中国の革命の血と涙
清朝の終焉
日清戦争の敗北、多額の賠償金を負い中国人は黒人に変わる新たな奴隷になる。
孫文による辛亥革命
中華民国設立 人民を皇帝に
が、うまくまとまらず。
その間にこっそりと中国共産党 結党
孫文の死後、蒋介石国民党が実権を握る。ソ連を後ろ盾にした共産党と手を組み軍閥と戦う。
軍閥との戦いが終わる戸再び、蒋介石はソ連を警戒し共産党を弾圧しだした。
そんなゴタゴタの中、日本が戦争を仕掛ける。蒋介石は共産党をやっつける事を優先。民衆はもちろん反対。日本をやつけることを主張も蒋介石は内戦を優先。
共産党は毛沢東を指導者にソ連とは違う農民を主体とした共産主義を掲げる。
日本が南京を攻略、やっと蒋介石は毛沢東と手を組み日本と戦う。
毛沢東嫁の宗美玲はアメリカの支援をもらいに外交。アメリカ世論の心を掴む。アメリカの軍事支援が実現。
日本が戦争に敗れると、国民党軍蒋介石が台頭。しかしやっぱり政治が上手く行かず、共産党がじわじわ力をつけだす。
毛沢東が中華人民共和国を設立。
蒋介石は台湾に逃亡。
毛沢東はソ連とは違う共産主義を掲げ、言論の自由を取り入れようとするも、共産党への反対意見は受け入れず、結局弾圧政治を行う。
社会主義の経済政策として大躍進政策を掲げるも失敗
劉少奇りゅうしょうきが大躍進政策の失敗を指摘!毛沢東を批判した。
毛沢東は第一線を退き、鄧小平と二人で経済の立て直しを行う。
資本主義化に進む二人に警戒感を強めた毛沢東は文化大革命をおこす。
反革命思想とみなされた人は容赦なく殺されまくった!!特に劉少奇に対しての仕打ちが酷く広場で吊るし上げられ幽閉先で死亡。嫁はスパイ疑惑で投獄。
文化大革命はどんどんエスカレート。密告したもの勝ちになり、家族でさえ疑い合うように…。毛沢東は文化大革命の開始10年後死亡。
文革を主導した妻コウセイは死刑。
劉少奇は間違ってなかったと再評価される。
鄧小平は資本主義を取り入れた共産主義を実施。
胡耀邦こようほうの死後、言論の自由、民主化を望む若者が集結。これが天安門事件の発端に。
結局、鄧小平も若者たちを武力で弾圧。死者は1000人とも1万人とも言われる。
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