言語化する大切さ

なんだかモヤモヤする。この感情は何だろう?伝えたいのにうまく言葉にならない。そんな事を思う事はないだろうか?
そんな時は毎日日記をつけてみよう。人に見せるための日記ではなく、自分だけが見るためにつけてみよう。カッコよく書こうとか、頭よく見せようとかそういう事を思って書いた文章からは、いい言葉は生まれない。毎日の感情の変化などから自分自身の感情に名前をつけるのだ。
日本語にはたくさんの言葉がある。伝わりやすい表現もあるし、難し過ぎて知らない単語を使っても伝わらない。皆んなが知っている言葉の範囲でぴったりの言葉をセレクトできるのが1番大切だ。
感情を言語化しよう。
使う相手によっても言葉は変わってくる。まずは相手を分析するところからスタートしよう。
そして、自分の中で使う言語の範囲と言葉遣いをセレクトする。人によって少しずつキャラクターを変えれたらbetter。
どんな自分も自分である。自分は常に白色で、話していく中で色付けしていく。
そんな自分でもいいじゃないか。

ところで、自分はどんな自分でいるときが好きなんだろう?相手が自分の話で笑ってくれて楽しんでくれて、私の弱さを放置してくれる人が好きだ。
そんな人といるのが1番気楽だ。
感情に寄り添われるのはなんとなく苦手だ。
自分から面白さが消えていく気がして。
自分自身は病んでる自分は好きじゃない。そんな一面を見せた時、寄り添ってくれるよりは笑い飛ばして欲しい。悲しみに同調されると悲しみが増える。
闇から抜けられなくなるから。私にとって私が好きな自分でいさせ続けてくれる人が好きだ。違う感情を入れてくれる人は大切だ。自分が嫌いな自分を認められているような気がして。
一刻も早く好きな自分に戻りたい。それが自分でコントロールできるように頑張りたい。
最後独り言になってしまったが、
私にとって私の好きな自分でいさせ続けてくれる。
これは今後誰といたいか?と考えた時に大切な答えだと思った。
どんな自分も受け入れてくれるより、好きな自分を好きでいてほしい。

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