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英国屋の魔女

梁島直人の編


あらすじ

真冬の北海道小樽市。
国道五号線から一本の細くて急な坂道へ入り、その頂まで登ったところにある小さなお店。 白髪を薄い桃色に染めた初老の女店主と、一匹の黒猫。客はだれもいない。そこに並ぶ商品はどれもスピリチュアルの聖地イギリスのグラストンバリーから仕入れた物ということだが......

イラストはイルカさんに描いていただきました❤︎
https://twitter.com/neko20000000

坂の上のドロシー


——カラン。
青年がその店の重厚なドアを開けると同時に、中から黒猫がすり抜けるように外へ出ていった。

「いらっしゃい」

若いような年寄りのような不思議な女性の声。
声の方に目を向けると、そこには白髪をうっすらと桃色に染めた初老の女がいた。

ここは北海道小樽市にある『英国屋』という名の小さな店。
客は誰もいない。そもそもこんな立地条件に店を建てるなんて、ここの店主は商売をする気があるのだろうかと、見るものは皆思うことだろう。

周りにあるのは古い住宅が数軒だけ、一本の細い道路沿いに建てられている。
国道五号線を右折してその細い道に入ると、根雪になった道路の上は四輪駆動車でないと登れないほどの急な坂道だった。
その頂上にある一軒家兼店舗が、ここ英国屋である。

癒されるような不思議なインストゥルメンタルミュージックが流れ、お香の煙がふわっと何処からともなく漂ってきた。

店の中にある大きな正方形の窓からは、真冬の荒れた日本海が見える。防波堤にぶつかった波が真っ白な飛沫しぶきを上げて飛び散った。それは外を見るための窓であるはずなのに、青年の目には額縁の中に飾られた美しい絵画のようにも映っていた。

「猫を見なかったかい?」
「あ、えっと、さっき外へ出て行きましたけど」
「もう一度ドアを開けておくれ。こんな時に外へ出たままだと凍え死んでしまうからね」
「はい」

青年はさっき自分が入ってきたばかりの入り口のドアを再び開けると、余程寒かったのか、さっきの黒猫はまたするりと中へ入ってきた。

「ヤマト、おいでヤマト」

そう呼ばれた猫は、女がいるカウンターの上に音も立てずに、すっと静かに登った。そして猫と女は同時に青年へと目を向ける。
どうやら準備が整ったようだった。

♦︎
 
青年は急いで鞄の中から名刺入れを取り出して、一枚差し出した。

「あの、私はこういう者です」

女は名刺を受け取ると、金色のチェーンで首にぶら下げていた老眼鏡を取って掛け、珍しい物でも見るかのようにじっくりと名刺を見つめる。ひっくり返すと裏側は英語で書かれていた。

「Naoto Yanashima」

女がぼそっと名前を読み上げると——

「はいっ。小樽市観光開発局の梁島直人やなしま なおとと申します。本日は英国屋様の取材をさせていただきたく伺いました」

青年は若く、まだ大学を卒業したばかりのような容姿。黒のダッフルコートの下に着ているのは、おそらくリクルートスーツに毛の生えたようなものだろう。さっき名刺を取り出した鞄も、もしかしたら就職活動の時に使っていたもののままかもしれない。

「メールで連絡を頂いていた方だね」
「はいっ。本日はどうぞ宜しくお願い致します」
「そうかしこまらないでおくれ。私は名刺も何も持ってないからね」
「では何とお呼びしたら宜しいでしょうか?」
「じゃあドロシーと呼んでおくれ」
「ドロシーさん……ですか?」
「ああ、この辺じゃドロシーで通ってるんだよ」

青年は驚いた表情を浮かべ、店主の顔をまじまじと見た。初老の女はミディアムボブの白髪を桃色に染めてはいるが、昔は黒髪だったはずだ。顔だって日本人顔のように見える。
しかし詳しい事情を聞くのは失礼かもしれないと思った青年は、それ以上名前については問わないことにした。

「では取材を始めさせていただきます。ドロシーさんは、いつからこのお店を始められたのですか?」
「二年前からだよ。英国から帰ってくる時にあれこれ向こうで仕入れてきたのさ。私は元々向こうに長く住んでたんだ。グラストンバリーっていう小さな町さ。そこには色んな者がいたね。魔法使いに、魔女、妖精、小人……」
「えっ? ちょ、ちょっと待ってください。小人?」

老眼鏡を外して首からぶら下げると、女は青年の目をじっと見つめた。
他人から目を見つめられることに慣れていない青年は、耐えきれずに視線を猫へと移した。

「ふんっ。その様子だと梁島さんは小人をまだ見たことがないんだね」
「小人というか、魔法使いも、魔女も、妖精も、全部見たことがありません」

女は一瞬眉を上げ、額にしわを寄せると、椅子から立ち上がった。その椅子は木製でアンティークショップから買った物なのか、随分と年季が入っているようだ。座面にはパッチワークで作られたクッションが敷かれている。女はよくわからない硬そうな布でできた膝掛けを畳むと、クッションの上に置いた。

「ド、ドロシーさんは、そういうひとぉ……人たちにお会いしたことがあるんですか?」
「当たり前さね。グラストンバリーはそういう者たちが住む町だからね」
「グラストンバリー……ですか」
「そうさ。彼処あそこにはあらゆるエネルギーが集まっているんだ。霊感の強い者は魔術を身に付けることもできるし、そうじゃなくても妖精や小人たちが力を分けてくれることもある」
「は、はぁ……」

青年は頭をいた。この初老の女は痴呆ちほうなのか、それとも女の言うことが本当で自分が無知なだけなのか青年には判断が付かなかった。

「まったく。こりゃ何でも教えてやらんといけなさそうだね」
「はい。私、異国のことは殆ど何も存じていませんので、詳しく教えてください」

青年はこの店の取材に来ている。店主の言う事を聞くのが仕事だ。青年は腹をくくってとりあえずこの女の話に耳を傾けることにした。

「じゃあ店の中の物を見てごらんよ。ここに置いてる商品は全部そういう者達から仕入れたものさ」

そこで青年は、やっと英国屋で売られている不思議な商品に目を向けた——


魔法の杖


青年は店内を見渡した。緑を基調とした意外と広い店内の一番手前にあるテーブルに目を向けると、そこには古そうな長方形の箱が置かれていた。近くに置かれた小さな紙に【黒竜の血の杖】と書かれている。

箱の蓋は開いていて、中が見える。箱を手に取ってよくよく見てみると、そこには魔法の杖のようなものが入っていた。

「黒竜の血の杖、ですか」
「その杖にはドラゴンの血が入ってるんだ。持ってもいいけど振ったらダメだよ」
「……はい。ちなみに、もし振ったらどうなるんですか?」
「そんなのわからないよ。杖は人を選ぶからね。梁島やなしまさんに魔力が備わっていれば何かしらの反応がある。大事な商品を吹き飛ばされたら困るからね。念の為、振らないでおくれ」
「わかりました」

青年はそう言ったが、本当はまるで納得できなかった。たかが杖ではないか。振ったからどうにかなるものではないはずだ。
杖が入った箱の横に貼られた値札のシールを見ると、三万円と書かれていた。

「結構高いんですね」
「そうさ、ドラゴンの血は貴重なんだ。あんまり安く売ったら私の儲けがなくなってしまうよ」
「これは誰から仕入れたのですか?」
「魔法使いに決まってるだろう。小人がそんな杖を振れるわけがないからね。グラストンバリーのハイストリートに店を構えるペンドラゴンさんからだよ」
「ペン……ドラゴンさんは、その……ドラゴンと関わりがあるのですか?」

青年がそう聞くと、女は大きな声を出して笑った。

「あっはっはっは」

猫がカウンターから降りすっと何処どこかへ消えていった。静かな場所が好みのようだ。

「あんた可笑しなことを言うね。ペンドラゴンさんはただの杖売りさ。それより梁島さん、一体どうやってドラゴンと関わるって言うんだい?」
「え、あ、そうですね。すみませんでした。ではこの杖に使われているドラゴンの血は何処から?」
「それはきっと中国から手に入れた物だろう。ルーマニア産ならもっと値が張るからね。それを何処かの杖職人が杖に流し込んだのさ。ペンドラゴンさんは、確かその杖を古い魔道保管庫から見つけ出したと言っていたよ。あの人は凡ゆる所から杖を見つけてくる魔法使いだからね。どうだい、不思議なことなんて一つもないだろう?」
「なるほど。わかりました」

青年は納得した風の返事をしたが、実際はやはり全く腑に落ちず狐につままれたような顔をしている。それに気づいた女はこう言った——

♦︎

「実際に見てみないとわからないかね。ちょっと貸してごらん」

言われるがままに青年は杖の入った箱を女に渡した。女は何の躊躇ためらいもなく商品であるその杖を箱から取り出すと、右から左へそして上へと杖をゆっくりと振った。

すると——

さっき奥の方へ消えていった猫が、足も動かさずにまるで床の上を滑るようにこちらへ戻ってきたではないか。そしてジャンプをするわけでもなくそのまま宙を浮き、再びカウンターの上に乗った。

「えっ!!!」
「魔法を見るのは初めてかい?」
「まほっ、今のは魔法ですか?」
「ああ、あんたさっき魔女を見たことがないって言ったけど、もう見てるんだよ」
「ああっ、えっ! どどどど……ドロシーさんは魔女なんですか?」
「当たり前さね」

そして女はまた杖を振った。今度は窓の方に向けて上から下に。するとブラインドがサッと降りて外の景色が見えなくなり、元々薄暗かった店内はさらに暗くなった。そこで女は杖を箱に大事にしまうと、巨大な紫色の蝋燭ろうそくに火を灯した。

「あんまり若者を脅かすのはよくないね。こんな吹雪の日にあんたに腰を抜かされたらこっちが困ってしまう」

腕時計を見ると時刻は午後四時半。もう外は暗くなってきていた。

杖が箱の中に収まったことに青年は安堵した。もう女はこれ以上魔法を使わないようだった。
だがその時、一瞬、外がピカっと光った気がした。すると数秒後にゴロゴロという雷鳴が遠くから聞こえてきた。

「雷ですね。冬なのに珍しいな……」
「真冬の雷は危険だよ。ドラゴンが怒ってるんだ」
「え……ドラゴンですか?」

さっき魔法を目にしてしまった青年は、この女の言うことはボケた老人の戯言たわごとではないと思い始めていた。

「もう少し取材とやらを続けるといいよ。今外に出ると危ないからね。そうだ紅茶は飲むかい?」
「あ、はい。ありがとうございます」

女は奥にあるキッチンへ行く前に、何やら猫に小声でひそひそと話してから行った。青年は一体何事だろうと思ったが、この店では不思議なことが普通なのだと思い、深く考えることを諦めた。


猫にオススメされた商品


一人になった青年はもう一度、店内を見渡してみた。
ここにある商品を記憶して、職場に戻ってから「小樽見処MAP」に載せる英国屋の紹介文とおすすめ商品の記事を書くのが彼の仕事なのだ。

この店の主な商品は——

エルフの形をしたフィギュア、タロットカード、蝋燭ろうそく、お香、魔法に関する本、アロマオイル……。

「アロマオイルか。手頃でいいかもしれないな」

この店のアロマオイルはどの香りも千円のようだ。
青年がアロマオイルに興味を示していると、猫がアロマオイルの棚に静かに飛び乗ってきて、前足で試供品の一つをコロンと倒した。これがオススメだと言わんばかりに——

驚いた青年は、倒された試供品の小さな濃紺色のガラス瓶を手に取ってみると『Focus』と書かれていた。小さな文字の説明文を読むと、これは複数のエッセンシャルオイルが調合されたものらしい。

蓋を開け、鼻から香りを吸い込む。
青年の鼻腔をくすぐったのは、甘くて酸っぱくてミントのようでにがそうな奇々怪々とした香り。思わず鼻を遠ざけてしまった。

「それには仕事がはかどる魔法が掛けられてるんだよ」

盆に二つの紅茶のカップを乗せて女が戻ってきた。

「あんた、この後まだ仕事が残ってるんだろ?」
「はい。今日はこれから英国屋様の記事を書く予定なんです」
「それなら思いっきり嗅いでおくといい。後で効果がわかるさ」

そう言われると青年は、先ほどの少々苦手な香りをうんと嗅ぎ取ってから、試供品の蓋を閉めた。

瓶を元に戻し後ろを振り向くと「ヤマトはいい子だね〜」と言いながら女は猫の頭を撫でている。

「あのっ、ここのアロマオイルには全部魔法が掛けられているのですか?」
「当たり前さね。魔法の掛かってないアロマオイルに何の価値があるって言うんだい」
「そう、ですね」

やはりこの店は変だ。しかしそれは青年にとって、いい意味でエキセントリックだった。紅茶を受け取った青年は、魔法のアロマオイルの効果でどれだけ仕事が捗るのか、職場へ戻って仕事をするのが待ち遠しくなってきていた。

 ♦︎

「さっき真冬の雷は、ドラゴンが怒ってると仰ってましたね?」
「ああそうさ。真冬の雷はね、『竜の巣』といわれる巨大な雲から落ちるんだよ」

女は静かに深呼吸をし、自分の人生を振り返るようにゆっくりと話し始めた。

「飛び族といわれる魔法使いがいてね、私が若い頃は、パブでアブサンのさかずきを交わしながら彼らの逸話を何度も聞かされたんだよ」

アブサンというのが何か青年にはわからなかったが、きっと酒か何かだろう。青年は女の話をさえぎらずそのまま耳を傾ける。

「飛び族は空を飛ぶことのできる魔法使いさ。彼らは真冬でも寒さなんて一つも感じずに何処までも高く飛べるんだ。ほうきなんて物はただの飾りだよ。本物の飛び族は身体一つで飛行機のように飛ぶんだからね」
「カッコイイですね」
「言っとくが私にはできないよ。魔法使いや魔女にも色々とタイプがあるのさ」
「その飛び族の方々は、竜の巣を見たんですか?」

そこで女は口を開けたまま一瞬迷い、青年から目を背けるとパチンと指を鳴らした。すると先程まで流れていたスピリチュアル風な音楽が止まり、明るいジャズに変わった。

この店内で流れる音楽はどれも歌がなく会話の邪魔にならない。音楽がジャズにシフトしたことで、店内は何処どことなくノスタルジックな雰囲気に包まれた。

「ニャア」と猫が一つ鳴くと、再び外がピカっと光り、先ほどよりも大きな雷鳴が鳴り響いた。

これはまだ暫く帰れそうにないな——
そう思いながら青年は音につられて窓に目を向けたが、無地のブラインドが下りた正方形の窓はまるで文字が一つも印刷されていない辞書のように、青年に何一つ情報を与えてくれなかった。

そして再び女へと視線を戻すと、様変わりした女の容姿に青年は目を丸くした。

女が若くなっている——!


竜の巣

 
青年は二十四年間のこれまでの人生で、この瞬間ほど我が目を疑ったことはなかった。

ついさっきまで目の前にいたのは初老の女だったのに、今は自分と同年代の女性になっているではないか。
長身痩せ型、髪は黒くストレート。
背筋がピッと伸びた女性の胸元には、先ほどまでぶら下がっていた老眼鏡が消えていた。

「ド、ドロシーさん?」

しかし女性は自分の姿が変わったことに気付いてないのか、物寂しそうな表情を浮かべ、一つ前の青年の質問に静かに答え始めた。

「昔ね、数人の勇敢な飛び族が、真冬にだけあらわれる未開の竜の巣の中へ飛び込んで行ったの。それは空に浮かぶとても大きな積乱雲のような雲らしいわ。飛び族たちの間に伝わる竜の巣の伝承を信じて、彼らは其処そこへドラゴンが本当にいるか確かめるために飛んで行った。でもその時、帰って来れたのは一人だけだった。その彼は怒り狂ったドラゴンが放つ雷を幾つも見たと言っていたわ。竜の巣の中には、本当にドラゴンがいたのよ」

「貴重なドラゴンが其処にいると分かると、危険を顧みないイギリス中の飛び族たちが集まってドラゴン狩りに向かった。だけど......、巣の中にいる何頭ものドラゴンにはとても太刀打ちできなかったの。私の知り合いも全員そこで亡くなったわ」
「そうだったんですね」

若い女性は深い悲しみで細い肩を震わせている。
こういう時に掛けてあげるべき言葉を、青年はうまく選ぶことができなかった。
気持ちばかり焦る自分の未熟さに、虚しさだけが通り過ぎた。

「私たちが扱うことができるのは、巣から落とされたドラゴンだけよ。滅多に落ちてこないからドラゴンは神話のように捉えられているわ。でも全くいないわけじゃないのよ。中国にもルーマニアにも天から落ちてきたドラゴンがいたんだから」

(信じてもらえないかもしれないけど)と聞こえたような気がした。
そして(信じますよ)と言いたい気持ちになった——

「さっきの黒竜の血の杖に入っているのは、巣から落ちてきたドラゴンの血なんですね」
「そうよ。とても貴重なものよ」

「私に買わせてください」

青年は彼女の話す言葉の全てを受け入れたくて、そのためには、この杖を買うのは自分でなくてはならない。そんな気がしていた。

この店に入った瞬間から、彼女が発した言葉は全て真実だったと思いたい。野暮ったい冗談でも老人のれ言でもなく。

この杖を持ち帰ることで、青年は今日の不思議な体験を一生記憶に残すことができるのではないかと錯覚した。

 ♦︎

「あの、記事に載せる写真を撮らせていただきたいのですが、ドロシーさんを写してもよろしいでしょうか?」

青年はできればこの若い姿のドロシーを写真に収めておきたかった。

「私を撮るならヤマトと一緒にお願い。その方が美人に見えるから」
「わかりました」

猫と一緒に写ると美人になる?
そんな事をしなくても今、青年の目の前にいる女性は、彼の瞳にはとても眩しく映っている。青年は若い姿のドロシーに心を惹かれていた。

ポケットから取り出したスマートフォンで、ドロシーと黒猫、そして店内の一部が映り込むように何枚か写真を撮った。
シャッターを切った時のドロシーの気取らない笑顔は、しとやかで、うるわしくて、青年の目に焼きつくほどの愛らしさに溢れていた。


ドロシーからのプレゼント


「如何でしょうか?」
「おっ、梁島やなしまにしては仕事が早いじゃないか。どれどれ?」

——本場英国のスピリチュアルの聖地、グラストンバリーから仕入れた本格魔法アイテム

職場に戻った梁島が一気に書き上げた英国屋の記事を、翌朝、上司が早速チェックしていた。

「うんうん、全体的に良さそうだぞ。今回は初めて赤入れなしの一発合格の可能性があるな」
「本当ですか?」
「ああ。それにしても今回のは随分と熱のこもった紹介文だなぁ。そんなに良かったの、英国屋?」
「はい! 実を言うと、あまり人に紹介したくないくらいなんです……」

「へぇ〜。しっかしこの婆さんも、小樽のこの立地で一人で店をやりくりしてるとは立派だねぇ」

あの時、青年がスマートフォンで写真を撮り終えて前を向くと、残念なことに女は最初に見た時の白髪の初老の姿に戻っていた。写真の中のドロシーもだ。
しかし青年が目にした若い女性は、決して幻覚などではない。あれはドロシーの若い頃の姿なのだ。昔の強い記憶を思い出したことで、勝手な魔法が悪戯いたずらしたのかもしれない。

「おすすめ商品は、仕事のはかどる魔法のアロマオイルか。いいじゃないこれ。もしかして買ったの?」
「はい。どうしても欲しくなってしまって……」
「はははっ。これ本当に効果がありそうだな。梁島がこんなに早く記事を書き上げたのは今回が初めてじゃないか? そんで、もう一つのおすすめは……」
「あ、それは小人用のドアです。それを家の中に取り付けておくと、いつか小人が来てくれるかもしれないって……」

青年は少々決まりが悪くなってしまった。あまり真剣にこんな事を言うと周りから白い目で見られるのは分かっているからだ。

写真を撮った後、帰り際にドロシーはこう言った——

『梁島さん。もし小人の力を借りたければ、このドアを持っていくといいよ。自分の部屋の壁に付けておくと、いつの日かあんたの家にも小人がやって来るかも知れん』
『本当ですか?』
『小人たちは気まぐれだからね、何とも言えないよ。だけど、強く望んでいたらきっと来てくれるさ』
『もし、小人が来てくれたら、私はどうすればいいのでしょうか?』
『ただ話を聞いてあげるだけさ。小人は物知りでお喋りだからね。あんたの知らんことを何でも教えてくれると思うよ。このドアは今日私の話を聞いてくれたお礼だよ。持って帰りな』

そう言われて受け取ったのは、英国屋の重厚なドアそっくりなデザインの十五センチほどの小さなドアだった。
一人暮らしの青年は、いつの日か小人が自分の家に来てくれる日を夢見ることで、生きることに対する幾分かの幸せを掴んだ。

「梁島ぁ、あんまりこういう事に深入りするなよ〜」
「はい?」
「いやぁ、どうも俺にはこういう商品ものはインチキな気がするんだよなぁ。魔法のアイテムって言われても、実際に魔法なんてあるわけないだろ?」

腕を組んでオフィスチェアに踏ん反り返って座る上司に青年は腹が立った。青年はあの日確かに、この目で本物の魔法を見たのだから。

「私は信じてます」
「信じるのは自由だけどさぁ、なんて言えばいいのかな。この店、少し胡散うさん臭いって言うか」
「違います! 英国屋は不思議なエネルギーに包まれたスピリチュアルなお店なんです!」

普段、あまりはっきりとものを言うタイプではない青年のこの発言に、上司は一瞬たじろいだ。
洗脳されていなければいいのだが……。若者の心は何でもすぐに吸収してしまうからな……。
そんな事を心配しつつも、あまりとやかく言うと若い社員の自尊心を傷つけてしまうかもしれないと思った上司は、代わりにこう言うことにした。

「じゃあその仕事の捗る魔法のアロマオイルの効果を、これからも俺にしっかりと見せてくれよ!」
「い、いいですとも!」

 完

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