話し合いは2つの価値観の共存を求める
「お前ってさ、自分の意見否定されるのいやなんちゃう?」
昨日、授業が一緒の子と夜通話をしながら話していてそういわれた。
彼から言わせてみると私は、自分の意見を伝えた後の他者の異なる意見を聞いたとき、「たしかにそうだよね」とすぐに同意しがちであるらしい。
彼は「意見を否定されるのがいや」というようにとらえているが、むしろ私的に振り返れば、そうではない。実は
「他者の価値観と自分の価値観をすり合わせること=対話すること」をはじめからあきらめているから
だと思うのである。
・他の人と交わって、自分にないものをみるのは楽しい
でも一方で
・自分にはない他者の価値観一色には染まりたくない。
・対話では、白黒はっきりつけることしかできない
と思い込んでいる節がある。
なんとも矛盾した考え方だがこれには自分自身の価値観自体をよく私がわかっていないことが原因である気がした。
そんな反省をしながら月曜日の朝を迎えた。
なんとも衝撃的な彼の意見は、今回私に新しい視点をもたらしてくれるものであるような気がする。彼は最後に「価値観は1つじゃなくていい、2つあっていいんよ、ただね自分の価値観だけはちゃんと知っとかないと、さまよってしまうよ」といった。
期末期間ではあるけれど、自分自身が何を大切にしているのか。そこを意識することで自分自身を保ちつつ、人を受容することにつながるのではないだろうか。
話し合いとは2つの価値観をすり合わせ、共存させるもの。それには自分の価値観を明言化できることが大切だ。
多様性が重んじられる世の中で何か核心にあたるようなものに出会った気がする。