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にしてりあ~仁志島カフェ日誌~Welcome to Island Cafeteria! 第2話『にしてりあ開店!』

「……。よし!」
 
翌朝。暑い日差しの中、里桜はドアの汚れを拭き上げた。
 
「孝実くん。ありがとね」
「どういたしまして~」
 
特に孝実は遠乗りしてきたこともあり、少しばかり眠そうだ。
 
「ん? 朝早くからどうした?」
「類火さま!」
「ちょうどよかったです」
 
そんな孝実をめがけ、和装の少年がやってくる。
傍にいた裕一からも「神様の到来か」と言われたその手には、竹箒が握られていた。
 
「掃除がてら、来てみれば……」
 
 里桜がそれを預かると、類火は呆れ顔をあらわにする。何か心当たりがあるらしい。
 
「類火先輩。何か?」
「実はこの島に、困った子どもがいるんですよ」
「なるほど~」
「神様にはお見通しというわけだ」
 
孝実と裕一が理解を示したところで、里桜は「話が早いわ」感心した。そこに。
 
 
「はぁ、はぁ……っ!」
「颯介くん!?」
「弟の姿を見ませんでした!?」
 
険しい顔で、黒いベストを纏う少年が駆け込んできて。
そこで類火が「おまえがあいつの兄ちゃんだな?」と声をかける。
 
「おい。しっかりしろ!」
「熱失神を起こしたようだな」
「里桜、伊野瀬。フォロー頼む」
「はい!」
 
それに応えられるまでもなく、颯介は類火の足元で倒れてしまう。
裕一の指示をうけ、孝実が『エアコンつけてきます』と店内へ駆け込む。里桜もそれに追従し、青い自販機に向かった。
 
 
 

「すみませんでした。ご迷惑をおかけして……」
「気にしないで」
 
飲食スペースの奥、休憩室。
主に里桜と裕一が看病をした甲斐があり、颯介の容態が安定してきたようだ。
 
「髙見。食欲はあるか?」
「はい」
「じゃあ、朝ごはんにしましょう。仕込んでおいたの」
 
里桜は立ち上がり、まずは類火にホットサンドを渡す。
 
「俺が先で、いいんですか?」
「はるばる来てくれたから。そのお礼よ」
「ありがとうございます!」
 
類火は嬉しそうにそれを頬張った。
 
「おぉ~!」
「……チーズのコクが濃厚で、美味い」
「そーちゃんが珍しく褒めてる」
「彼女、早起きして頑張ってたからな」
「お気に召したなら、よかったわ」
 
最初に歓声を上げたのは類火だが、意外と颯介の口にも合ったようだ。
里桜も思い切って口にする。
 
「いいですね~。裕一先生、いい奥さんをもって」
「そうか?」
「ちょっと羨ましいかも」
「孝実くん。そう云うのは、学校を出てからね」
 
半分まで頬張る里桜の傍ら、孝実が裕一に強い眼差しを向けていて。
困惑した様子の裕一に代わり、里桜が「あなたにも、きっと彼女見つかるわよ」と吹きかけた。
 
「里桜さん。俺、下で見張ってましょうか」
「ありがとう」
 
類火は踵を返し「ごちそうさん」と言って出ていく。
 
「じゃあ僕たちは、仕込みを急ごう」
「はい!」
「颯介くんは、このまま休んでて」
「はい」
 
病み上がりの颯介を除いた面子も、ぞろそろと動き出す。里桜も「お大事に」と言い残して行った。
 
 
 
 
「里桜せんせーたち、頑張ってるな」
 
建物の外にまで響く里桜たちの声を聴きながら、類火は入り口付近を見張る。
 
「ん?」
 
それから数分後。自身の髪が頬にかかり、異変を察することができた。
 
「……しゅっ!」
「おいっ!?」
(やっぱり来やがったな)
 
無論、邪気な残像だって見逃していない。類火は襟の中から金輪のようなものを取り出す。
 
「今度こそ、逃がさねえぞ!」
 
これをがっしり握ることで、腕周りが朱い光に包まれた。類火の首元に『勅』の字が浮かび上がる。
 
夏生大神なつきおおがみの令に法り、光輪によって悪戯を制す。ルーガフープ、投!」
 
ところどころ一呼吸を置きながら詠唱し、ルーガフープ――輪っかを投げつけた。
 
「ひゃあっ!?」
「よっしゃ!」
 
それが見事に引っかかり、3本のペンを持った子供は足を滑らせる。熱でさぞパニックになっただろう。
 
「あつい! は~な~せぇ~!!」
「安心しろ。輪は外してやる」
 
彼が悪あがきを始めようと、類火はそれを許さない。その挙句。
 
「……もう、つかれた……」
「全く。しょうがねぇ奴だな、ほんと」
 
相手はとうとう、気力を失ったようだ。類火はため息をついて、文言どおりに金輪を回収する。
 
「とうとう神様が来てくれたか~!」
「この子のいたずらが過ぎて、困ってたのよ」
「これで安心して暮らせるわ」
「ちょっ……マジで!?」
 
その現場を目撃したという男女たちが、だんだんと類火の周りに押し寄せてくる。しかしその波はすぐに収まった。
 
「すみません。お言葉ですが、開店はまだなので!」
「一旦お引き取りください」
 
 里桜と裕一が素早く駆けつけてきたから。
 
「里桜先生。裕一先生。ありがとうございました」
「いいのよ」
「面倒をかけてしまったのは、僕たちだしな」
 
 夫婦なりに気を遣ったのだろう。
 裕一が「これを持っていくといい」とスポーツドリンクをくれた。類火は「ありがとうございます」と頭を下げる。
 
「あの。里桜先生」
「ん?」
「あいつ……颯介の将来は、どうなるんでしょう」
 
そのついでに「先輩として心配なんです」と自分の心情を伝えた。すると里桜は「そうねぇ……」と悩ましそうに答えてくれる。
 
「多くの進路は閉ざされちゃうと思うわ」
「そうですよね……」
 
やっぱり……と、類火は悲しくなった。そこで裕一が「諦めるのはまだ早い」と言う。
 
「里桜。まずは話を聞こう」
「そうね」
「じゃあ俺、孝実を手伝ってきます」
「よろしくね」
 
里桜と裕一を追って、類火は店内へ入っていった。
 
 
 

類火と孝実の声でにぎわうダイニングの裏側。里桜は裕一と共に「高見乱」と名乗る少年と向きあっていた。
 
「乱くん。どうして、あんなことしたの?」
「……おうちにいられなくなったから」
「そうくるか……」
 
話を聞いていればどうやら、後ろめたいものがあるようで。
裕一が「よくある典型だな」と頷いて、里桜も「そういえば……」と振り返る。
 
(私のクラスじゃないけど、見たことあるかも。似たような子)
 
とある生徒を笑っていたその同級生が、自宅で襲われた事件があったことを。
 
「父さんと母さんは夜逃げするし、兄ちゃんはすぐ怒るし……」
「それで、ぐれちゃったのね」
「うん……」
 
里桜は「こうなる前に、ほかに相談できる人がいなかったの?」と疑問に思った。しかし裕一は、もっと広い視点を持っているようで。
 
「長いこと、辛い思いをしてきたんだな。颯介と一緒に」
「お兄さん……?」
「それでも生き延びてきたことは、褒めてあげよう」
 
乱のぼさぼさな黒髪を撫でている。その優しげなまなざしに、乱も声を震わせていた。
 
(確かに、叱るだけじゃ可哀そうよね)
 
そんな二人の姿を見て、里桜は心に決める。
 
「乱くん」
「おねえさん?」
「今後何かあったら、私たちに相談すること。約束よ」
「……。うん」
「よし」
 
今回は許してあげよう、と。
乱は終始堪えた様子で、里桜の顔を見つめていた。ごめんなさい、と……。
 



あれから一夜明け。
里桜は職員室で、颯介の退学届を受理することになった。乱も一週間の謹慎処分になるらしい。

(こんなスタートでいいのかしら……)

それから放課後。ようやく店を開いたが、正直ぱっとしないでいる。そこに。
 
「里桜先生。こんにちは」
「孝実くん。いらっしゃい」
 
孝実が急ぎ足でやってきた。
 
「オレ、残念です。そーちゃんと一緒に卒業できなくなって」
「それは私も同じよ」
 
これで3年生はオレひとり……と、寂しそうな顔もしている。
昨日まで彼らの担任であった里桜とて、名残惜しいと思っている。だからこそ。
 
「でも、安心して」
 
それだけで終わらせなかったわ、と里桜はガラス張りの個室を示す。
 
「100+4は……おまえの誕生日だな」
「104!」
「正解。よくやった」

そこには、仲良さそうにプリントや教科書を広げる高見兄弟の姿があった。
 
「彼には、先生的な役割が似合うと思ってね」

更に里桜は、颯介をアルバイトとして起用したことも明かす。
 
「そーちゃん……!」
 
孝実は「頑張ってるんだね」と、機嫌を取り戻しているようだった。
 
「あら。里桜先生、すっかり経営者の顔してるじゃない」
「が、学長!?」
 
それに加勢するように、スーツ姿の女性がやってきて。
里桜は慌ててバインダーを落とした。
 
「そんな慌てないでいいのに」
「すみません……」
「いいわよ。気にしないで」
 
まさか彼女が、この時間に来ると思っていなかったから。
周りの生徒たちからも「学長」と呼ばれた保村沙英は微笑む。
 
「憩いの場ができて、子供たちの笑顔が見れて……とっても嬉しいわ」
「そうですか。ありがとうございます」

社員が頑張る姿を見るのも好きよ、と。
里桜は照れ隠しをして、「ご注文はいかがですか?」とメニュー表を渡す。
 
「じゃあ、カフェオレのバニラアイス添えでお願い」
「かしこまりました」
 
仕事で疲れたらしく「角砂糖もよろしくね」と返ってきて。
里桜はマグカップにミルクコーヒーを注ぎ、角砂糖を三つ沈めたところにバニラアイスを乗せ――目の前のカウンター席に差し出した。

「おまたせしました! 特別に星のクッキーもどうぞ」
 
 
                               おわり
 

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