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「破局」を読んで


芥川賞受賞の遠野遥さんの「破局」を読みました。
普段は社会学系の本ばかりですが、久々に小説を、読みました。
読もうと思ったきっかけは、ブレィディみかこさんの「他者の靴を履く」の中に出てきたからです。

あらすじはこちらです。

私を阻むものは、私自身にほかならない――ラグビー、筋トレ、恋とセックス。ふたりの女を行き来する、いびつなキャンパスライフ。28歳の鬼才が放つ、新時代の虚無。

読み終わって、何を伝えたかったのか分からない、というのが正直な感想です。
ただ小説としては読みやすくて面白かったです!

いつもそうなのですが、小説は物語として単純に楽しんで「面白かった!」だけで終わってしまうので、今回はもっと深いところまで考えれたらいいなと思って、noteに投稿しました。
すぐ解説を調べる癖があるので、今回はぐっと堪えました。
ネタバレ含むので、読んでない方はご注意ください。

小説を読んで振り返ると、主人公の陽介は、どことなく機械的で、人間味があまり感じられないなと思いました。
何かの行動をするにしても、【世間や常識的に考えると〜しなければならない】っていう前提の上で動いているような気がして。
例えば、マナーだから話題を提供しないといけない、父親が言っていたから女性に優しくしないといけない、というふうに。

結果的に自分の意思で行動しているけど、自分の考えではなくて、ある種パターン化されているというか。意思決定の時に自分が本当にしたいからそうやっているのか、感情が見えない。
きっとこれまで自分で考えることなく、流れるように生きてきたんだろうなって思いました。
でもこの行動は人を傷つけるわけではなくて、表面的にはうまく人付き合いができているように思う。

その反面、暴力的な面も垣間見える。
この時、陽介の内側から湧き出てくる感情が読み取れる。
陽介自身はなぜその感情が出てくるのか、原因は自覚していないのかもしれない。
最終的に自分の感情に従って行動した結果、警察沙汰になって取り押されられてしまうが、陽介は安心した様子だった。
ここで陽介は、どことなく自分の中で虚無感が存在していることが分かっていたけど、自分ではどうしようもできないところで取り押さえられて安堵したのかなと思いました。

タイトルが「破局」とついているのは、そうした陽介自身のこれまでの人生で薄々感じていた虚無感に対する終止符を、最終的に付けることができたからでは?と考えます。

全然まとまりがない感想になりましたが、最後まで読んでくださってありがとうございます!
これから他の方の考察・解説を調べてみようと思います!!

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