クリームソーダの空を舞うエアレース①
北向きの部屋の窓から見えるアスファルトは輝かしい光の色とアパートの影の色で一直線に別れていた。明暗がくっきりとした境界線をうろうろとする猫は、体温が上がって頭がぼーっとしてくると影に隠れようとする子どもの本能のように、行ったり来たり境界線を跨いでいた。猫も人間も照りつける太陽の陽射しの前では、所詮同じような行動をとることに興味が湧いた。
真夏のアパートの部屋の室内環境はもちろん人間には適しておらず、僕の首や額、その他の部位までも熱を帯びていた。ヒートポンプを利用した冷気を作り出してくれる機械でなければ他に手立てがなかったが、あいにくその機械は豚のようにつついても全く動かず、使い物にならなくなってしまっていた。
電気屋が201号室のベルを鳴らすまで僕はぼんやりした頭と気だるい身体でこの信じがたい日常空間でダラダラと時間を過ごさなければならず嫌気がしたわけだが、建物の屋根のせいで中途半端にしか見渡せない空は文句のつけようがない純度の高い水色だった。あの空のような綺麗な色をした広く冷たい水のプールに一気に肩まで浸かりたいと強く思った。
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「なおったよ。使う頻度が高くなると思うし、フィルターはこまめに掃除してあげてな。」
「ありがとうございます。」
電気屋は作業に苦戦することなくスムーズに行ってくれた。それでも額からは汗が垂れ、この一人暮らし用によくある1Rの狭い部屋の温度はさらに上昇した気がする。
「お兄ちゃん、大学生?」
そうです、と返事をすると、
いいねぇ大学生、とよくあるような答え方でニコリと笑った。
「それにしても今日も暑いなー、いい天気だ。お兄ちゃん、あれ知ってる。あの、あれだよ、幕張の海岸でやってるっていうエアレース。」
エアレースが行われていることは聞いたことはあった。たぶん、てっちゃんから聞いたんじゃないだろうか。世界最高峰の飛行技術を持つパイロットがしのぎを削るモータースポーツ。
「明日、明後日の二日間でやるらしいぞ。行きたかったなぁ、この時期ほぼ毎日仕事だから俺はいけないんだけどな。大学生だろ?行ってきたら良いじゃねぇか。」
「そうなんですね、行けたら行ってみます。」
そう適当に答えて、夏に大忙しの電気屋はスズキのエブリィに工具を積み、次に修理する僕と同じ状況であろう家にブルンとエンジン音をたてて向かった。
行けたら行ってみます、は大体行かない。未来のことだから責任を取らずに済むから適当に返事をする時に使いやすい。当たり前だけど、行けなかったら行かなくていい。行きたくない時も行かなくていい。あの電気屋は真剣に学問を志しているかもしれない大学生を暇だと勝手に決めつけてバカにしていると一瞬思ったが、実際に僕は無限とも思える時間を持て余していた。
それにもう部屋着の半袖シャツと短パンの組み合わせの格好にも飽き飽きしていた。それもあって海底にある宝箱が突然何かの拍子に開きブクブクと気泡が海面に浮かび上がってきたように、エアレースに対して興味が湧いてきた。暇で同じ格好を続けていると、どんなことにも興味が湧いてくる。この不思議な現象に後から名前をつけてやろう。
僕はてっちゃんにラインを入れて、さっきよりも室内環境が格段に良好な空間で仰向けになり、目をつぶって何も考えず横になった。正常運転を開始した機械の音は、青空を裂く飛行機雲のように僕の身体を心地よくさせてくれた。
***
チケットを見せ、運営スタッフから手首にヒラヒラした帯状のナイロンを巻きつけられると、敷地内に入らせてくれた。
<続く>