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第九ひろしま2024

■2024年12月15日(日) 開演 15:00 / 開場 14:00
広島:広島サンプラザホール

Artist
指揮=沼尻竜典
指揮・ピアノ=角野隼斗*
管弦楽=広島交響楽団

ソプラノ=船越亜弥
アルト=山際きみ佳
テノール=濱松孝行
バリトン=友清崇

Program
曲目:
ガーシュウィン:サマータイム(連弾)
ガーシュウィン:アイ・ガット・リズム(連弾)
ガーシュウィン:ラプソディー・イン・ブルー(弾き振り)*

ソリストアンコール
ショパン:華麗なる大円舞曲

ベートーヴェン 交響曲第9番ニ短調 Op.125「合唱」

螢の光

はじめに

日本の年の瀬を締め括る音楽と言えば……そう、ベートーヴェンの第九です。
今回はどんなコンサートになるのだろうとワクワクしながら開演を待ち望んでいると、ここでまさかのアナウンスが。

「14時40分より、合唱の練習を行います」

ええっ!?とびっくり。
対象者はまさかの観客

なるほど、だから配られたプログラムに楽譜がついていたのですね。
しかも、よく見てみたら、歌詞にカタカナと平仮名でわかりやすく読み方まで書いてくれています。
黒い紙に銀色で字を印刷しているのは、視認性を良くするためだそう。

合唱指導の先生の一人がステージ上に上がって、教えて下さいました。
最初はららら読みで、メロディの流れを掴み、次は歌詞付きでの歌唱。

「皆さん、付いて来れていますか?
まだ諦めないで下さい(笑)。
ここからが本番ですから」

意外とスパルタ(!)に煽る感じのトークが楽しい、面白い先生でした。

連弾

開演時間がすぎると、司会の横山さんによるトークが。
今年は色んな節目が重なっている年なのだとか。

ベートーヴェンの第九が初演されて200年。
日本で日本人による第九が演奏されて100年。
広島で第九が演奏されて40年。
横山さんが司会を務めて20年。

そして、コロナ禍でしばらく中断していた、観客の合唱参加が5年ぶり。

合唱団は下は6歳から、上は90歳超えまで幅広く、エリザベト音大の学生さんも参加されており、ピアノはそちらからお借りしているものとのこと。

そんな解説の後、ぱっとライトが落ちたかと思うと、舞台の上に設置された巨大スクリーンに映像が映し出されます。
第九ひろしまのこれまでの歴史が紹介されている中、ステージに人影が二つ、舞台の左袖から現れました。
彼等はピアノの前へと移動して行きます。
映像が終わり、明かりがついて見えた姿は、沼尻マエストロと角野さん。

そう、これから二人で連弾されるのです。

椅子は高低差があるセッティング。
左が高くて、右が低い。

開演前からこの椅子を見て、角野ファンにはにやりとされた方も多かっただろうと思います。
と言うのも、角野さんは低めの椅子を好まれるので知られているんですよね。
コンサートで座った後、椅子のネジを回して、ストーンと下げる姿がこれまでしばしば目撃されていたりします。

今回も恐らく角野さんは低い方に座るのだろうなと予想していましたが、やはりそうでした。

紙の楽譜が開かれているのを、二人で覗き込みながらの演奏。
当日まで選曲は伏せられていたかと思いますが、選ばれたのはガーシュウィンの曲が二つ。
サマータイムと、アイ・ガット・リズムです。

アイ・ガット・リズムは角野さんのYouTubeチャンネルでもお馴染みの曲ですし(ちなみに、今回は変奏曲バージョンではありませんでした)、サマータイムはちゃんと聴いたことはなかったのですが、めちゃくちゃ聴き覚えのあるメロディ。

ガーシュウィンの明るい音色を、軽やかに二人が奏で、会場の空気を温めて行きます。

途中装飾音を入れてみたり、楽しそうに弾く角野さんを、低音部で堅実にあたたかく支える沼尻マエストロ。

思ったよりも、あっという間に二人の演奏が終わってしまい、もっと聴きたいなと感じました。

トークタイム

連弾を終えて、一度舞台袖に角野さんが消えた後、司会の横山さんによる楽しいトークタイムがありましたので、覚えている限りを書き留めてみました。
詳細については異なる部分があるかと思いますので、あらかじめご了承下さい。
大まかにこんな雰囲気のお話をしていたんだなと言う感じで、おおらかに受け止めていただければ幸いです。

横山「今年のゲストはピアニスト、角野隼斗さんです。
今回は角野効果で、全席完売
客席に背を向ける形でピアノが配置されているので、
『背中、お尻しか見えなかった!』
と言うことがないように、今からしっかり見てもらいますよ(笑)。
角野さん、どうぞ――皆さん、生角野さんですよ!」

再びステージに上がる角野さん、マイクを掴むや否や、「そんな生チョコみたいに言わないで下さい(笑)」
とツッコむ(笑)。

横山「角野さん、このピアノの配置ってよくあるんですかね?」

角野「いや……そんなに見たことはないですね」

横山「この配置で弾かれた経験はどうですか?」

角野「この形で弾き振りをするのは二回目ですね。
前にテレビで一度やったんですけど、沼尻さんに『今回もやってみたら?』と言われたのがきっかけでして。
僕が弾き振りで緊張するように、沼尻さんも今日の連弾の前には結構緊張されていたんじゃないでしょうか。おあいこですね。
ちなみに、今回演奏するラプソディー・イン・ブルーも、初演から今年でちょうど100年になります」

横山「角野さんはかてぃんと言う名前で、YouTubeのチャンネル登録者数が140万人、総再生回数が二億回。
YouTubeの動画には七歳十歳の頃の演奏が載っています。
昔からずっと演奏はされていたと思うんですけど、本格的に演奏活動を開始されたのは2018年からでしたっけ」

角野「そうですね。その位からです。演奏は趣味で続けていましたね」

横山「あの――角野さんについては、観客の皆さんの方がよくご存知だと思うんですけど、一つ触れさせて下さい。彼は何と……東京大学卒業なんです!!
しかも理学部、ですよね……?」

角野「工学系ですね。〇〇〇〇※です」
※学部名が長過ぎたので、聞き取れませんでした。

横山「卒論ってどんなことを研究されていたんですか?」

角野「『独立深層学習行列分析に基づく多チャネル音源分離の実験的評価』※についてですね」

早口で澱みなく喋る角野さん、まるで呪文みたい(笑)。
※リアルタイムでは一部しか聞き取れなかったので、後でCiNiiにて論文名を検索しました。

つらつらと話し終えた後、角野さん、ぼそりと「今何気なく喋ったけど、よく思い出せたな俺」と呟いていたのが妙にツボでした(笑)。

横山「具体的にはどんな内容だったんですか?」

角野「長くなりますよ(笑)」

横山「研究が演奏に役立ってることはあったりするんですか?」

角野「ありますよ。えっと、感覚的に演奏することはあるんですが、その音を分析して、裏付けを取るんですね。音と言うのは波で、波をスペクトルに変換して分析をすることによって、感覚的だったものに裏付けが出来るんです。
そうすることによって、より自信を持って弾けるようになったりしますね」

言葉を選びながらわかりやすく話そうと努めていらっしゃる様子でしたが、まだ難しいですよとツッコミたくなるお話でした(笑)。

横山「いやぁ、しかし何でもお出来になられますね」

角野「いやいや、そんなことないですよ。ピアノがちょっと弾けるだけで、他は普通です」

横山「勉強『も』出来ますよね?(にっこり)」

角野「ふつ……いや、出来ます! 出来ます!」(会場笑)

横山「音楽が出来て、勉強も出来て、そしてこの顔ですよ、皆さん!」

角野「(照)」

……みたいなトークだったかと思います。

ラプソディー・イン・ブルー

そして、いよいよ角野さんの弾き振りによる演奏が開始。

今まで何度もオケとこの曲を演奏されて来た角野さん。
その時の指揮者やオケの方によって、テンポ感が結構違っており、それに巧みに併せて弾いていらっしゃいましたが、今日はその部分も自らコントロール出来ると言うこともあってか、聴いているこちら側も、とてもノリやすく、耳馴染みの良い演奏でした。

ピアノの演奏がない所では振り、振れない場面でもピアノでみんなを引っ張っていらっしゃった印象。

後でSNSの感想を色々と読んでみた所、リハでは途中を省略して演奏していたため、広響の皆さんもカデンツァは本番初めて聴いた(!)のだそう。

適度な緊張感のある空気の中で、楽しい演奏をされているなと言う印象でしたが、いつカデンツァから帰って来るかわからないドキドキな感じだったとは。
それでビジッと決められるプロってすごい。

前半のカデンツァは楽譜からはみ出すと言うより、音の厚みや幅を広げるような演奏で、より色彩鮮やかにガーシュウィンの音楽の世界を描き出しているような、そんな印象を受けました。

過去にもカデンツァを入れていた中盤のとある箇所では角野さんは両手をクロスして演奏を開始し、カデンツァに入る直前に指パッチンが。
おっ、ノッて来られたかなと思ったら、ここから美しい音楽の幻想空間がホールにぶわんと広がりました。

今が十二月のクリスマスシーズンで、ステージも端に赤いポインセチア(と思われる植物。違っていたらすみません)が並べられており、祝祭感溢れる空間からインスピレーションを受けられたのか、私がそれに影響されたのかわかりませんが、夜のNYで、静かに雪が振るホワイトクリスマスの美しい風景が眼前に広がって見えたのです。

角野さんの演奏は時折、魔法みたいな世界を見せてくれるなと思っているのですが、今回もとびきり素晴らしい世界を覗かせて頂きました。

夢のような体験に没頭して聴く余り、記憶が曖昧なのですが、この辺りで第九の合唱のワンフレーズがさりげなくカデンツァに組み込まれていたような思います。
違和感のない繋げ方でかつ、第九のメロディが祝祭感をより高めるような音になっていて、とても素敵でした。

そこから、ラテンのノリのようなカッコ良いカデンツァへ。
歯切れの良い音色は変わらず、いつもよりも多めに指が回っておりますと言うような、疾走感溢れる演奏であっという間にクライマックスへ!

夢の時間はいつもあっという間ですね。
本当にもう一回、あの場所に戻って演奏を聴いてみたいなと思います。

華麗なる大円舞曲

カーテンコールの後、角野さんがアンコールに選んだのはショパン。
以前は音の粒がきらきらと輝く幻覚が見えるような演奏でしたが、今日は何だかあたたかみのある音色です。

ショパンがサロンコンサートをしている場所を、クリスマスシーズンに、ツリーを飾りながらみんなで暖炉を囲んでいる部屋に移したような、そんなイメージが浮かぶ演奏でした。

同じソリスト、同じ曲でもコンサートによって感じ方が変わるので、やっぱり生演奏を聴きに行くのはやめられません!

第九

そして、本日のメインディッシュ、第九です。
過去に演奏を聴いた時には感じなかった、詩的な美しい風景が次々と脳裏に浮かび、至福のひとときでした。

合唱に参加する機会があり、出番が来る前までの間は緊張感もあって、感覚がいつもよりも鋭敏になっていたことが、音楽の聴き方に影響を与えていた点は否めないと思います。

とは言え、それを差し引いても、沼尻マエストロと広響さん、歌手の皆さん、合唱団の皆さんが生み出した音楽の世界はとても美しいものでした。

第一楽章の冒頭部の何か新しいものが始まることを予感させる音が聴こえたかと思った直後、バーンとぶちかまされる迫力の演奏は、まるで別の世界への運命の扉を叩くような音色で、ぞくりとさせられました。

ドラマチックな演奏は、色んなことが起きるこの世の中を、もがきながらも、何とか前を向いて生きている人間を描いているよう。

第二楽章、早いテンポで刻まれる音色。
運命にせき立てられるような切ない音に胸がギュッと掴まれたような感覚になりました。

そこから少し曲調が明るくなります。

希望を胸に、決然と前を向き、仲間と思いを一つにして、歩みを進めて行く人達の姿が目に浮かぶようです。

第三楽章は、全体を通して天国の入り口にいるような、あたたかくて穏やかな雰囲気が漂っていました。

みんなの未来へのふわっとした希望の想いが、次第に寄り集まって、七色に色付き、きらきらと輝き出します。

第四楽章、みんなの想いが空の分厚い雲に風穴を開け、上空からステージに天使の梯子が降りて来るイメージが見えました。

そして合唱。

事前に客席側のライトが点いたら、それが合図なのですぐ立って歌ってねと言われていたのですが、ライトがふわっとした点き方で、「あれ、立って良いの?」と戸惑っているうちに歌がスタート。
慌てて歌う私(笑)。

しかし、歌っているうちに、高揚感と共に、自分が音楽の一部になって、歌詞の通りにみんなと兄弟のように心が繋がる感覚に、ほんのひとときですが、なれた気がしました。

素晴らしい音楽体験。

第九の合唱に毎年参加される方もいるとは聞いていましたが、歌ってみたら参加したくなるのにも納得しました。
年の瀬に第九を日本各地で歌う文化って、何て素敵なんでしょう。

五年振りに観客の参加を決めてくれて、企画された皆さんに感謝。
たまたまそのタイミングで歌うことが出来て、幸せです。

螢の光

この日は入場時にペンライトを渡されており、最後にみんなで一斉に点灯して螢の光を歌いながら、それを振って下さいとお願いをされていましたが、この時、ちょっとほっこりする場面をお見かけしたので、それも思い出に書いておこうと思います。

第九の演奏後、歌唱されていた歌手の四人と角野さんへの花束贈呈が行われ、最後は関係者全員がステージの端に並びました。

この時突然、客席の最前列周辺の左上側に座っていた皆さんが、一斉に席を立ってステージに上がって行かれて驚いたのですが、司会の横山さんが、合唱団の指導をされた先生たちだと紹介されて、納得しました。

そして、さあ、みんなでペンライトをポキっと折って、光らせて振ろうと言う時になると――ソリストの四人が苦戦。
花束を持ったままだと、上手くペンライトを点灯出来ない様子(笑)。

角野さんはしばらくの間、格闘して、ペンライトをぶんぶん振ってみたりされていましたが、結局上手く光らず、そうこうするうちに曲が始まって、やむなくそのまま振っていらっしゃいました(笑)。

何だかほっこりする光景でした。

ステージ上は明るくライトで照らされていたので、ペンライトはあまり目立たなかったので、余り問題はなかったかもしれません。

おわりに

ここまで書くのに思いの外、時間がかかりました。
演奏を聴いた際の体験が自分にとっておっきなもので、感情の整理と言語化が大変だったためですが、何とか形に残せて良かったです。

長くなりましたが、ここまで読んでくださってありがとうございました。

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