住まい支度
身支度という言葉があるが、この人は「住まい支度」の達人だと思う。それはこんまりさんの本に書いてあるように家がピカピカに片付いているとかそういうことではない。もちろん汚れたり片付いていない訳ではないけれど。
上の写真のおたくの奥様は2年近く前にうちのホームページに「ガーデンルーム」を増設したいといって来られた方だ。
建築士が設計してハウスメーカーではなくこだわりのディテールでフランス漆喰で仕上げたお宅はとても味わい深い雰囲気で、少し気はずかそうに「パリの郊外にある家のような」というコンセプトそのままの作りだった。
そこに国産のアルミ製のサンルームをつけるのもPVC製のコンサバトリーをつけることも雰囲気を損ねる気がしたのと「増築というよりは多少の雨は防げるくらい」ということで木製のパーゴラにオーニング(伸縮する布製の屋根)とビニールのカーテンをつけて、屋外のカフェのような雰囲気に仕上げた。とても気に入っていただき、時々伺ってテラスでお茶を呼ばれたりするようなおつきあいをさせていただいていた。
今年も春になったので昔ガーデンを施工したお客様に「春らしくなりましたが、楽しいガーデンライフをお過ごしですか」というようなメールを差し上げたところ、待ってましたとばかりにお返事が来て、もう少し本格的に雨がしのぎたいということでこのパーゴラの上にポリカなどの屋根と玄関の前のところだけ風除室的に扉をつけたいので相談に乗って欲しい。ということだった。
早速お宅を訪ねて、最初に目に入ったのが、2年ほど経って少し色が褪せて来たハードウッドのパーゴラ。色がだんだん建物のバルコニーの色に近づいている。成長の早いモッコウバラがもう少しでパーゴラの屋根に到達しそう。いい感じに葉っぱが茂っている。アンティークレンガをわざと崩して積んだ花壇にはよく手入れをされた常緑の下草類(カラーグラスを中心に)が春に芽吹く宿根の仲間たちを待っている。
「なんて素敵なの!」いつもこの家を訪れるたびにそう呟いてしまう。
インターホンを押すと奥様が出ていらした。中に上がった。
ダイニングテーブルには読みかけの本が数冊置かれている。
コーヒーを入れてくださる間、しばし雑談。いつもご主人が出ていらっしゃるのに気配がない。そういえば車も停まっていなかった。
「ご主人はお出かけですか?」
「そうなの。釣りにね」
奥多摩に釣りに行かれたのだろう。
コーヒーで体が温まってから、今回のご希望の内容を聞くために二人で外に出た。ところどころご主人の手作りの棚などが「いい味」で増えていることに気づく。
失礼ながらめちゃくちゃ日曜大工が上手いという訳ではないのだけれど。なんともその塩梅がいい味わいを出している。
読みかけの本、猫の餌置き場、ご主人の日曜大工、崩れかけたように積んだアンティークレンガの花壇、少し色が抜けたウッドパーゴラ、ビニールカーテン、漆喰の壁、赤い鉄製のドア、バルコニーに吊るしてある干し柿、干し椎茸……。全てが「丁寧な暮らし」を「楽しみながら」している感じがにじみ出ていて、いやあふれ出ていて、調和してなんともいえず素敵なのだ。
まあ、一言で言うと「センスがいい」んだと思うけど、そう言ってしまうと軽々しすぎる。なんと表現したらいいのだろう。やっぱり「住まい支度」が上手いのだ。
元々十分素敵だったお住まいにパーゴラをプラスしたとき、とても責任を感じた。でもそれは成功だった。今も喜んでいただけている。そしてさらに足し算をするとき。やはりまた襟を正す思いがする。
この雰囲気を壊さず、欲を言えば私が足し算したものでもっと暮らしを楽しんでいただけるよう。プランを考えたい。
「またスケッチを描いていただけますか?」
打ち合わせの最後の方で奥様はそうおっしゃった。
「もちろんです」
そうだ、きっとこの方は私のスケッチの世界観に近い感覚をお持ちで、だから完成後もさらに素敵に家を育ててくださるのだ。
スケッチはたかが絵。でもそこに「気配」を込めて描いているつもりだ。
とてもありがたい、楽しい、でも責任重大な仕事が始まる。