新米女社長の裏話 ~人と100%分かり合うなんて無理。理解されなくて当たり前だと諦めがつく話~
おはようございます。昨日、知人から「これは名曲!」って送られたこの曲。PizzaLoveさんの「諦めましょう」。
脱力系でいいですね。
私が「人間はどんなに親しい人でも100%分かり合えることはない」「自分を理解してもらえたらラッキー。そう簡単に理解なんか得られない」と諦めがついたのは、英語を話すようになってからです。
帰国子女なわけではないので、最初から話せたわけではないです。なので、全日制の語学学校に7か月通っています。生徒は日本人だけど、講師はもちろん外国人だし、校内は日本人同士でも日本語禁止という環境で習得しました。
英語は公用語なので、色々な国の人が話します。なので、育った環境が全く違う。宗教も違う。「リンゴ」といえば、多くの日本人は赤いリンゴを思い浮かべますが、国や出身地では青りんごかもしれないし、黄色がかったものかもしれません。2011年度に小学5年生から英語は必修となりました。たぶんかなり初期の頃に習う「apple」という単語一つでも、バックボーンの違いで、同じものを思い浮かべるとは限らないのです。
だけど、日本人同士だと「同じ国で育って、日本語を話しているんだし、分かり合える」と思ってしまいませんか?私は昔から、ベンチャー系の小さな会社ばかりにいたので、大手企業にいた友人などは、話していても世界が違い理解できないことが多々あります。日本人でも産まれた年代、育った背景が違ったら理解できないですね。
「家族だから」「親友だから」「恋人だから」分かって欲しい!そう願っても100%理解し合うことはできないですよね。理解してもらえたらラッキーくらいの気持ちでいると楽になれると思います。
私は発達障害グレーゾーンですが、発達障害や精神疾患、障害などがあると「もっと理解して!」と思うことも多いですね。だけど、発達障害だから、そうじゃないから分かり合えないのではない。人間はそもそも分かり合えないという前提で生きたほうが気楽に生きられると思います。
昨日は村田らむさんのこんな記事が読まれました。
ものすごいリアルな話です。ぜひ読んでみてください。
では、週の終わりを「ほどほど」「そこそこ」頑張りましょう!
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