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トリノスサーカス⑥ 『ジョーンズの冒険日記』
小説を書いてからの挿絵、ではなく、
描かれたイラストから発想し小説を書く。
それが『絵de小説』
今年は月に1作品、連作短編でやっていこうと思っています。
絵描きの中川貴雄さんのイラストです。
https://www.instagram.com/ekakino_nakagawa/
https://twitter.com/nakagawatakao
○舞台設定○
場所は白百合町。
いろんな動物たちがニンゲンのように暮らす平和な町。
そんな町の中央広場にあるのが、みんなに人気のトリノスサーカス。
トリノスサーカスを舞台に、いろんな動物たちのいろんな物語。
月1UPの連作短編(全12話)です。
前回まで
① 『トリノスサーカス新春公演』
② 『さよなら空中ブランコ乗り』
③ 『怪力パンダの息子』
④ 『ピエロは今日も仮面をかぶる』
⑤ 『最後はウーマロ』
登場キャラクター
ジョーンズ……ブタ。トリノスサーカス団長。
ヘンリー ……ブタ。その父親。先代団長。故人。
ターキ ……トリ。出版社の社員。
ドララ ……ニンゲン。道具係。白ヒゲ長い人。
⑥ 『ジョーンズの冒険日記』
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どこに行ってもそこにヤツがいる。
それが生まれ故郷だろうと、草木も生えぬ不毛地帯だろうと、未開のジャングルだろうと、太陽ってヤツは必ず空に張り付いているんだ。
それだけヤツの存在は大きいってことだろう、しかたない。
ただ、やっかいなのはその時々で、ヤツはその表情を変えることだ。
あの地でヤツは、容赦なく猛り、光と熱を降り注いでいた。
帽子がないと吹き出す汗が目に入り、前が見えなくなるほどだった。
ヤーノ――神が眠る土地。
神の意向であそこは誰も足を歩に入れることのない――踏み入れるこのとのできない神聖な土地だ。
そう言えば聞こえはいい。
単純に言えばジャングルだ。
誰も踏み入れることがないので、フェニックス、アレカヤシ、モンステラ、シダ、マングローブなどが自由に、勝手気ままに生い茂るジャングルだ。
木々の隙間にわずかに空が見えるとはいえ、その暑さまではさえぎってはくれない。
邪魔な木々壁を、マチェーテ(刀と鉈を組み合わせたような刃物)を振るい、道を切り開いて進む。
この気候のせいかそれとも神が眠っているせいか、虫の大きさの桁が違う。
チョウチョやバッタにクモが、片手サイズだと想像してみるがいい、それだけで背筋が寒くなるだろう?
クモやサソリのように毒を持つヤツも多数いる。
なにしろあそこのカマキリはトリを捕って喰うのだ。
信じられるか? 虫がトリを喰うんだぞ。
しかし本当に危険なのは、どこにでもいるような小さい虫の方だ。
ハエやハチが皮膚の下に卵を植え付けてくる。故にそれだけ暑かろうが袖は長いのに限る。
なにより、あの土地でいちばん恐れられているのは行進アリだ。
特定の巣をもたず、女王アリと卵を抱えて数万、数十万匹で産まれてから土に帰るまでひたすら行進を続けるのだ。
その行進に出会った生き物は全て食料となり、骨と化すしかない。
こんな危険な土地だからこそ、冒険心がくすぐられるというもんだろ?
(中略)
一瞬、オレは耳を疑った。
動きを止め耳をすます。
「コッチ……コッチ……」
確かに、声がする。
声のする方に目をこらす。
言葉を喋るような生き物の姿は見えない。
「コッチ……コッチ……」
声はずっと続いている。
「コッチ……タスケテ……コッチ……タスケテ」
声を探りに進む。
お仲間だろうか?
無い話ではない。
ここは神が眠る土地。
お宝を狙うのはオレだけな訳がない。
「タスケテ……タスケテ……」
ライバルには違いない。
それでも、これほど弱々しく助けを求めているのだ、見捨てるのは忍びない。
マチェーテを夢中に振って道を作る。
「うぉわっ!!!」
突如、開けた。
とっさに手を伸ばし蔦をつかむ。
手から離れたマチェーテが崖下に落ちていく。
蔦に宙ぶらりんの状態。
別の汗が全身から吹き出た。
落ちれば死に見舞われるのは確定的だ。
蔦にぶら下がり、ゆらゆら揺れる。
なかなか、地面までは遠い。
しゃにむに体を揺らし、反動をつけてなんとか地面に戻る。
それが、なかなか上手く行かない。
足をばたつかせる。
蔦がミチミチっとイヤな音を立てた。
飛ぶか――下を見るとその思いが一瞬で揺らぐ。
もがく、ミチミチ、もがく、ミチミチミチ、もがく、ミチミブッチ。
何とか勢いをつけ、反動で崖の上にまで戻る――と、同時に蔦が切れ、背中から地面に落ち、息が止まる。
「グワッ! グワッ! コッチ! タスケテ! グワッ!」
太い木の枝に体は赤く羽は緑の大きな鳥がそう鳴いていた。
『その土地は誰も踏み入れてはいかんのじゃ。でも時折迷い込む者はおる。森に呼ばれるんじゃよ。そうして呼ばれた者は帰ってこん』
ここに入る前の村、酒場で1日中飲んでいた視線の合わないヤギ老人が言っていた。
言葉を喋る鳥、か……。
インコかオウムか、神の住む土地だと凶悪なようだ。
もし、あの崖したまで言っていたら、今日のヤツの昼食にでもなっていただろう。
「グワコゴゴゴォォォ!!!」
突然の咆吼に、身を起こす。
少しはなれた丘の上、トラが吠えていた。
ここに、住む者だ。
ヤツらは四つ足で歩き、言葉も通じない。そして侵入者を喰らう。
信じられるか?
ヤツらは進化することを否定し、野生の記憶を持ち続けているのだ。
いや、この神聖で危険な大地で生き抜くのには、それぐらいでないといけないのかもしれない。
「オオォォォィオォイジュオ!!!」
さらに激しい咆吼に、木々は揺れ、鳥は飛び立ち、川で魚がはねる。
ヤツはこちらに獲物を狙う視線を向けてくる。
やれやれ痛みがひく、息を整える暇もない。
※
「ふうううぅぅぅぅぅ」
ブタのジョーンズは深いため息をつきました。
団長室。いかにも『団長!』と言わんばかりのりっぱな机に、それに似合う大きなイスに、ジョーンズは団長とは思えないほどしょんぼりとしたかっこうで座りこんでいました。
今日という日が早く終らないかを考えていました。
彼の父、ヘンリーは元々いたサーカス団から独立して、トリノスサーカスをはじめたのと同じ年に、ジョーンズは産まれました。
ジョーンズはトリノスサーカスと共に育ったのです。
彼が子供の頃、トリノスサーカスは町から町へ移動しながら公演をしていました。
定住し、町になれたと思った頃には別の町に移動する、そんな生活が当たり前でした。
学校にもまともに通えなかったので、友達と呼べるようなモノはできませんでした。
それでもさみしくはありませんでした、なぜなら団員がいたからです。
学校でならう勉強は、団員が教えてくれましたし、団員の仲には子供がいるモノもいて、同じ境遇の子供もいました。
ジョーンズにとって、トリノスサーカスの団員は、家族であり先生であり友達であったのです。
やがてトリノスサーカスが今の白百合町に定住した頃、ジョーンズはすっかり育った大人になっていました。
トリノスサーカスで働く彼を見て、誰もが――父親のヘンリーですらも――口にはしなかったものの、2代目として働いている、というの共通認識でした。
それがある日とつぜん、彼は旅に出たいと言い出したのです。
父は困惑も拒否も無視もせず、ただ彼のやりたいようにやらせてあげました。
それから彼は、あちこち定住せずに世界中を旅する根なし草の生活をはじめました。
そして時折トリノスサーカスに戻ってきては、また旅に出ました。
昨年の話です。
いきなりヘンリーから『帰ってこい』っという連絡を受けました。
そんなことを言われたことがないので、おどろきつつ素直にトリノスサーカスに戻りました。
「長くねぇんだとよ」
ヘンリーは太って丸々としていた体がウソみたいにやせこけ、病院のベッドで横たわっていました。
帰ってきたとたん、団員に連れてこられ、父のそんな姿を見せられ、心も体も震えてしまいました。
「お前、どうする?」
なにを聞かれているのか、深く問わなくても分かりました。
ただ、即答ができませんでした。
「……まぁ好きにしたらいいさ、今までもそうだったんだしな」
「……」
「気にするこたぁねえさ」
ヘンリーはそれから2ヶ月ほどして亡くなってしまいました。
結局、ジョーンズはヘンリーに答えを言うことができないまま、トリノスサーカスを継ぎ、2代目の団長になりました。
*
帰ってきてから、はじめは遊びに来ていた団員の子供でした。
子供相手だと思い、自分の冒険譚を話したのです。
聞いた子供たちはおおいに喜びました。
次に団員。
そして酒場の連中とジョーンズの話を聞きたがったのです。
面白おかしく聞いてくれるので、ジョーンズも少し調子に乗って話ました。
「本にしませんか?」
そう言ってきたのは、出版社の社員と名乗る、トリのトーキでした。
ジョーンズは当然断りました。
トーキは2度、3度、4度、それからは毎日のように本にしようと持ちかけてきました。
時にはほめ、時にはおだて、時にはすがりついてきました。
結局ジョーンズは折れてしまったのです。
了解したからには書かなくてはいけません。
どんな話をしたか、思い出しながら、面白おかしく書き進めました。
悪いことにターキは毎日のように、ちゃんと書けているのかチェックしにきたのでサボるわけにもいきませんでした。
父を亡くした悲しさ、トリノスサーカス団長となった不安、団員やその家族の生活を守るための責任。
団長としての仕事いがいを、本を書くことについやし、落ち込んだり、考え込んだり、逃げ出したい気持ちをまぎれさすことができたので、ペンは進みに進みました。
たった3ヶ月ほどで書き上がり、多少の修正をして、ついに本ができあがったのです。
かなり力の入れた本だけに、ターチは出版記念パーティを開くことにしたのです。
パーティとは言っても、知り合いをちらりと呼んだていどの、こぢんまりとしたモノ、だろうと思い、ジョーンズはOKしました。
それがフタをあけてみると、町で大きな3階立ちの書店を貸切にし、そこの100匹以上は入るような大会場に呼べるだけ招待し、新聞記者も呼び、なにより町長まで呼んで盛大に行うというのです。
知った頃にはもう遅く、ストップをかけることは不可能でした。
そして今日という日がきたのです。
ジョーンズは深くため息をまたつきます。
部屋の空気がため息に入れかわってしまうんじゃないか、っというほどため息をついています。
本に書いた、神が眠るというジャングルに行ったのは本当です。
大地が雪や氷で埋め尽くされた不毛地帯に行ったのも本当です。
海賊のお宝があると言われる、海底洞窟に行ったのも本当です。
ただ、そこかしこには冒険をしに行ったのではなく、観光で行っただけだったのでした。
※
「お待たせしましたね」
ジョーンズが外に出ると、ニンゲンのドララがやうやうしく車の後部座席のドアを開けました。
「どうしたんだコレ?」
車は、いかにも立派でピカピカに光っています。
「ターチさんがぜひコレでと」
ドララも、車に負けじとえんび服です。
「ささ、乗ってください」
ジョーンズは、ウーマロという高級生地で作った三つ揃いのスーツです。
「あんた運転できたのか?」
「おっほっほほ」
乗り込むとすぐに車は発進します。
「できるだけハデにしないでくれって言ったんだけどな」
「おっほっほほ、こんな機会はめったにあることじゃないんですし、いいじゃありませんか」
「胃が痛いよ」
「おっほっほほ、緊張ですか?」
「まさか。大勢の前でなにかやるのにはなれてるさ」
ジョーンズは軽いため息をつきます。
「ドララさん、そこまま真っ直ぐ、港の方に行ってくれねぇか」
「おっほっほほ、ご冗談を」
ドララはジョーンズの言うことを無視してずんずんパーティ会場へと向かいます。
「逃げたいんだよ、手伝ってくれよ」
「おっほっほほ、勇敢な冒険者ジョーンズがなにをおっしゃいます」
「ジョーダンじゃなくってさ、あんたならどうとでもできるだろ?」
「おっほっほほ」
ドララは笑ってとりあってくれません。
ジョーンズは会場に近づくにつれ、本当に胃がキリキリしてきました。
「地震とかおきてくれねぇかな」
「おっほっほほ、それなら自信をおこしてください」
「上手くねぇよ」
実はこのドララとジョーンズのやりとりは、ここ何日か同じようなやりとりをしていたのでした。
それでいて、ジョーンズは逃げたい理由をハッキリと言えないでいたのです。
「なぁ、マジで逃がしてくれねぇか?」
ジョーンズは体を起こし、ドララに顔を近づけ、いつになく真剣な顔で言いました。
ドララは車を止め、ジョーンズを見ます。
それは、いつもの柔和なニコニコ顔でした。
「しかし、さすがにもう無理でしょう」
「マジかよ……」
車は会場についてしまったのです。
ジョーンズは体を後部座席に戻し、舌打ちし、ため息をつきました。
「おっほっほほ、覚悟を決めなさいな」
「だまれ」っと言う言葉を、ジョーンズは言わずに飲み込みました。
「ジョーンズさん」
「ん?」
「あなたのお父さんなら、なんと言うでしょうね?」
「……」
とつぜん、ドアが開きました。
到着したものの、なかなか降りてこないジョーンズにしびれをきらして、ターチがドアを開けたのです。
「がんばってください」
ジョーンズはノッソリと車からおりました。
知った団員の顔から知らない顔、取材陣のカメラのフラッシュ、入り口まで続く赤いじゅうたん。
ターチと軽くあくしゅを交わし、引きつった笑顔で手をふり、最大の痛みを訴えている胃をおさえながら入り口に向かって歩いていきました。
たかだか本を出版するだけで、どうしてこれだけのみんなが集まってるのか、疑問を通り越し、軽い怒りすら感じました。
ターチ先導されるまま中に入り、2匹エレベーターに乗り込みました。
『覚悟決めて、さっさと終らせるしかねぇ……』
ジョーンズそう思いました。
こんなことなら、ドララにだけはホントのことを話、逃げればよかったと思いました。
きっと彼ならどうともできたハズです。
『親父がどうしたってんだ……』
舌打ちひとつそう思いました。
さっき抱いた軽い怒りがドララに向かいました。
「あっ……」
「どうしました?」
「いや……」
ふと、思い出したのです。
こちらに帰ってきてすぐ、父のヘンリーが入院している病院まで連れて行ってくれたのはドララだったのです。
その時もドララの運転だったのでした。
すっかり忘れていました。
『お前、どうする?』
あの時、そう聞かれたときに逃げていればよかったのだ。
後悔はずいぶんさかのぼっておとずれました。
エレベーターは無残にも会場の三階に着いてしまいました。
ドアが開いた瞬間、割れんばかりの拍手で迎えられました。
席は全部うまり、立っている者も多くいました。
入り口の比ではありません。
「ささ、どうぞ」
ターチに先導されるまま登壇場へと向かいます。
「こちらです」
舞台上、何匹かの著名人座る席に案内されました。
ジョーンズは町長の隣でした。
「みなさんお集まりありがとうございます!」
ターチがマイクを持って司会をはじめました。
「……それではまずは町長であるプッリさんのご挨拶から」
ターチに呼ばれたタヌキのプッリ町長はニコニコ顔で席を立ち、ターチの所まで歩いて行きました。
「どもみなさん、いまご紹介にあずかりました町長おプッリです。私は彼、ジョーンズの父、ヘンリー氏とは子供頃からじっこんの仲でした。彼は残念ながら去年……」
町長の話は続きます。
永遠続きます。
リップ町長の話はムダに長いで有名なのでした。
ふと見ると、下にいた団員たちが上がってきました。
『今日をやりすごせば、何とかなる』
そう、今日だけたえればいいだけの話だ。
明日からはマシになっていくはずだ。
「それでは、お待たせしました、今日の主役『ジョーンズの冒険日記』の著者ジョーンズさんです」
ターチにそう言われ、ジョーンズは立ち上がりました。
万雷の拍手です。
いつの間にか町長はとなりに座って拍手をしていました。
ジョーンズはゆっくりと、スピーチ台へと歩いて行きます。
スピーチ台の前に立ち、拍手がやむのを待ちます。
『あなたのお父さんなら、なんと言うでしょうね?』
団員たちにまざってドララの姿を見つけました。
『親父だったらなにを言うっていうんだ』
亡くなった者はなにも言わないのだ。
「本日はどうも……」
拍手がやんだので話はじめました。
『お前、どうする?』
『……まぁ好きにしたらいいさ、今までもそうだったんだしな』
『気にするこたぁねえさ』
あの時、団長になるのをハッキリ断っていたら――他の、サーカス仲間に後を任せる話になっていたのだ。
それを知ったのは父親が亡くなった後のことでした。
「……私は――」
あの時――
『うん……でも……』
そう、ジョーンズはそれだけ言って、それ以上、なにも言うことができなかったのでした。
父は、後を継いで欲しかった、のだろうと思っています。
子も、後を継ごうと思ったのです。
『後を継いでくれないか?』
『後を継ぐよ』
親子2匹して、たったそれだけの思いを、お互いに言うことができなかったのです。
父が後を継いでほしいと自分に思っている、そう思うと嬉しくてしかたありませんでした。
きっと継ぐと言えば、父も喜んだはずです。
会場が少しざわつき始めました。
ジョーンズが「私は」っと言ったっきりなにも言わなくなったからです。
『なにも気にするこたぁねぇ。ひきょうなことだけしなけりゃそれでいいさ』
それが、父の最後の言葉でした。
ジョーンズは顔を上げ、しっかりと会場の皆を見ました。
「私は――今日、みなさんに謝らなければいけません。実はあの本に書かれたことは……」
彼は覚悟を決めました。