取材であった。
今回は、将来プロを目指す若いミュージシャンや、ドラムを仕事にしていきたいと思っている若いドラマー達に是非とも読んで欲しい記事だ。
諸石氏が語ってくれた事にはプロドラマーの極意のようなものが詰まっていると思うし、音楽の世界で生きて行くという事がどういう事なのかが理解できると思う。
今回はそんな、音楽シーンでの存在感を確かなものにしつつあるドラマー、諸石 和馬氏を徹底深掘りしていこうと思う。
※注:諸石氏はNAMBA69での活動時は"MORO"名義で活動していますが、本記事では"諸石"で呼び名を統一させて頂いています。
第1章 "ハードロック"な父と音楽室のドラム
諸石氏がドラムに興味を持ち出したのは小学4年生の時。
音楽室にあったドラムを友人が叩いている姿を見た事がきっかけであったと諸石氏は話すが、それ以前から彼の中で音楽やドラムという存在は身近なものだった。
その理由は、諸石氏の"ハードロック"なお父さんに起因する。
小学校の音楽室にドラムセットが置いてあったんですよ。それで小4くらいの時に友達が叩いているのを見て"カッコいいな"と思ったのがきっかけで叩き始めたんです。でも元々、親父がハードロックのボーカリストで母ちゃんもベースちょっと演っててっという家庭で、俺が最初に行ったライブって、幼稚園の時に親と一緒に観に行ったWhitesnakeの来日公演だったんですよ(笑)そこで観たドラムソロがカッコ良くて、何かそれが自分の中にちょっと残ってたんです。小4までは音楽室にドラムがあるのは知ってても別に叩いたりはしてなかったんですけど、友達が叩いてるのを観た時に、"そういえばドラムってカッコ良かったな"って思ってそこから音楽室に通い詰めて叩き始めたんですよね。
諸石氏がこの時、ドラムに魅せられたのは、"叩いていた友人がカッコ良かった"と言うよりは、自身の中にあった"ドラム"という存在の記憶が蘇ったからなのではないかと思う。
それにしても、幼稚園児をWhitesnakeのライブに連れて行ってしまうとは、かなりロック過ぎるご家族であるが、この時の諸石氏は決してハードロックに魅了されていた訳ではなかったという。
親父も結構、自分のバンドで都内のライブハウスとかでライブしたりしてて、そういう所にもガンガン連れて行かれたりしてたんですよ。だから音楽はめちゃくちゃ身近にあったんですけど、ライブに関して言えば幼稚園の時とかはうるさいからあまり好きじゃなかったんです、、まあ、段々と好きにはなりましたけどね。聴く音楽も、初めて自分で買ったCDは「学級王ヤマザキ」で(笑)自発的にDeep Pupleとかのハードロックを聴くって事はその時はなかったです。家に帰ったら大体、親父がAEROSMITHとかWhitesnakeを流したりしてたので、そういうとこで聴いてはいましたけどね。ドラムを叩き出した小4くらいの頃に聴いてたのは、"エヴァンゲリオン"の音楽とか、あと"さだまさし"とか(笑)アリスとか忌野清志郎とかも好きで、MDで"懐メロ特集"を作ってそれをずっと聴いてました。何かその時の自分には刺さったんでしょうね。だから小学校の時は懐メロが好きで、あとエレクトーンも習ってたんで、それでジュラシックパークの音楽を弾いたりとかもしてました。何で習い始めたのかとかはもう覚えてないんですけど、エレクトーンって足でも鍵盤を弾くので、ドラムを叩き始めた段階から手と足の分離は出来てて、普通に最初から8ビートとかは叩けたんですよ。だから入りはスムーズでしたね。
家ではハードロックが流れ、自身はアニソンと懐メロに傾倒するなど、この頃から諸石氏はかなり雑食というか、幅広い音楽を同時に聴ける環境であったようだ。
今の彼のジャンルレスな活動の片鱗が見えるような音楽性の幅広さであるが、中学、高校に上がる頃には本格的にエクストリームなメタルも聴き始めたという。
中学くらいから聴く音楽も変わってきて。3個違いの兄がいるんですけど、高校上がった時に、その兄貴がメタルに目覚めたんですよ。"SLAYERがカッコ良い"とか"METALLICAが良い"とか色々な情報をくれて、最初はいまいちピンとこなかったんですけど、色々掘っていく中でNIRVANAを聴いた時にズガンと衝撃が来て、そこから洋楽ロックにハマっていったんです。それで、そのくらいの頃には親父が演ってる音楽のカッコ良さも分かり始めてきてて、"ハードロック良いな"って思ったり、"METALLICAのブラックアルバムヤバい!"ってなって、そこから派生してPANTERAを聴いたりみたいになっていって。何か、昔から1個知るとドンドン掘っちゃうんですよ(笑)それでメタルを聴いていくうちに、どうやら"グラインドコア"というジャンルがあるらしいという所まで辿り着いて。自分が高1の時に兄貴は大学のメタルサークルに入っていたから、自分にもメタルの深い所の情報が入ってきてて、そこからNAPALM DEATH、NASUM、CONVERGE、NILEとかみたいなバンドにもハマり出したって感じでしたね。
近年の諸石氏の活動フィールドからは想像も付かないようなバンドを聴いていたようだが、元々諸石氏はメタル・ハードコア界隈にいたプレイヤーで、冒頭でもお伝えしたように、自分と諸石氏はそこで出会っている。
その後は、エクストリームな音楽の現場にいた事も忘れてしまうくらい、メジャーでポップな界隈に行く事になる諸石氏だが、その変化の仕方に違和感がなかったというか、ごく自然とポップなシーンにも溶け込んでしまったように感じた。
それはやはり、幼少期〜学生時代にかけての諸石氏がどんなジャンルにもオープンで、分け隔てなく音楽を聴く姿勢を持っていた事が大きな要因の1つなのではないかと感じている。
そして、決して中途半端で受動的な"何でも聴く"ではなく、1つ1つをしっかりと自発的に掘り下げ、自身の栄養として吸収していこうとする諸石氏の行動は、後にジャンルレスでオールマイティなドラマーに彼が成長する上で、欠かせない事の1つになっているのではないかと思う。
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