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トリノスサーカス⑦ 『じょうずにじょうずに眠りましょう』
小説を書いてからの挿絵、ではなく、
描かれたイラストから発想し小説を書く。
それが『絵de小説』
今年は月に1作品、連作短編でやっていこうと思っています。
絵描きの中川貴雄さんのイラストです。
https://www.instagram.com/ekakino_nakagawa/
https://twitter.com/nakagawatakao
○舞台設定○
場所は白百合町。
いろんな動物たちがニンゲンのように暮らす平和な町。
そんな町の中央広場にあるのが、みんなに人気のトリノスサーカス。
トリノスサーカスを舞台に、いろんな動物たちのいろんな物語。
前回までのまとめ
登場キャラクター
リッチ ……ブタ。トリノスサーカスのジャグラー。
エミリ ……パンダ。マジシャン。リッチの同僚。
ドララ ……ニンゲン。道具係。。
ヒゲ面 ……ニンゲン。謎の男。
⑦ 『じょうずにじょうずに眠りましょう』
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何気ない1日の終りでした。
「小腹へってんスけど、なんかないっスか?」
ブタのリッチが聞きました。
「サンドイッチでいいかい?」
「うん」
酒場のウシのマスターはすぐに作りはじめます。
「仕事の帰りか?」
「うん」
「やけに遅いじゃないか」
時計はそろそろ日を変えようとしています。
「いやぁ、仲間とくっちゃべってったら遅くなっちゃって、どこも店開いてないし、ここならなんか喰わせてくれんじゃないかって思って」
リッチは町のサーカス団――トリノスサーカスのジャグラーです。
「ほいよ」
マスターは手際よく作ったサンドイッチを、リッチの前に置きます。
「ついでにビールも」
リッチは代金を支払い、しゃべりもせず、ガツガツ食べ、グッビグッビとビールで流し込みます。
「いい喰いっぷりだね、兄さん」
そう、しゃべりかけてきたのは奥のテーブルにいた、カバ老人でした。
リッチはビールを片手にかかげてそれに答えます。
「どうだい兄さん? ちょうど1匹たりなかったんだ、遊んでいかないか?」
奥のテーブルには、カバ老人、ワシヒゲ、巨漢オットセイの3匹が座っていました。
彼らはいつもそこでポーカーをやっているのです。
「いいっスね」
少しも考えず、ビールを片手に奥のテーブルに座りました。
「おう、一応聞いとくけど、そこに座るってことはどういうことか分かってるんだよな?」
巨漢オットセイが太い声でリッチに聞きました。
「まあ一応、へへ、お手やわらかにっス」
「あるんだろうな?」
巨漢オットセイが指で○を作ります。
「ダイジョウブ、ダイジョウブ」
彼らは単にポーカーをやっているのではありません。
握っているのです。
まともな仕事もせず、賭けポーカーで生活しているような連中なのでした。
「ま、はじめしょう」
ワシヒゲがそう言ったのを合図に、カバ老人がカードを配り始めました。
*
「まいったねこりゃ」
ワシヒゲは渋い顔で頭を抱えました。
「いやぁ、すいませんっス」
リッチは3匹からせしめた札束をポケットしまいました。
「じゃあ、オレはこのへんで」
「おう、勝ち逃げかい?」
苦虫をかみつぶしたような顔で巨漢オットセイが聞きます。
「もう、その手にはのらないっスよ」
先ほども同じことを言われ、席を立たず「じゃあもうひと勝負だけ」っとポーカーを続け、さらに勝ったのでした。
リッチは立ち上がり帰え――らずにカウンターに向かいました。
「みんなに1杯ずつ」
そう言ってお札をカウンターに置きました。
「やられたな」
「まいったね」
「おう」
3匹していかんともしがたい顔をしています。
「じゃ」
リッチは軽く手を上げて店から出て行きます。
小腹をふくらませ、財布までふるらませ、自信もふるらませて気分は上々で足どりも軽快です。
その背中を見送りながら、3匹は不適な笑みを浮かべていました。
*
「イイとこないねぇ」
カバ老人にそう言われ、リッチの顔はからさまに不満げです。
支払うお金も投げ捨てました。
「今日はこれぐらいにしとこうか?」
「いや……もうひと勝負だけ」
リッチはヒゲワシの提案をすぐにはねのけました。
「おう、当然だよな。今日の負け分ぐらいは取り返さなきゃな」
いいかげん太陽が顔を出してこうようか、っといった時間なのに終る気配ありません。
「兄さんも好きだね」
「おう、皆勤賞だ」
ヒゲワシと巨漢オットセイが笑います。
勝っては負け、勝っては負け。負けては負けて、勝っては負け。取り返そうとして負けてまた負けて、初日以来バカ勝ちしたことは1度もありません。
たまには勝つので、巻き返すのに続けては負け、負けの方が多くなっています。
彼の頭の片すみにあるのは『あのバカ勝ちを思う一度』だけです。
もう、リッチはドップリ首までのめり込んでいました。
*
「半泣きじゃん」
誰が見てもしょげてトボトボ歩くリッチに声をかけたのは、パンダのエミリでした。
彼女はマジック班で、トリノスサーカスに入団したのがリッチと近く、言ってみれば同期です。
トリノスサーカスの外、団員みんなの休憩所になっているところのベンチで休憩していると、リッチが歩いてきたのです。
「全泣きだよ」
エミリは鼻で笑います。隣に座ったリッチは燃え尽きたボクサーのようにうなだれています。
「団長に、カミナリ落とされたんでしょ?」
「違うよ」
エミリは首をかしげます。
「落とされたのは大カミナリだよ」
なんやかやと言い返してくるよゆうがあるのが気にくわないのか、エミリは片マユゲをしかめてニラミつけました。
「落とされてとうぜんでしょ、新春公演に遅刻するなんて信じられないわよ」
新春公演は、トリノスサーカスが年の初めに全団員が出演する、年に1度、年のはじめに行われる、1番大きく、大切な公演でした。
「遅刻はしてない」
「してたじゃん」
「ギリ間に合った」
「朝礼に遅刻した時点で遅刻でしょう、バカ!」
言われ、リッチはさらにしょげます。
「もしかして、お前がチクった?」
「バァァカァ。あんたが新春公演に遅刻したなんて誰でも知ってるわよ、バカ」
事実、団員以外の、町の住人ですら知っていました。
「それよりまだ『ありがとうございます』って聞いてないんだけど」
「はぁ? 何の話?」
リッチが顔を向けます。
「私が気づいてなかったら完全に遅刻してたじゃない」
「起こしてくれたのはドララさんだろ」
新春公演の朝、リッチの家までわざわざ起しに来てくれたのは道具係で、ニンゲンのドララでした。
「私が気づいてドララさんが行ってくれたのよ」
「あらそうでしたか、ありがとうございましたぁ」
リッチは頭をはたかれ、「へへへ」と笑います。
「もう、止めときなさいよ」
「なにを?」
「ポーカーに決まってるじゃない」
リッチは一瞬うごきをとめます。
「知ってたのか?」
「それこそみんな知ってるわよ」
「まぁ……別にかくしてないしな」
リッチの声はわずかにふるえていました。
「借金してないわよね?」
「それはない」
「だったら、まだ大丈夫か」
「でも貯金もない」
言われ、エミリは舌打ちをします。
「いくら負けたのなんか知らないし、知りたくもないけど、ホントに止めときなさいよ」
「別に負けばっかじゃないんだよ」
「それは金づるを逃がさないようにほどよく勝たせてもらってるだけでしょ」
そのことには、リッチもうすうす気づいていました。
初日にビギナーズラックも仕組まれていたものだったと、ぼんやり思っていました。
ただ、深く考えないようにしていたのです。
なのでハッキリと言われると心がザワっとします。
「オレだって、このままじゃダメだって……思って……最近はあんまり通ってない」
「あんまってなによ?」
「止めてないけど……あのな、新春公演の前の夜は行ってないんだよ」
「じゃあなんで遅刻するのよ?」
「眠れないんだよ」
「……なによそれ?」
思ってもいなかったせいなのか、エミリは一瞬言葉を失いました。
「だから、眠れないんだよ」
「説明になってないわよ」
「オレもわかんないんだよ。全然眠れない、眠くもならない」
「……」
「で、気絶するみたいにいつの間に眠ってて、起きたら遅刻すんぜんなんだ」
「夜更かししてるからでしょ?」
「してない。ちゃんとベッドに入ってる。でも、寝ようと思っても全然寝れない」
「だったらもっと早い時間に寝たらいいじゃない」
「それもやってる。でも、早くベッドに入ってなんとか寝れても、1時間ぐらいで目が覚めてそこから眠れなくって、あとは同じ」
リッチはうなだれます。
「いっそのこと寝ないほうがいいんじゃないか、って思ってがんばってみたけど、やっぱ同じ」
リッチはまぶたが落ちないよう、マッチ棒をつっかえ棒がわりにし、寝ないようにしたのです――それでも結果は同じで、気がついたら寝落ちしていました。
さすがに、バカなことをしたと自分で自覚しているだけに、エミリには言えませんでした。笑われるのがオチです。
「夜更かしの体になってるだけでしょ? その内なれてくるわよ」
「その内っていうけど、もう……1ヶ月もこんな感じだぞ?」
間にちょこちょこと出かけ、ポーカーで夜更かしするので、ポーカーにも行かずにベッドに入ったのは、実際は3日ほどでした。
「毎晩毎晩ポーカーやってたバツじゃん」
「なんのバツだよ? 自分のお金だし、誰にも迷惑かけてないだろ!」
「遅刻して迷惑かけてるじゃない」
「ポーカーやってて遅刻したんじゃないって言ってるだろ!」
「ウソつけ!」
「だいたいポーカーは悪くないだろ!」
「ポーカーでお金かけるのは違法でしょうが、バカ」
「みんなやってるだろ」
「やってないわよバカ!」
「バカって言うなバカ!」
「バカバカバカバァカ!」
「うるさい! ほっとけ!」
そう怒鳴ると、肩をいからせてリッチは歩きさっていきました。
*
足は酒場に向かっていました。
上手く眠れない日々は続いています。
トリノスサーカスは昼公演と、夜公演があります。
どちらの公演に出演するのかは、その時々です。
夜公演の時でギリ、昼公演の時は遅刻。そんなミスを数回やらかしていました。
ジャグリング班の班長は小うるさいタイプではないせいか、いまのところ軽い注意だけですんでいます。
それでもまた、団長からカミナリを落とされるかもしれない、という不安を抱ええていました。
だからといって、上手く眠れないものは眠れません。
ベッドの中で毎夜、眠るために寝返りをうつだけなら、酒場でポーカーをやってた方がよっぽどいいじゃないか、っというよくわからない考えにたどり着いたのです。
「久しぶりじゃないか」
「さみしかったぜ」
「顔を忘れるところだった」
いつもの3匹が口々にそう言ってリッチを迎えてくれ――るかと思いきや、3匹ともいませんでした。
そんなことは初めてのことでした。誰か1匹ぐらいいないことはあっても、3匹ともいないとは――リッチはガッカリしました。
マスターに聞いても、「知らない」っと冷たくあしらわれるだけでした。
「不景気なツラだな、兄さん」
少し待ってみようとビールをチビチビやっていると、となりに座っていたヒゲ面のニンゲンが話しかけてきました。
見たことのない顔です。
「ポーカーやりにきたんスよ」
「そうかい。2人で、ってのもさみしいしな」
ヒゲ面はトランプを切ったり、ならべたりして1人遊んでいます。
「あんた、サーカスで働いてんのかい?」
「そう……だけど」
「やっこさん達、最近あんたが来ないってさみしそうに言ってたぜ」
ヒゲ面はリッチに笑いかけます。
「いろいろあってさ」
「いろいろってなんだい? 聞かせてくんなよ」
リッチは少し迷いました。いまさっき出会った、名も知らない者に話をするのをためらったのです。
「ひまつぶしさ。いいだろ?」
ヒゲ面はそう言いながら、ビールをおごってくれました。
それで、イヤと言えず、リッチはそれまでの、ポーカーをはじめたこと、仕事での失敗、そして眠れないことなど、イロイロお話しました。
「そうかい、そりゃ大変だねぇ」
ヒゲ面はもう一杯おごってくれました。
「でも、幸運だよ兄さん」
「なにが?」
ヒゲ面は、隣のイスに置いていた、くたびれた袋に手をやると、なにやらごそごそ探りはじめました。
「あった、こいつだ」
取り出してきたのは小さな小瓶でした。
それをリッチに手渡してきます。
「なんスかこれ?」
リッチはマジマジとながめます。中身は小さな白いラムネのようなモノがつまっていました。
「眠れるクスリさ」
「ふぅん」
カラカラ振ってみます。
「心配しなさんな、オレはクスリ屋さ」
「そうなんスか? ボクはてっきりあの3匹と同じかと思ってったスよ」
「そっちは副業さ」
ヒゲ面はニヤリと笑います。
「ま、ためしてみんな」
「うん、ありがとう」
「いいか、眠る前に1錠だけ飲むんだ。そしたらぐっすり眠れるさ」
睡眠薬――リッチにはそれに頼るという発想がなぜかありませんでした。
「でも、気をつけなよ。体がそいつになれちまったら、眠る時は絶対飲まなきゃいけないぜ」
「え?」
「まぁ、試しに飲むぐらいなら大丈夫さ」
「大丈夫なヤツなんスか?」
「大丈夫さ」
そう言ったのはマスターでした。
「オレもこの人にもらってね、よく効くよ」
ヒゲ面はニヤリと笑いを浮かべます。
マスターが言うのなら一応は大丈夫か。そう思い、リッチは小瓶をポッケに入れました。
*
クスリはよく、効きました。
飲めば5分とたたずに眠りにつけ、起きたい時間にキッチリ目が覚めました。
しかも、今まで1度も味わったことのないような、素晴らし目覚めでした。
3日ほど続けて飲み、飲むのを止めてみると、とたんに眠れなくなりました。
1時間も2時間も、ベッドの上で寝返りを続け、気づけばもうすぐ朝になる、っという時間になってしまいました。
今すぐ眠っても、ほんの2時間ほどしか眠れません。
そこで、ダメ元で、あのクスリを飲みました。
するとやっぱり5分とたたずに眠りにつけ、2時間後にキッチリ目が覚めました。
しかも好きなだけ眠ったみたいに、すっきりとした目覚めで、眠気もいっさいありませんでした。
「へっへっへ、すみませんねぇ」
みんなから放られたお金を集めながら、リッチは満面の笑みです。
クスリを飲みはじめ、眠れるようになってから、ウソみたいにポーカーで負けなくなったのです。
「調子がよくってなによりだねぇ」
ヒゲ面だけは余裕の笑みを浮かべています。
あの夜は待ったものの、誰も来なかったのであきらめて帰りました。
しかしそれ以来、いつもの3匹にくわえてヒゲ面もポーカーに参加していたのでした。
「まるでクスリが別の効き方してるみたいだね、兄さん」
「へへへ、ホントそうっス」
リッチはわざとらしく頭をかきます。
「なくなったらいつでも言ってくんな」
「すんませんです」
「でも、オレっちの言ったことを忘れちゃいけないぜ」
「へへへ、わかってますよ」
ポーカーはまだまだ続きました。
*
「あん時はスマンかったな」
トリノスサーカスの休憩所。リッチは通りかかったエミリを呼び止め言いました。
「……別に、気にしてないわよ」
あの日いらい、2匹は顔を合わせてもあいさつすらしていませんでした。
それが突然、きげんよく話しかけられ、謝罪までされたので、エミリはちょっと面食らった感じです。
「やけにきげんいいじゃない」
「まあね、最近ちょうしがよくってさ、こんどメシでもおごるよ」
エミリはあやしむような視線を向けます。
「使う金があるってことさ」
「なによ、けっきょくやめてないの?」
「やめてないし、眠れてる」
リッチは満面の笑みです。
「バカ」
そう1言だけ残してエミリはさっていきました。
リッチはそう言われて1匹残されても、きげんひとつ悪くすることはありませんでした。
ぽかぽか陽気。
心地よく、暑くもなく、寒くもありません。
練習後のつかれ、話し相手もいません。
気がつけば、ついうとうと、船をこぎはじめたのです。
そこは草原でした。
晴天です。
2匹して、楽しく走っています。
相手は妻でした。
追いつきそうで、追いつきません。
スカートをはためかせ、走っています。
彼女も楽しそうです。
どこまで追っても続く草原。
幸せで一杯でした。
ようやく追いつき、彼女を抱きかかえます。
そして、2匹して、草原に転がります。
抱き合い、ゴロゴロ転がります。
いいほど転がり、彼女に、キスします。
幸せがあふれかえっていました。
「うわっぁぁぁ!」
悲鳴を上げます。
彼女の頭が、ドクロになっていたからです。
逃れようともがきます。
骨の両腕でガッチリ抱きつかれ、逃れることができません。
暴れても、暴れても、腕は振りほどけません。
そこで気づきました。
いつの間にか、草原が、草木もはえていない岩肌に変わっていたのです。
「わわわぁぁわぁわぁああああああ」
ありったけの声で、悲鳴を上げます。
ドクロはケタケタ笑います。
腕をギュっ! っとつかまれ、にの腕に痛みが走りました。
「わぁぁぁぁぁぁ!!!! リッチさん……リッチさん……リッチさん!」
目が合いました。
「リッチさん、大丈夫ですか?」
「ああぁぁぁ……」
ドララでした。
ダブルのコートにハットをかぶり、まん丸メガネ。長い長い白ヒゲをたくわえ、いつもの黒い4角いカバンを持っています。
「どうしました?」
「あぁぁ……、変な夢みちゃって……」
リッチはそこで、自分自身が全身汗だらけだということに気づきました。
イスからも転がり落ちています。
確かに変な夢でした。
リッチは、そもそも妻どころか彼女もいません。
「おっほっほほ、それはそれは」
リッチはひたいの汗をぬぐいます。
「ずいぶん非道い夢だったのですね」
「うん、でも、もう大丈夫……」
心配そうにしながら、ドララがさっていきました。
リッチはイスに座りなおし、息を整えました。
*
「ずいぶん、非道い言い方じゃないか」
不満げな言葉のわりに、ヒゲ面は笑顔です。
いつもの酒場のいつものテーブルにいつものメンツです。
リッチは怒鳴り込むように入ってきたのです。
「どうしてくれるんだ、ってなんだ? はじめから言ってくんないと何がなんだかわからんだろ」
ヒゲ面はそう言いながらひとりトランプで遊んでいました。
「兄ちゃん、今日はやけにいっぱいいぱいじゃないか」
「あぁ、ホントだ」
「調子は出る前に戻ったみたいだぜ」
カバ老人、ハゲワシ、巨漢オットセイの3匹が口々にそう言って笑います。
「だまれ!」
リッチが怒鳴ると、だまるどころかさらに笑いを重ねます。
「ま、そういじめてやんなよ」
それでようやく3匹が笑うのをやめました。
「大体の見当はついてるさ、ふふ。当ててやろうか?」
ヒゲ面がシャッ! っと1枚トランプをリッチの前に投げます。
ジョーカーでした。
「また、眠れなくなったんだろ?」
「そうだよ!」
リッチは怒鳴り返します。
汗だくで、よゆうがいっさいない、怒りにみちた顔をしています。
まるでふれてくる全員にかみつかんばかりの勢いです。
「オレっちに文句言われてもなぁ」
「ふざけるな!」
「リッチ落ち着け」
見かねたマスターが後ろからリッチの肩に手をかけました。
リッチは乱暴にそれを振り払います。
「オレっちは、お前さんにあのクスリを渡したとき、体がそいつになれちまったら眠る時は絶対飲まなきゃいけないって言わなかったかい?」
「……」
「どうなんだい、リッチさんよ?」
「言ったよ! 言ってたよ!」
「なら、何の問題がある?」
「ちょっとうたた寝しただけだぞ!」
「そいつは知らねぇな」
「知らないってなんだよ! あん時から、飲んで寝ても! 変な夢ばっか見てまともに眠れないんだよ!」
「そいつはかわいそうに」
みんなして笑います。
「いいか、オレっちはちゃんと忠告したんだぜ。それを破ったのは誰だい? オレっちかい? お前さんかい?」
「ワシじゃねぇことだけは確かだな」
ハゲワシがそうちゃかすとみんなして笑います。
後ろのマスターすらも笑っていました。
「笑うな!」
「おぉぉこわぁ」
巨漢オットセイがふざけるとまた笑いが起きました。
「そのへんにしといてやんな」
ヒゲ面がそう言うとみんな黙りました。
リッチの怒りは爆発すんぜんです。
「安心しな、兄さん。いまのあんた効くクスリはちゃんと持ってるさ」
「ホントか!?」
「ホントさ」
そう言いながら、ヒゲ面はあの古くさい袋に手を入れ、ごさごさ探りはじめました。
「でも、今回はロハってわけにはいかねぇな」
「いくらだ」
いまのリッチは、いくらでも出す気があります。
もう、1週間はまともに眠っていないのです。
眠れても、決まって悪夢を見てうなされ、起きたときは全く寝ていないかのようにつかれていて仕方ないのです。
食事もまともに取れず、疲れも取れず、仕事でも失敗づづきです。
なによりやっかいなのは、一息つくとうたた寝してしまうことでした。
「そう、気張りなさんな。別に金にはこまってないんだ」
「……」
「お前さんにひとつ頼みたいことがあるだけさ」
そう言いって、ヒゲ面は黒い、4角いカバンをテーブルに置きました。
――続く