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ウクライナ語文法シリーズその8:男性名詞
女性名詞の次に、男性名詞を見ていきましょう。
男性名詞は女性名詞の表と比べると単数の語尾がだいぶ複雑です。ウクライナ語から入った方にとって大変なのはもちろんですが、むしろロシア語を知っている方々の方がうんざりするかもしれません。ロシア語は格変化パターンがだいぶ単純化というか均一化というか、簡単になっていますので。
属格、処格、与格、呼格は複数の可能性があり、単語によってどちらか決まっているものもあれば、どちらでも良いものもあります。
具体例は格変化パターンの箇所で見ていきますが、ここでは大まかな傾向を先に総括しておきます。
属格
男性名詞の格変化で最もやっかいな要素のひとつが単数の属格です。大まかな傾向はあるもののこれに当てはまらないことも多いので、基本的に単語ごとに辞書を引いて覚えるしかありません。
現時点では、有生名詞や、都市名、単位などを表す男性名詞は属格で語尾 -а/я を、モノ、現象、抽象物、組織などは語尾 -у/ю をとる傾向にあることのみお伝えいたします。どちらの語尾も取ることができる名詞もあります。
詳細な区分の傾向はまた次回、例を挙げつつ解説します。
処格
処格は -у/ю は -к で終わる単語(特に -ок、-ак、-ик、-ник といった接尾辞のある単語)、-ові/еві は有生名詞、そして -і がそれ以外に用いられる傾向があります。しかし、この 3つのうち 2つ以上の語尾が許される名詞がかなり多いです。
与格
有生名詞には -ові/еві を、それ以外には -у/ю を使う傾向にありますが、多くの名詞でどちらの形も取ることができます。男性名詞では -у/ю は他の格でも使われるため、曖昧さを避けるために -ові/еві を使うことが推奨されることもあります。
呼格
基本的に -е の語尾をとる語が多いですが、軟子音で終わる語は -ю、軟口蓋音(-к、-г、-х)で終わる語は -у となります。しかし、軟口蓋音で終わる名詞の中には呼格で -е をとり、子音をそれぞれ ч、ж、ш に交代させるものもあります。
以上のように名詞次第で語尾変化のパターンがかなり変わってくるため、男性名詞の変化の例は多めに見ていきましょう。
子音で終わる男性名詞
圧倒的大多数の男性名詞は子音で終わります。基本的な変化パターンは①硬変化、②軟変化、③混合変化の 3つに分けられます。変化表を何度も唱えて覚えていってください。
①硬変化
格変化語尾をまとめると以下の表のとおりです。
対格の語尾は、「/」の左側が無生名詞、右側が有生名詞の場合です。
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до́ктор 「博士、医師」は有生名詞として比較的典型的な例で、単数の処格と与格で 2つの形があり得ます。
до́ктор 「博士、医師」
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ра́нок 「朝」も無生名詞として比較的典型的な例で、単数の処格と与格で 2つの形があり得ます。出没母音に注意してください。
ра́нок 「朝」
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дід 「お爺さん」は与格でのみ 2つの形があり得ます。ただ、処格で他の形を許容する場合もあります。また、硬子音で終わり軟口蓋音でもないのに単数呼格が -у となることに注意してください。
дід 「お爺さん」
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стіл 「テーブル、机」は単数の属格で -а と -у の両方があり得ます。また、単数の処格、与格でも2通りあり得ます。
стіл 「テーブル、机」
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степ 「ステップ(乾燥した草原)」は単数与格のみが 2通りあり得ます。
степ 「ステップ」
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робітни́к 「労働者(男性)」は単数の処格と与格で 2通りがあり得るのは до́ктор と同様ですが、呼格も 2通りあり得、-е が付く際には子音の交代が起こります。
робітни́к 「労働者(男性)」
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②軟変化
格変化語尾をまとめると以下の表のとおりです。
対格の語尾は、「/」の左側が無生名詞、右側が有生名詞の場合です。
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有生名詞の例から見ていきましょう。
хло́пець 「少年」では単数処格・与格で 2通りの形があり得ます。処格では語尾 -і または -еві が普通ですが、-ю となることもあります。また、単数呼格で -е が付く際には子音の交代が起こります。出没母音にも注意してください。
хло́пець 「少年」
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хло́пець に現れる -ець という接尾辞は、「~人」という民族や出身国を表す語に現れる接尾辞です。国名の語幹に -ець をつけて作られます。ちなみに「日本」は Япо́нія ですので、「日本人」は япо́нець となります。
вчи́тель/учи́тель 「教師」も単数処格・与格で2通りの形があり得ます。処格では語尾-іまたは -еві が普通ですが、-ю となることもあります。この単語の前に置かれる語が子音で終わるか母音で終わるかによって в と у が交代します(下記の表では вчи́тель の形で示します)。
вчи́тель/учи́тель 「教師」
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この -тель という接尾辞は、「~~する人」という単語を動詞から作る際に非常によく現れる語尾です。ちなみに вчи́тель は вчи́ти/учи́ти 「教える、学ぶ」に -тель をつけたものです。
もう一つ職業を表す接尾辞の付く単語を見てみましょう。この -ар/-яр という接尾辞は少しだけやっかいで、一見硬子音の р で終わっているのですが、歴史的な経緯によって軟変化に属することが多く、その場合単数主格以外は軟変化の語尾が付きます。ただし、このあと見るように、-р で終わるからといって軟変化とは限りませんので、慣れるまでは -р で終わる単語に出会ったら辞書を確認した方が良いでしょう。
лі́кар 「医者」
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この単語は лі́ки 「薬、治療」(複数のみの男性名詞です)からできています。接尾辞 -ар/яр は -тель と異なり動詞ではなく名詞から職業名称を派生させます。
同じく軟変化の -ар で終わる単語の例としては以下のようなものがあります。
ворота́р 「門番」(воро́та 「門」から)
бібліоте́кар 「司書」(бібліоте́ка 「図書館」から)
кобза́р 「コブザ弾き」(ко́бза 「コブザ(ウクライナの伝統楽器)」から)
次に -й で終わる名詞です。これまでと似たようなものですが、語尾の母音が й と合体するので -е- が -є- に、-і- が -ї- になります。
геро́й 「英雄、ヒーロー」
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次は無生名詞の例です。以下の二語は単数属格で語尾 -ю をとっています。有生名詞同様、単数処格と与格はいくつか可能性があり得ます。
ки́сень 「酸素」
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чай 「茶」
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以下の день 「日」は属格で語尾 -я をとります。出没母音に注意してください。重要単語なのでここで覚えてしまいましょう。
день 「日」
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③混合変化
格変化語尾をまとめると以下の表のとおりです。基本的に硬口蓋音(-ш、-ж、-ч、-щ)で終わるものと一部の -р で終わるものが含まれます。硬変化と軟変化の組み合わせです。
対格の語尾は、「/」の左側が無生名詞、右側が有生名詞の場合です。
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硬口蓋音で終わるものはこれまで規則から大きく外れるものはほぼありません。呪文のように格変化表を唱えましょう。
чита́ч 「読者」
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това́риш 「同志、仲間」
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ніж 「ナイフ」
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ніж は無生ですが単数属格が -а になっていますね。また、硬口蓋音終わりですが単数呼格も -е になっています。
борщ 「ボルシチ」
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以下の単語は接尾辞 -яр が付いていますが、軟変化ではなく混合変化になります。
повістя́р 「作家、語り部」
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同様に混合変化の名詞に ма́ля́р 「塗装工、画家」があります(アクセントが 2通りあります)。ただし、この語は複数主格・呼格では ма́ларі́ のほかに ма́ляри́ という硬変化のような形も許容されます。
母音で終わる男性名詞
-а/я で終わるものと -о で終わるものがあります。基本的に人名、男性を表す名詞、近代以前に男性が就いていた職業などを表す名詞に限られます。
-а/я で終わる名詞は複数属格以外は女性名詞とほとんど同じ変化になります。人名では -а/я で終わるものが多くありますが、一般名詞では суддя́ 「裁判官」をとりあえず覚えておけば良いでしょう。男性名詞ですが、女性の裁判官を表すときは女性名詞扱いで形容詞や動詞は女性形になります。
суддя́ 「裁判官」
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-о で終わる男性名詞は単数主格以外は硬変化の男性名詞と全く同じです。こちらも人名でも良く出てきます。
ба́тько 「父、父親/両親(複)」
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なお、ба́тько は単数形では普通、「父、父親」の意味ですが、複数形 батьки́ は多くの場合「両親」の意味で使われます。
注意の必要な男性名詞
これまで見てきた男性名詞の変化に当てはまらないものを紹介していきます。
①複数対格・属格で-ейをとる名詞
ウクライナ語では複数属格(有生名詞では複数対格も)で -ей をとる名詞は比較的少数派です。男性名詞としては、кінь 「馬」と гість 「客」を覚えておきましょう。いずれも і-о の交代が見られるほか、複数対格・属格のみならず複数具格でも少々変わった語尾を持ちます。
кінь 「馬」
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гість 「客」
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②複数形のみの名詞
男性名詞でも複数形のみで使われるものがあります。ここで紹介する単語 штани́ 「ズボン、パンツ」も具格は少し変わった語尾を持つときがあるほか、処格、与格、具格で軟変化の語尾を持つこともあります。
штани́ 「ズボン、パンツ」
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③接尾辞-нинのつく名詞
「~~人」「~~民」を表す接尾辞の一つである -нин のつく名詞は単数形は通常の男性名詞と同じで良いのですが、複数形ではこの接尾辞が -н- となり -ин がとれてしまいます。また、複数対格・属格は女性名詞のように語尾がなくなります。
громадя́нин 「国民、住民」
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同じ接尾辞を持つものに以下のようなものがあります。
кия́нин 「キーウ市民」
городя́нин 「市民、都市住民」
росія́нин 「ロシア人」
④複数主格でのみ語尾-іをとる硬変化名詞
複数主格(及び無生名詞では複数対格)でのみ軟変化のように -і が現れます。語尾は -р ですが、職業を表す接尾辞 -ар/яр が付いているわけではないことに注意してください。単数具格などをよく見ると混合変化とも違うことが分かると思います。
звір 「けもの」
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同様の変化をするものに以下のようなものがあります。
кома́р 「蚊」
снігу́р 「ウソ(鳥)」
па́зур 「かぎ爪」
⑤単数で硬変化、複数で軟変化となる名詞
このタイプでは друг 「友人」を覚えておきましょう。単数では完全に硬変化なのですが、複数ではなぜか軟変化となります。その際、-г が -з- に交代したままになります。また、単数呼格では -ж- への交代も起こりますので注意してください。
друг 「友人」
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⑥複数主格・対格で語尾-аを取り得る名詞
複数形での -а は中性名詞に特徴的ですが、少数の男性名詞もこれをとることがあります。以下の 2つだけ見ておけばとりあえず十分でしょう。なお、この 2単語は通常の -и という語尾をとることもできます。どちらも全く同じ変化ですが、ове́с 「オート麦、オーツ」では語頭で о-і のバリエーションである о-ві の交代が起きて見た目がかなり変わりますので注意してください。
вус 「口ひげ」
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ове́с 「オート麦、オーツ」
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ちなみにウクライナではオートミールをよく食べますが、「オートミール」はこの ове́с から派生した вівся́нка という語になります。
日本でも健康食として最近需要が高まっていますが、私は苦手なのでダイエット中(長続きしませんが)に無理やり食べる以外はなるべく逃げています。
なお、хліб という単語は通常「パン」を表し、複数主格・対格は хліби́ となります。しかしながら、この単語は「(作物としての)穀物、穀類」の意味で用いられることもあり、その場合複数主格・対格は хліба́ となったりします。
⑦不規則変化名詞 ти́ждень
ти́ждень 「週」はちょっと変わった変化をします。単数の主格と対格以外では、-д- が落っこちてしまうのです。
それ以外は規則的なのですが、言うまでもなく超重要単語ですのでここで覚えてしまいましょう。
ти́ждень 「週」
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今回は男性名詞、どうだったでしょうか。
以上のパターン分けによる説明で理屈は何となくご理解いただけると嬉しいのですが、実際のところはこういった理屈を頭で考えながら覚えようとするとかなりキツイです。
なので、なるべく無心で、今回取り上げた単語の格変化表をとりあえずお経のように何度も何度も唱えてみてもらった方が、自然と何となく傾向が感覚的に分かってくると思いますので、まずはそれを試してみていただけるとよいかなと思います。