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上毛かるたぶらり旅『む』 ~ユネスコ「世界の記憶」~

今回の上毛かるたぶらり旅は・・・
『む』の札

今回はユネスコ「世界の記憶」登録の地へとご案内します。

上毛かるたぶらり旅。群馬県の郷土かるたの札を巡る旅となっています。
かるたの絵に近い写真を撮ることもひとつの目的、楽しみとしています。
群馬もよい泉質、風情ある温泉が多数あります。
旅行がお好きな方、温泉を楽しみに旅行される方にも知って頂ければと思います。

舞台は 群馬県 高崎市
旧 群馬県多野郡吉井町は現在、高崎市になっており
現 高崎市吉井町が舞台となっております。

「つる舞う形の群馬県」の右翼の付け根くらいに位置します。
合併によりかなり広域となります。

ちょっと拡大
温泉で言えば草津、伊香保の南方に位置します。

上毛かるた 『む』の札がこちら!

『昔を語る 多胡の古碑』
(むかしをかたる たごのこひ)

多胡碑を訪ねて吉井町へ行ってきました。
この上毛かるた『む』の読み札
「書」として好きな1枚です。なんかうまく表現できませんがバランスよく綺麗だなと。

温泉では「日本三古湯」なんて言われる温泉♨がありますが
※参考)兵庫県「有馬温泉」和歌山県「白浜温泉」愛媛県「道後温泉」

「日本三古碑」

をご存じでしょうか?

栃木県の那須国造碑(なすのくにのみやつこ)
宮城県の多賀城碑(たがじょうひ)
そして・・・

群馬県の

多胡碑(たごひ)

この三つの石碑が「日本三古碑」と言われています。

ボランティアガイドさんが説明してくれましたが
こういう日本古代の石碑や石塔で現存するものはかなり少ないのです。
併設する多胡碑記念館に展示されていたパネルによれば、現存数は18です。そのうちのひとつが多胡碑です。

多胡碑には「3月9日」を示す文字が刻まれています。
いつもはガラス越しにしか見ることが出来ないのですが、3月9日に近い日曜日に毎年一般公開されます。

ある朝、新聞記事に「多胡碑・・・」とな。

読売新聞2024年3月7日朝刊 地域版より

ん?今週の日曜日だ。
・・と、急遽行ってみることになりました。

いつもはこんな感じに窓越しにしか見ることができません。

この日は扉が開いてました!

覆屋という建物の中に多胡碑は収められています。
扉は観音開きです。
ボランティアガイドさんが刻まれた文字や修復について説明してくれます。
たくさんの方が訪れてました。
今回、特別な日ということでたくさんのスタッフが説明していました。
観音開きの扉が開いたところから

こちらが「多胡碑」です。
ちょっと見映えがよくありませんが、下部の緩衝材は地震などで上の笠石が落ちて壊れない様にとの対策みたいです。

実はこの多胡碑。直方体の本体(碑身)の上に「笠石」という上から見ると台形状の笠が乗っています。
この笠石が割れていてその割れ目は前から見て後ろ側に配置されていたそうですが、ある時、向きが反対なのでは?との疑問が浮かび、各種調査をした結果、笠石の向きを180度回転したそうです。
それが令和5年12月からであり、令和6年3月10日の公開にて初の一般へ向けてのお披露目となりました。

多胡碑は地震等で笠石が落ちて破損しない様に緩衝材で保護されていました。
その緩衝材に説明されている左の図の様に180度回転したそうです。
後ろ側にあった割れ目が手前にきたって感じです。

今回、向きを180度回転させることで割れ目が前に見える様になります。
これを楽しみにしていました。しかし・・・

ん???  割れ目どこ??

そう、保存修理ということで、割れ目を繋ぐと同時に、目立たない様な補修もしたそうです。知りませんした~
古代の方々は当時、割れ目を隠すために笠石を180度回転させ後ろ側に向けたのではという説がある様ですが、わたしとしては、あえて割れ目の跡は残して見せるのも古代ロマンではなかったかな?と思う次第でした。

ちなみに説明してくれたボランティアガイドさんは、笠石が二つに分かれているところを見たそうです。
二つに割れた笠石の大きい方が約220kg 小さい方が約110kgだそうです😮😮 これにはびっくり。

さて、この多胡碑に刻まれた文字を紐解くことで古代ロマンへと繋がっていきます。

碑文を紐解くには「多胡碑記念館」へ行くことをおすすめします。
同じ敷地内にあり歩いてすぐのところです。

多胡碑記念館 入口

多胡碑の碑文に何が書かれているかは気になるところです。
碑文は6行80文字。
これまでに目にする石碑の中ではかなり読みやすい文字と思いました。
文字以前に結構薄くて何だろってありませんか?
多胡碑の歴史については、すぐ近くに設置されている説明ボードがわかりやすいです。

6行80文字の内容が説明されています。
国指定特別史跡です。

奈良時代の711年に今の高崎市山名町と吉井町にかけて新しく「多胡郡(たごのこおり)」という郡がつくられたことを記念して建てられた碑。
そして郡の長官になった「羊(ひつじ)」という人が多胡碑を建て、命令を出した4人の政府の人々の名が書かれている。
・・・とあります。

記念館の中には「多胡碑」のレプリカが展示されていますので全体の形、碑文も近くに寄って見ることができます。
館内は撮影可(一部不可)となっています。しかし、こうした投稿での使用についての注意記載もありましたので、ここでは控えておきます。

代わりに他の企画展にて撮ったレプリカの写真を紹介させて頂きますので全体を確認頂ければと。

群馬県立歴史博物館の企画展に展示されていたレプリカです。

多胡碑は吉井町にある牛伏砂岩(うしぶせさがん)の転石を用いてつくられています。そして碑身の上に笠石がのせられています。
おそらくこのレプリカの笠石は元の状態(180度前後逆)で割れ目は後ろ側にあります。

6行80文字の碑文が刻まれています。
ちょっと拡大してみます。

「上野國」「多胡郡和銅四年三月九日」なんてはっきりと読めますね。

群馬県立歴史博物館の展示より
碑はレプリカです。
多胡碑記念館のレプリカ写真ではありません。

吉井町にある牛伏砂岩(うしぶせさがん)の転石を用いてつくられています。そして碑の上に笠石がのせられています。

また、高崎市の山ノ上碑、金井沢碑とともに

「上野三碑(こうずけさんぴ)」
とも言われています。

詳しくは説明文を。
こちらも群馬県立歴史博物館企画展にて。

こちらも群馬県立歴史博物館企画展にてのレプリカ写真です。

金井沢碑
山上碑

これらレプリカは「多胡碑記念館」にて見ることができます。

最近知り得たことですが「多胡碑」「金井沢碑」「山上碑」の三つの石碑は
日本に現存する最古の石碑群であり、2017年に

ユネスコ「世界の記憶」

に登録されたのです。

「上野三碑めぐりバス」もあり、三碑をバスで巡ることもできます。

1月1日を除き毎日運行するそうです。
無料~ すごいサービスです。
こんな位置関係です。
電車で訪れてもアクセス良好の様ですね。

少し調べたら、三碑を歩いて回るコース設定なんかもある様で
別途検討して、今度はハイキングにて残り2つの碑も訪ねてみようかと思いました。

多胡碑記念館にて御朱印も頂きました。
3月10日の公開にあわせてのサービスみたいです。
ただ、配布分が終わっちゃったということで

日付が古いの(笑) 頂いちゃいました。
心遣いがうれしい😁

多胡碑記念館 歴史カードなるものも・・・

ゲット!! 素直に嬉しい

上野三碑かるた なんてのもあるのですね。

つないでく 多胡碑の軌跡 書とともに
いいですね。

さて 上毛かるたぶらり旅

「かるたの絵札に近い風景を撮影する」
という重要なミッションがあります!

こちらが『む』の絵札

上毛かるた『む』の絵札
許諾第04ー01100

撮った1枚がこちら!!

戸は開いてません😁
※2006年に訪れた際の写真です。
上毛かるたぶらり旅を最初に始めた頃の1枚。

いかがでしょう? 同じ風景に見えますか?

こちら 扉が開いてるバージョンにて
『む』の絵札により似ている風景が撮れました。
※今更気付いたけど、入り口開いてるね (笑)

以上、今回もよい旅となりました。
ここまで読んで下さりありがとうございます。

少しでも興味をもって旅をなぞって頂けるとすれば嬉しい限りです。

群馬へおいで~


以下はお時間、ご興味あれば・・・

こちら 2006年のブログ投稿となります。
皆さんの感想もたくさんコメント頂けて参考になったな~とあらためて・・

上毛三碑めぐりバス

ユネスコ「世界の記憶」登録決定 ※文部科学省サイト

ユネスコ「世界の記憶」について ※文部科学省サイト


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