煮るなり焼くなりご自由に──UNISON SQUARE GARDEN Tour 2021-2022 "Patrick Vegee"東京公演ライブレポ
「なんかグチャッとしてんだよな。──これ、食べられるのか?」
"食卓"と銘打っておきながらあまりにも不安すぎる謳い文句を引っさげて、UNISON SQUARE GARDENの8thフルアルバム「Patrick Vegee」は2020年9月、大衆の前に颯爽と姿を表した。
一見まとまりのない12曲が雑多に並べられ、公式に食べ残しまで赦されたそんなアルバムのツアーは、いったいどのような味を投げつけてくれるのか。
場内の非常灯が消え、青く浮かびあがったステージ。開演を察知した観客が立ち上がるが早いか、どこからともなく流れ出すSE「絵の具」。スモークで阻まれた視界に、ぼんやりと見覚えのある3つの影がうつる。いつも通り自己流に挨拶をする彼らに、私は思い出したように両手を打ち鳴らした。
はじまる。──20公演の最後を飾る、私と彼らの晩餐だ。
ライブは"全部ぶち壊す"場所
長めのブレスで幕を開けたのは、斎藤宏介(Gt.&Vo.)の弾き語り。特徴的なミックスボイスとバッキングのオーバードライブの洗練されたハーモニーに、会場はいっきにステージの虜になる。
サビを歌い終え息をつく、束の間、田淵智也(Ba.)と鈴木貴雄(Dr.)の参戦で気も新たに始まったのはSimple Simple Anecdote。軽快なBPMとシンプルな構成のなかに確かなエールがこもった、やさしい曲だ。コロナ禍での予期せぬ状況に時には希望を見失いかける、そんな人たちに音楽という形で寄り添ってくれたUNISON SQUARE GARDENの有観客ライブツアー。そのセットリストの幕開けにこの曲はまさに適任と言えるのではないだろうか。
続いてベースの特殊な音色が先陣を切ったのはHatch I need。「I need hatch」と何度も繰り返されるフレーズが印象的なナンバーだ。
曲の終わりに間髪入れずマーメイドスキャンダラスが始まる。この順番、この連続性、アルバムそのままの"間"が耳に飛び込んできて思わず息を呑む。アップテンポな曲が続き、サビや合いの手の箇所で観客同士、上がった腕の息が合う。その一体感は、声出しがなくとも会場のボルテージを急上昇させるのに十分だった。
上がり続ける会場の温度をまた一段と上げたのは、Invisible Sensation。4曲めにして初めてアルバム外の曲の披露となった。ユニゾンのアルバムツアーの醍醐味はアルバム楽曲の演奏はもちろん、その合間合間にどう既存曲が入るか、という部分にもあるのかもしれない。お馴染みの旋律が東京ガーデンシアターを盛り上げる。
「UNISON SQUARE GARDENです!」斎藤のいつも通りの挨拶に、歓声はなくとも会場が沸いたのがわかった。
「20公演やってきたこのツアーも、ついに最終公演ということで。2020年にPatrick Vegeeというアルバムを発売してから、1年近く経ってからのツアーになってしまったんですけれども、そのぶん皆さんたくさん聴いて、しっくりくる曲たちになってくれているのかなと思います」一転、悪戯に笑うように、
「今日はそのイメージ、全部ぶち壊そうと思います!」
私にとってのTrickster
衝撃的なセリフに暗転を挟んで始まったのは、フライデイノベルス。「フライデイ 君を待ってる時間 待ってる時間は辛くない けれど冷静さは保ってらんない」という歌詞に精一杯右手を上げながらふと思った。ここにいる数千人は皆、この瞬間を心から待ち望んでいたということ。会えない時間も「冗談飛ばせる練習を続け」て、必死に乗り越えてここにいるということ。どれだけこの状況下でのこのライブが尊いものか、間接的に教えてくれる一曲だった。
そしてカラクリカルカレとNihil Pip Viperが続けて披露される。1stアルバム「UNISON SQUARE GARDEN」に収録されている一曲と、去年10月、今ツアーの開始とともに配信が始まった一曲。時間にして10年以上の差がある作品が限りなく同じ空間に存在することに感慨が深まったファンも多いのではないだろうか。
聞き覚えのあるコードに、また会場が沸いた。Dizzy Trickster。
思わずマスクの中で、歌詞に合わせて口を動かしてしまっていた。その瞬間、まぶしいステージを捉えていたはずの自分の視界が涙で揺らいだのがわかった。私もそっくりそのまま、同じ言葉を返したかった。
「Dizzy Tricksterに僕の声 届かなくていいけど あなたの世界で息をさせて」
私たちファンの肉声は、残念なことだが彼らに届けられない。歓声も掛け声も、喉が枯れるほど言いたいありがとうも、届けることは叶わない。けれど彼らの作る音楽に救われ続ける私たちは、これからも彼らの世界の片隅で息をしていたい。私たちにとっての"Dizzy Trickster"──心を引っ掻き回す手品師──は、紛れもなくUNISON SQUARE GARDENそのものなのだ。誰が止めようと、追いかけずにはいられない。音楽に震わされたのだから、理由はいらない。ぼやける視界の中で私は確かに、彼らをとらえていた。
楽曲の持つ緻密な世界観
淡々と刻むギターに始まったのは摂食ビジランテ。ある種のダークさと皮肉を全面に押し出したその曲調と歌詞、それを加速させるかのような真っ赤な照明が、会場を不気味さで染め上げる。それも束の間、ロングトーンが先陣を切って奏でられたのは夜が揺れているだ。水色と紫色のライトに観客席は、ステージもろともそのファンタジックながらも切ない世界観に包み込まれた。どこか不思議で掴みどころのない雰囲気の2曲が、彼らの魅力を別方向から映し出す。
「ありがとう、バイバイ」に客席が静まり、次の瞬間拍手で埋め尽くされる。それを引き継ぐように始まったのは、夏影テールライト、オーケストラを観にいこう、つまり夏の恋愛ソングのターンだ。寒さも本格的に厳しい1月下旬の東京は、一瞬にして「30度を超えた日曜」へと姿を変える。赤裸々に精一杯に、でもどこか恥ずかしそうに、まるで現在進行形で恋をしているかのような表情で斎藤が巧みに歌い上げる。夏の陽射しに背中を押されたような明るさ、優しさの中に切なさを内包したユニゾンの恋愛ソングはいつも心地良い。オーケストラサウンドの迫力ある音色で締めくくられ、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
彼らが彼らであること
特徴あるギターリフでPhantom Jokeが幕を開ける。アルバムの中でも疾走感と痛快さを誇るアップテンポなナンバーだ。時に愉快に、笑顔でライブを乗り切る3人が、打って変わって一寸の狂いもなくテクニカルなスコアを再現する。そのほとばしる情熱に今一度目を見張った。楽曲の難易度をもろともせずライブで再現してみせる彼らの巧みさ、それを綺麗に映し出したシーンだったのではないだろうか。
ステージが暗転、一見音出しでの確認かのように思われたドラムのリズムが、段々と増幅されてゆく。いつの間にかステージから斎藤と田淵が消え、始まったのはこれもお馴染み、鈴木のドラムソロだ。いつも通り楽しそうに、体の赴くままに叩く彼の手つきは、心なしか10月に見た静岡公演よりも力強かったような気がしている。それほど20公演の最終日というのは、やはり感慨深いものがあるのだろう。
斎藤と田淵も交えて始まったセッション、やはりこのセッションパートが3人が3人であることの意味、ずっと3人で駆け抜けてきたという印を見せているように思う。側から見て理解できないようなリズムを、驚くほど正確に3人で合わせる。
その鮮やかさに息さえできなくなっていると、いつの間にか始まっていたのは世界はファンシーである。ライブも終盤に近づき、ボルテージも最高潮。ユニゾンの描くちょっと悪戯で皮肉な楽しさを存分に込めたこの曲に、会場が揺れに揺れた。
曲の終わりに間髪入れずスロウカーヴは打てない(that made me crazy)のイントロが響く。掛け声の多さと乗りやすいテンポに、観客の影は右に左にと楽しそうに大忙しだ。今回のツアーで個別グッズ化もされたこの2曲の持つ明るさはやはり、UNISON SQUARE GARDENの象徴でもあるのかもしれない。
そして聞き覚えのある特殊イントロ。斎藤が呟く「天国と地獄」。瞬間、赤と青の照明がアッパーを繰り出すように力強く点滅する。愉快さと打って変わって会場はそのダークさに虜にされる。攻撃的な歌詞を歌い上げる斎藤の不敵な笑み。まるで3人と数千人が共犯者になったかのような一体感、今この空間が世界で最強だとどう足掻いても思わせる彼らの魅力に、走り出した興奮が止まらない。それに追い討ちをかけるように、あの特徴的なリズムをドラムが打つ。
シュガーソングとビターステップ。言葉はいらない、と思った。この波に、この旋律に、会場の全員で乗っていることがただ楽しい。ここにいる全員が、この瞬間の音楽を全身全霊で楽しんでいる。何かと考えて動けと言われるようになったこの時代に、「楽しい」それだけでいい、難しいことはいいんだと、彼らは今日も私たちに教えてくれた。好きな音楽に体を揺らす時間が何よりも尊いものであることを思い出す限り、私たちはきっと明日も生きていられる。そう信じられた瞬間だった。
「ライブの楽しさは、ライブでしか埋められない」
鳴り止まない拍手の中で、斎藤が口を開く。
「──今日こうやって演奏をして思ったのは、僕たちは"当たり前にライブをするバンド"でありたいな、ということです。」
ライブしちゃだめですよって言われて、それをうるせえ!って押しのけてまでやるってことじゃないですけどね、と少し笑いながら、
「今日、来るのをやめた人もいるかもしれない。親に反対されて来れなかった人もいるかもしれない。だけど、そういう人たちが、また安心して楽しめる状況になった時に、いつでも帰ってこれるように。ライブの楽しさは、ライブでしか埋められないからね」
誰からともなく拍手が生まれる。斎藤のその言葉を、今日も彼らが体現してくれたと、ここにいる誰もが思ったからであろう。ありがとう、と一呼吸おいて、
「今度4月にシングルが出ます。超絶怒涛の、…というとあの人思い出しちゃうな(笑)、超かっこいい曲ができました。またそれも楽しみにして待っていてくれたら嬉しいです」
ラスト、と少し切なさを帯びた声に続いて、101回目のプロローグ。アルバムでも最後に配置されている曲で、今ツアーの本編は締め括られることとなった。
「君だけでいい 君だけでいいや こんな日を分かち合えるのは」
「きっと拙いイメージとでたらめな運命値でしか描き表せないから」
最後のサビの歌い出し、アカペラの部分で口をマイクから離し、ゆっくりと、噛み締めるように、斎藤が歌う。そして再び3人が交わって加速していく。その様を目の当たりにできるのはこんなにも尊くて、そして彼らはこの場所を、必死で守っていこうとしてくれている。このライブが、ツアーが終わってしまっても、また新しく始まりを作ってくれる。それがどんなに貴重で喜ばしいことなのか。
私は、あぁまた彼らに救われてしまったなと、アンコールが終わっても、ステージから人影が消えても、ただただ立ち尽くすばかりだった。
煮ても焼いても美味いものは美味い
それぞれ自己主張の激しい楽曲が、雑多に並べられた食卓。そんなコンセプトで始まった「Patrick Vegee」のツアー。そのメニューは想像以上に見事であった。アルバムの新たな楽曲たちを食材として、既存の名曲たちが調味料として加わり、田淵料理長が提供順を考えたり、斎藤鈴木両シェフが煮くなり焼くなり自由に調理したりと、好き勝手されている。素材も調味料も調理方法も地味なものはひとつとしてない、それぞれが主張しあっているというのに、食べ応えも後味も一級品。彼らの実力は悔しいほどに確かだ。
「Patrick Vegee」。そんな名前の挑戦的なコース料理は、UNISON SQUARE GARDENというレストラン、彼らの音楽がどんな味付けでも、また客の舌がどんなに肥えていても、変わらず素晴らしいものであるということをこの世に証明したのである。
──さて、来る2022年4月。私たちに息をつかせずに始まる新しい彼らの料理がどんな味なのか、テーブルクロスを整えて待っているとしよう。
UNISON SQUARE GARDEN Tour 2021-2022 "Patrick Vegee" セットリスト
1. Simple Simple Anecdote
2. Hatch I need
3. マーメイドスキャンダラス
4. Invisible Sensation
5. フライデイノベルス
6. カラクリカルカレ
7. Nihil Pip Viper
8. Dizzy Trickster
9. 摂食ビジランテ
10. 夜が揺れている
11. 夏影テールライト
12. オーケストラを観にいこう
13. Phantom Joke
─ドラムソロ・セッション─
14. 世界はファンシー
15. スロウカーヴは打てない(that made me crazy)
16. 天国と地獄
17. シュガーソングとビターステップ
18. 101回目のプロローグ
en1. Crazy Birthday
en2. オトノバ中間試験
en3. 春が来てぼくら